善人ほど悪い奴はいない ニーチェの人間学 (角川新書)

著者 :
  • KADOKAWA
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  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784047102491

作品紹介・あらすじ

ニーチェの善人攻撃や同情非難は自分自身の内に潜む「弱さ、卑劣さ、善良さ」に対するものではないか。強烈な自尊心と、何をしても上手くいかない諦めを持つ若者たちが数百万規模で発生している現代日本でニーチェがよく読まれる理由がここにある。傲慢と自虐の極致をゆくニーチェから学ぶ、絶対的真実。

感想・レビュー・書評

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  • うん、これは掛け値なしに面白かった。自身は善人(弱者≒大衆≒畜群)にならならいように努力している状態だと思いたいが、そうとも言い切れないものを抱えているのも自覚...。ただ、自身の弱さを正当化し、他者に対して暴力的な発言はしないでいたい。

  • ニーチェを勉強中でこの本に出会った。善人がなぜ悪捉えるのか読んでてなるほどと思った。
    筆者がものすごい勢いでズバズバ切り捨るのは爽快でもあり恐怖でもある。

  • 中島義道氏の本10冊目です。
    哲学専門の本としては2冊目で、文章はわかりやすいけど内容が難しいです。

    善人=弱者=大衆=畜群それは私?
    中島氏のことは好きだけど、彼に批判されない生き方は無理。

    そう思いながら読んでいると、中島氏が善人と呼ぶのはここではニーチェのことらしい(本人は嫌悪しているが)とわかってきました。

    私はニーチェの知識が全くなかったので中島氏の説明で少しわかったのが面白かったけど、ニーチェをよーく知っている人が読んだらどう思うのかしら?

    個人的にはやはり、本筋から離れた雑談っぽいところが楽しめました。中島氏はわがままなんだけど、気持ちは理解でき共感するところがあります。
    たとえば、編集者に対しても「えーこんなこと言っちゃうの」と驚いてしまいますが、彼の気持ちはこういうことです。

    >つまり私は心底(どうしても負け惜しみに聞こえてしまうが)自分の本は売れなくてもいい、評判がよくなくてもいい、と思っている。だが、自分なりに「いいもの」を書きたいと思っている。それだけである。編集者には職人度と商人度が混じっていて、この言葉を使うと、私は商人度が五割を超える編集者とはうまくいかないのだ。

  • 他のニーチェの入門書や哲学系の本を読んだことがあり、
    翻訳されたものも読んだことがある上での読書。

    やはり読みやすさが強いせいか、分かりやすい。
    反面、著者の考えや解釈がどれくらい反映されているのかを
    意識しながら分離しつつ、
    それでも引きずられないようにしながら読んだ。

    それくらいに読みやすい。

    面白く読めたし、分かりやすいという評価は
    善人らしい感想と言われてしまうだろうか。

  • 中島義道流ニーチェの読み方。特に「善人=弱者」に対する考察。
    「弱者」は「仰向けになるイヌ」であり「加害者」であり「権力と権威を愛す」のであり「安全」を求め「善意の嘘」をつき「群れ」「(弱者にとっての)公正・平等」を求め「エゴイズム」を嫌い、そして「同情して傲る」のである。ニーチェは「超人」ではなく、そう生きられなかった柔和で、品行方正で、臆病で、弱気で、善良で、卑劣で、素直である「反対物」。
    「2ちゃんねる云々」のくだりは、そういった「叫び」を「自分の都合の良い解釈」として畜群を罵る状況をかぶせた説明。

  • この頃、というか、ここ数年くらいニーチェブームらしい。よくわからないが、ニーチェの言葉みたいなのが売れているようで、百万部を超えたとかきくのだけれど、そのあたりにすごく疑問を抱いてもいた。ニーチェを大衆が理解できるのだろうか?百万部売れるということは即ち、大衆に読まれているということに他ならないのである。ニーチェは大衆を侮蔑した人間である。大衆がニーチェに漁りついてニーチェを「素晴らしい」と評しているというのは酷く逆説的であり、大衆が自らの大衆性を大まかに発揮しているといった感じだろうか?どうにも、中島風にかなり辛らつな言い回しをしてしまっているが、基本的に中島と自分との考え方は近しいと思う。好きな文学作品が似ていたり、本人に対して反発的な嫌悪感を抱いたりするのだから、恐らく似ているのだろう。中島があとがきでニーチェの言葉について触れていてくれたのは個人的にありがたかった。言いたかったことを代弁してくれた気がしたのである。なんて書けば中島に何を言われるか知らないが、中島は気もちがいいくらいにあれこれ代弁してくれるので助かる。とはいえ、中島もそれなりに年であるし、中島にばかり期待していてもいけないなとは思うのであるが、それはまあいい。

    だが、ニーチェはそんな素晴らしい奴ではないというのは間違いない。ニーチェを無理やり素晴らしい奴にしようと言うほうがどうにもおかしくて、え?と違和を抱いてしまう。この気もちは、ある種のルイスキャロルみたいなものかもしれない。不思議の国のアリスや鏡の国のアリスで有名なルイスキャロルは実はロリコンであり、幼女に求婚していたくらいの筋金入りのロリコンであり、元々は不思議の国のアリスもその幼女のためにかかれたものなのであって、「ロリコン=諸悪の根源」みたいに考えている現代の母親たちが、その作品を素晴らしい名作だとして子どもたちに話しきかせているあたりがなんとも言えなくなるのである。俺はルイスキャロルがどんな奴だろうがいいし、変に教訓染みていない原作が好きなので、ルイスキャロルを評価したいが、上に上げた母親たちはその真実を知ると途端にルイスキャロルを憎みだしそうで怖ろしいのである。一般的に大衆と呼ばれる層は自分の無知を認められず、誰かにその責を転嫁する。あるいは表面上は認めても決して本心では認めようとしない。このあたりがニーチェの怨念みたいなものなのかもしれない。ニーチェを読めば自分も大衆への憎悪をかきたてられる。その憎悪はルサンチマンであり、自分もニーチェが侮蔑するところの弱者であり善人になってしまうというこの流れに取りこまれる。恐れ多く言わせてもらうならば、たぶん中島もそこにのみこまれてしまっているのかもしれないと感じる。だが、ということは自分にも巡ってくるということでこの流れは非情に危険でありこれこそが永劫回帰なんじゃないかとも思えてくるくらいだ。ちなみに中島は永劫回帰なる概念にはまるで興味が内容である。全く触れられていないし、触れる気さえなさそうだ。正直そんなものはどうでもよくて、中島が関心があるのはニーチェなる人間が持ちうるある種の負の歪なパワーみたいなものなのだろう。なんというか、一言で言うならばろくでもない一冊である。

  • 例え私の生きる態度として悪しか成し得ないとしても,少なくともその「悪をしか成し得ない自分」に自覚的でありたいと思う.悪を成しつつ自分は善人だと頭から信じて疑わないのが「善人ほど悪い奴はいない」最大の理由とも言えるのだから.

  • 善人ほど悪い奴はいない ニーチェの人間学。中島 義道先生の著書。現代社会にはびこる善人たち。善人たちほど暴力性を秘めていて善人たちほど偽善、欺瞞、嘘のかたまりの悪人。善人と思っていた人が暴力、偽善、欺瞞、嘘のかたまりの悪人だとしたら絶望感におそわれる。善人ほど悪い奴はいない。胸に突き刺さる言葉。自分が善人であると思っていたとしたらそれはただの自信過剰な妄想にすぎなくて暴力、偽善、欺瞞、嘘のかたまりの悪人なのかもしれない。

  • とにかく「善人=弱者である」というニーチェ哲学の根本にある思想を深掘りした一冊。

    ニーチェ自身が自己に対する鬱屈した感情を抱いていたのではないか、という著者の考えには同意。

    内容からして、読んでいて気持ちのよい本ではないので読む人を選ぶ本。しかし、こういった本でしか得られないものもありニーチェ好きな人こそ手にとってほしい気はする。

  • ニーチェを通じて現代人の弱さを表現し、そしてその弱者の生態を分析している。こういった切り口もあるのだなぁ程度。個人的には共感するところはない。

    弱者とは現代だけの問題でなく、いつの時代にもいた大衆のこではないのか?
    弱者の中身が見えるようになったのは、ネットによって弱者(=大衆)の声が届くようになったからでは?弱者が増えてる訳ではない。
    弱者とは自己洞察ができず、社会にぶら下がり思考しない人という事ではないか。内省すれば、良い悪い(周りがいうだけの)に関係なく主体的に世の中に関われる。

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著者プロフィール

1946年生まれ. 東京大学法学部卒. 同大学院人文科学研究科修士課程修了. ウィーン大学基礎総合学部修了(哲学博士). 電気通信大学教授を経て, 現在は哲学塾主宰. 著書に, 『時間を哲学する──過去はどこへ行ったのか』(講談社現代新書),『哲学の教科書』(講談社学術文庫), 『時間論』(ちくま学芸文庫), 『死を哲学する』(岩波書店), 『過酷なるニーチェ』(河出文庫), 『生き生きした過去──大森荘蔵の時間論, その批判的解説』(河出書房新社), 『不在の哲学』(ちくま学芸文庫)『時間と死──不在と無のあいだで』(ぷねうま舎), 『明るく死ぬための哲学』(文藝春秋), 『晩年のカント』(講談社), 『てってい的にキルケゴール その一 絶望ってなんだ』, 『てってい的にキルケゴール その二 私が私であることの深淵に絶望』(ぷねうま舎)など.

「2023年 『その3 本気で、つまずくということ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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