無宗教こそ日本人の宗教である (角川新書)

  • 角川書店 (2009年1月9日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (184ページ) / ISBN・EAN: 9784047101753

作品紹介・あらすじ

「あなたは宗教を信じますか?」。多くの人は答えられず、自分は宗教にいいかげんだと思っている。しかし、実は世界の宗教も無宗教で、日本人は宗教に熱心なのだ。無宗教、その"魅力と可能性"を初めて明かす!!!

感想・レビュー・書評

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  • 日本人の宗教観から歴史、宗教について説明がされている。

    日本人が抱いている宗教への価値観、諸外国への関わり方など、宗教の歴史の知識以外にも感じることができるかと。

  • 島田裕巳(1953年~)氏は、東大文学部卒、東大大学院人文科学研究科博士課程満期退学、放送教育開発センター(現・メディア教育開発センター)助教授、日本女子大学教授、東大先端科学技術研究センター特任研究員等を経て、東京女子大学非常勤講師。宗教学者として、宗教に関連する一般向け書籍を多数執筆。
    私は新書を含むノンフィクションを好んで読み、興味のある新刊はその時点で入手するようにしているが、今般、過去に評判になった新書で未読のものを、新・古書店でまとめて入手して読んでおり、本書はその中の一冊である。
    章立て及び内容は以下の通り。序章:「無宗教」は恥ではない!、第1章:日本人は本当に「無宗教」と思っているのか?、第2章:日本人はなぜ「無宗教」なのか?、第3章:日本人はどうやって「無宗教」に至ったのか?、第4章:日本人はなぜ「無」に惹かれるのか?、第5章:「無宗教」は世界で大きな価値がある、第6章:世界の宗教も実は「無宗教」である、第7章:「無宗教」が世界を救う、補章:JUniverse(ジュニヴァース)の未来
    本書において著者が最も言いたかったことは、日本人はこれまで、自らを「無宗教」であると言うときに、コンプレックスや引け目を感じることが多かったが、20世紀の終わり頃から、世界各地で様々な宗教の原理主義化が進み、対立や抗争を繰り返して、世界平和を脅かすようになり(サミュエル・ハンチントンのいう所謂「文明の衝突」が現実化した)、そうした中で、日本人の無宗教であるが故の排他性の無さは極めて貴重で、世界平和のために大いに役立つものである、ということで、この主張については同感である。
    また、著者は、複数の宗教間で教義が異なるからといって、自動的に対立や抗争が起こるわけではなく、何らかの形でお互いの利害を犯すようにならなければ、暴力的な宗教対立に発展することはない、とも言っているが、これについても基本的に同意する。私の考えでは、現代において、多くの場合のきっかけとなるのは(経済)格差である。
    一方、著者は、日本人が「無宗教」であるという結論を導くために、「無神論」、「多神教」の概念や、神道、仏教、神仏習合、新宗教、等々にも話が及ぶのだが、個々の解釈・説明においては、結論ありきの我田引水的な部分もあり、腑に落ちないところがあったのは残念である。
    翻って2022年時点の世界を見ると(本書の出版は2009年)、米中対立の激化とロシアのウクライナ侵攻が、世界に大きな影響を与えており、これらが宗教対立によると言えるかはわからないが(前者は西方キリスト教と中華思想の宗教的対立と言えるかも知れない)、一方で、キリスト教世界とイスラム教世界の対立は依然続いており、著者の提起したテーマの重要性は変わらない。
    そうした中で、我々日本人には何ができるのか。。。私の考えでは、宗教に端を発する問題の最大のポイントは、排他的な一神教同士の対立にあるので、我々日本人が「無宗教」であろうと、「無神論」であろうと、「多神教」であろうと、自分たちの心の安寧を得ることはできても、世界各地の対立を収めることは難しい。
    著者は本書を次のように結んでいるが、その意味は深い。
    「日本人は、今、無宗教であることの幸福を認識し、そこから次のステップを踏み出していかなければならない。世界は果てしなく広がっている。それを限定されたものとしてとらえるほど愚かなことはない。無宗教は、信仰の対象ではない。それは世界そのものであり、私のなかにも広がっている。可能性はそこにしかないとも言える。まだ、無宗教についての考察ははじまったばかりなのである。」
    (2022年10月了)

  • 「宗教は?」と問われて「無宗教です」と答える日本人。新宗教を警戒し宗教という存在自体に一定の距離を置きたいのか?そして信仰心の無さにコンプレックスを持っているのか?無宗教か、多宗教か?世界的に見て、ちょっと特殊に見える日本(人)の宗教観が、実際どんなものなのかを問い直し、最後には宗教を通じた日本のグローバリズム論も展開する。
    《国家があてにならない状況のなかで、人々が頼れるものは宗教である。》本書からのこの引用が真ならば、逆もまた真なり。

  • ●無宗教と公言する日本人が、実は宗教に対して強い関心を持ち、ある意味熱心に宗教活動、信仰活動を実践している、、、56
    ●現代の日本人は、結婚式を神道で行い、葬式は仏教で行うことを、いいかげんで無節操なことだと、自嘲的に語る傾向がある。 しかし、そうした慣習の背景には、神仏宿合という、長い歴史を経て形成されてきた信仰のあり方がある。決してそれは、いいかげんなものでも無節操なものでもない。それは、日本人なりに、日常の生活に合う形で、独自に形を作ってきた信仰のあり方であり、卑下する必要は全く無いのである。76
    ●自分たちの宗教は何かと問われたとき無宗教と答えるしかないと感じながらも、無宗教だと公言することに、ためらいを覚え、時にはコンプレックスさえ感じてきた。 無宗教のいいかげんさを示す事として、良く引き合いに出されるのが、日本人の神道、仏教、キリスト教とのかかわり方である。 決して無原則にやっているわけではない。 一定の原則があり、異なる宗教のあいだでの役割分担が存在している。
    ★海外に行ったとき、よく宗教について聞かれた。なんと答えていいのか、答えに窮した。その時の事を、思い返しても、なるほど、自分でこんな感じで宗教を感じていたのかなと思う。基本無宗教といいながら、判ってもらえないので、その場しのぎで、仏教を言っていた。外人は宗教になると熱くなるからメンドクサイんだよね。
     ただ、無宗教の自分の現況を理解しても、この内容を外人にどう説明したらいいのだろうか。判ってもらえないだろうな。。。

  • 「あなたは宗教を信じますか?」 この問いに多くの日本人は、答えることができない。そして、自分は宗教に無関心だと思っている。しかし、無宗教は大きな価値のある宗教なのだ。無宗教、その「魅力と可能性」を初めて明かす!【「TRC MARC」の商品解説】

    関西外大図書館OPACのURLはこちら↓
    https://opac1.kansaigaidai.ac.jp/iwjs0015opc/BB40102082

  • 日本の特異性を見事につまびらかにしてくれている快書。仏教や神道の著作ではなく、一神教関係の著作を読んでから読むと面白さが際立つ気がする

  • 「宗教」と聞いて日本人の多くがイメージするのはキリスト教やイスラム教などの外国の宗教や、創価学会や天理教などの新興宗教であり、「あなたの宗教は?」と聞かれて答えに戸惑う人も少なくない。現代の日本人は自分たちを「無宗教」と呼ぶが、それは神や宗教を否定するものではなく、神道と仏教が混ざり合いながら生活に密着した独特の世界観を持った日本人の強みであるのかも知れない。「無宗教こそ日本の力!」、宗教学の第一人者がそう断言する。

  • 2009/12/18

  • 無宗教は、無神論とは異なって、神道と仏教を異なる宗教と認識しない多くの日本人のようなもので、自分が檀家になっている宗派以外を認めないというものではないという宗教観。

    片や世界を見れば、十字軍の時代から現代のテロに至るまで、一神教を信ずるがゆえの宗教戦争は終わっていない。

    こういう時代だからこそ、日本人の持つ無宗教的な宗教観こそが世界を救う!ってことを云いたいみたいです。

  • 無宗教と無神論は違う。。捉え方次第だろうが自分としてはそもそも同じだと考えたことは無いな。
    カトリックと仏教、神道とイスラム教、それぞれの共通点は興味深い。
    たしかに寛容な無宗教こそ平和への道だと思う。

  • 2014年7月25日読了。
    「無宗教」の意味を正しく理解できたけど、結びがちょっとなあ・・・。

  • カトリック信者として向かいつづけてきた違和感の正体を代弁してもらったような気がする。
    「特定の神」を私たちは意識していない。それを意識させられることに一種の戸惑いも感じていたし、それを口に出すのは何か特定の宗教の色を持つようで自由を狭めてしまうとも。
    むしろ、向かう神云々よりも向かう心の清さが問われている。
    宗教のしがらみを持つよりも、神と言われる何かに無意識のうちに向かう心の明るさ清さが日本人的な在り方だと感じる。

  • 自分なりに宗教観の糧に一読。
    無宗教は、無神論とは異なるものであり
    諸外国では「無宗教」という意味を説明するのが困難であるなど
    へ~っとなる内容や?や未消化な内容がありました。

    結局は、無宗教は 掴みどころのないものだと知りました。

  • 外国で宗教について聞かれる際に、日本人は「無宗教」であると答えることが多いけど、その答えに負い目を感じなくてもいい、と無宗教をポジティブにとらえさせてくれる本。日本人が無宗教と感じるゆえんがよくわかった。

  • 『無宗教』と言う言葉から日本人の宗教観を考える本。
    納得出来るところと納得がいかないところが五分五分でした。

  • 何が言いたいのかよく分からない本。「無宗教」というのは、新書で軽く扱うテーマとしてちょっと難しすぎるかも。仮に「宗教」を定義できたとして(これも一筋縄ではいかないが)、「無宗教」とはあらゆる「宗教」の信徒でないことなのか、「宗教」の価値観を信じないことなのか、それとも「宗教」の存在すら認めないことなのか、いろいろ解釈が考えられる。あるいは、religionという言葉が入ってきたのは明治以降のことであるので、それ以前の日本人は「宗教」という概念を持っていなかったと考え、そのことを持って「無宗教」と言いたいのだろうか。現代の日本人が言うところの「無宗教」とは「宗教に無関心」の意と考えられ、文化としての「無宗教」とは別物だとも思えるが、著者はそれらを混同しているようにみえた。

  • 日本と海外での大きな違い。
    宗教。
    基本、日本にいるぶんには何の問題も無い。ていうか、気にすることも無い。だから、すごく不思議で興味があるものでもある。
    この本は筆者の思いがつらつらと書いてあるんだけど、結構面白かった。そうだな〜って思ったり、そうなんだ〜、え?それはちょっとと思ったり、そこまで専門的すぎず、浅くもなくどんどん読めた。

  • [ 内容 ]
    「あなたは宗教を信じますか?」
    多くの日本人は、答えることができない。
    そして、自分は宗教に無関心だと思っている。
    しかし、無宗教は大きな価値のある宗教なのだ。
    無宗教、その“魅力と可能性”を初めて明かす。

    [ 目次 ]
    序章 「無宗教」は恥ではない!
    第1章 日本人は本当に「無宗教」と思っているのか?
    第2章 日本人はなぜ「無宗教」なのか?
    第3章 日本人はどうやって「無宗教」に至ったのか?
    第4章 日本人はなぜ「無」に惹かれるのか?
    第5章 「無宗教」は世界で大きな価値がある
    第6章 世界の宗教も実は「無宗教」である
    第7章 「無宗教」が世界を救う
    補章 JUniverse(ジュニヴァース)の未来

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    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

  • メモ。日本人の宗教として仏教 神道 イスラム≒神道 八百万の神の実態は「名前のない神」宗教の対立は教義のまえに利害の対立 無宗教である事に誇りを持って、には違和感。

  • 島田裕己著「無宗教こそ日本人の宗教である」角川ONEテーマ21
    * 案外、無宗教ということばは落ち着きがよい。宗教を信じないと言い切ってしまうと、それは自分の信仰の有無にとどまらず、宗教そのものの価値を否定してしまっているようにおもわれるかもしれない。たが、無宗教ならば、それはあくまで自分だけに限定であって、宗教を信仰している人たちに対しては一定の敬意をはらっている。だからこそ、われわれは無宗教ということばを使うことにためらいを感じないのである。
    * 日本人は無宗教に誇りを感じているのではないか。9・11以降のことになるが、今日の世界情勢のなかで、宗教はグローバル化した経済とならんで、極めて重要で、かつ重大な問題になってきている。それぞれの宗教は、世界平和の実現を求めているとし、平和を実現するための活動を展開してはいるものの、むしろ宗教こそが世界に対立と混乱を生出す原因になっている面がある。ある特定の宗教を信じるということは、他の宗教や信仰を認めないことであり、排他性や排外主義に結びつく。ならば、特定に宗教を信じるよりも無宗教の方が価値あると無意識に感じ始めているのではないか?
    * 日本人が仏教とであった意味は計り知れないほど大きい。もし入ってこなかったら、日本には原始神道という素朴な信仰しか存在せず、高度で多様性をもつ宗教文化は形成されなかった。そして、最初は仏教の信仰や世界観が死の世界にまで入り込んでいなかった。死と仏教が結びついたのは浄土信仰が取り入れられた後である。今日の日本人が知っている仏教信仰が確立されるまでには、平安時代以降、密教(インドに土着宗教の影響をい受けながら成立した大乗仏教の思想的潮流で、加持祈祷などによって神秘的な儀式を営み、具体的な利益をもたらすことを目的とする:天台宗の最澄や、真言宗の空海な密教経典や法具などを日本に持ち込んだ)や、浄土教信仰(死後、はるか西方にあるとされる極楽浄土に生まれ変わるための信仰で念仏の実勢を伴う:浄土真宗の親鸞であり専修念仏の教えでは難解な仏教の教えではなく「南無阿弥陀仏」の念仏を唱えればよかったため、庶民層にも広く受け入れられた)、さらには禅(水墨画や山水画、茶道などが形成され、「わび・さび」といった日本独自の美意識が形成された。現在の日本文化の形成には禅の影響なしには考えられない)などが取り入れられた。
    * 宗教は、教義に前に利害の対立が潜んでいる。イスラム教とキリスト教が対立状態に至ったのは十字軍である。十字軍はやぶれ、キリストが十字架に掛けられて聖地エルサレムで殺された。そこでは、協議の違いが問題になったのではなく、聖地が奪還の戦争であったが、領土拡大という侵略戦争の性格も持ち合わせていた。
    * キリスト教とイスラム教の決定的な違いは、キリスト教ではキリストは人間と神の2つの性格を持ち合わせているのに対して、イスラム教では預言者ムハンマドはあくまで人間であった。キリスト教の母体となったユダヤ教にも認められない考え方である。イスラム教、キリスト教、ユダヤ教と信仰する神は同一でありその点では共通しているが、その神をどのようにとらえるかでは違いを見せている。そこに、2つの宗教が対立せざるを得ない根本的な原因がある。
    * 無宗教は社会に宗教的な対立を生まない。日本人が無宗教であることには大いなる意義がある。日本人が無宗教にたいして公言することに誇りを抱くようになったのも、信仰を強調し、特定の宗教に立脚するより、無宗教であるほうが、対立をうまず、平和をもたらす可能性があることが自覚されるようになった。
    * 仏教とキリスト教カトリックしか「出家」はない。日本の神道でもイスラム教でも、教団はそれほど重要性をもっていない。実質的には、神道の信者になる方法はない。ユダヤ教でも、ユダヤ人の家に生まれれば自動的にユダヤ教になるわけで入信のための特別な儀礼もない。ヒンドゥー教でも儒教でも道教でも共通だ。そうなると、日本人が無宗教であるのと同じ意味で、イスラム教もユダヤ教もヒンドゥー教も、いずれも実際には無宗教である。生まれながらに行っている活動は、外から見れば宗教活動に見えるが、内からみれば、単なる習慣にすぎない。それらを意識することはなく自分が特定の信者であるという意識も持つことはない。⇒信仰を意識するのは、そこに他の宗教を信仰する人間が現れたときである。イスラム教徒も十字軍などに脅かされなかったら格別イスラム教を宗教として意識することはなかっただろう。⇒そう考えると日本人の無宗教としての意識は決して特別なものではなくなってくる。⇒『世界中のベースが無宗教とも言える。』
    * 日本人が無宗教であることで、海外から異なる宗教を持つものがやってきても、対立や衝突がおこらない。無宗教の人々はかえって他の宗教を尊重する。とくに真摯に信仰を追及している人々を尊重して高く評価する。宗教によって他者を排除しないことで宗教の自由、信仰の自由が確保されている。
    * 我々が本当の自由を確保していくためには、特定の宗教を信仰し、それ以外を認めなくなるのではなく、無宗教の立場にたって、あらゆる宗教を排除しない方向に踏み出していくことも大切なのかもしれない。

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著者プロフィール

1953年(昭和28年)東京生まれ。宗教学者、作家。
76年東京大学文学部宗教学科卒業。同大学大学院人文科学研究科修士課程修了。84年同博士課程修了(宗教学専攻)。
放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員を経て、東京女子大学非常勤講師。
著書に『性と宗教』(講談社現代新書)、『日本人の神道』(ちくま新書)、『宗教対立がわかると「世界史」がかわる』(晶文社)、『教養としての世界宗教史』(宝島社)、『創価学会』『世界の宗教がざっくりわかる』(以上、新潮新書)、『浄土真宗はなぜ日本でいちばん多いのか』『葬式は、要らない』(以上、幻冬舎新書)、『宗教消滅』(SB新書)、『0葬』(集英社文庫)、『戦後日本の宗教史』(筑摩選書)、『宗教の地政学』(MdN新書)などがある。

「2024年 『「謎」で巡る神社の歩き方』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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