B.A.D. 5 繭墨は猫の狂言を笑う (ファミ通文庫)
- エンターブレイン (2011年4月30日発売)
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感想 : 19件
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Amazon.co.jp ・本 (392ページ) / ISBN・EAN: 9784047272231
作品紹介・あらすじ
「始まりの先には――――――終わりしかないんだよ」
みんなの感想まとめ
人の暗い部分を浮き彫りにしながらも、心の良心を描く作品。物語は、異界に置き去りにされたあさとと、怪異に巻き込まれ続ける小田桐を中心に進行し、麗泉女学園での自殺事件の調査が展開されます。神宮ゆうりの言葉...
感想・レビュー・書評
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あさとを殺さないままに異界へ置き去った事でこの巻にて小田桐が意識するは罪の意識かな
多くの悲劇を生み出したあさとを殺すべきだったのではないか?異界にあさとを置き去りにしたのは酷い行為だったのではないか?
矛盾するようでいて解決を見ない小田桐の悩みはこの巻に充満している
だからか、登場した人物達も罪の意識を備えているね
小田桐が閉じられた学園で最初に向き合った事件も罪の意識が肥大化したような事件だったし、戻ってきた綾が求めたのも罪に応じて罰される事だった
小田桐は少女達の事件で何も出来なかった。綾に対して何もしないと宣言した
特に綾への台詞から小田桐は自身を断罪人にするつもりはないとの意識が読み取れるし、むしろ彼は他人よりも自分を許さない点を重視していると判る。その在り様は既にあさとに対して行った行為との矛盾が見られるけれど、この時点では小田桐に対して決定打とならない
それは小田桐が何だかんだ言ってあさとから眼を逸らしているからだろうね
そう考えると狐を意識させるかのような模倣事件を引き起こしたゆうりは小田桐の罪悪感を刺激するには最良で最悪な人物
彼女の振る舞いは非常に舞台的では有るけれど、悪趣味の極地として舞台的となったあさととの違いを強く感じてしまう。ゆうりはあくまでも舞台的にする、というよりもあさとの模倣を目的としているのだから
だからゆうりが起こすゲームは悪趣味なだけで小田桐やあざかに何をさせたいといった狙いも存在しない
それはゆうりがあざかや小田桐への憎しみや執着によって事件を起こしているのではなく、ひたすら自分の為に事件を起こしているからだね
自分を化け物と証明する為にあさとを異界から産み落とす。それは途轍もなく自分勝手な願い
罪であり化け物が産まれかねないゆうりの願いを潰すのは当然の始末。けれど、ここで小田桐が異界に向かう事になるのは彼にとってもこの事態が罪として機能しているからだね
小田桐が前巻にてあさとを殺していればゆうりが少女達を怪異に巻き込む事はなかった。ゆうりが化け物を産み落とすなんて事はなかった
だから小田桐が自らの意志で異界に潜り込んだのは責務であり罪滅ぼしの為
そのような腰が引けた理由しか持たないから、異界で見せたゆうりの姿が小田桐の意志を揺らがせてしまうわけだ
親や家系が仕出かした罪によって化け物に成らざるを得なかったゆうりの姿は確かに小田桐が言うように哀れなものかも知れない。そしてゆうりが哀れであるならば、同様にあさとも哀れと成り得る。他者の振る舞いによって哀れとなるのはもしかしたら被害者と形容できるものかもしれない
その上でゆうりが罪罰や被害・加害とは別の尺度の価値観をあさとに示したなら、普通の価値観に殉じようとする小田桐は抗う術を持たない。あさとが抱く救済への希求を感じ取らずに居られない
後悔の果てに小田桐が選んだ道はありとあらゆる者にとって理解も共感も難しいもの。というより小田桐自身が納得できていない。けれど、彼が彼である時点であの道以外を選べない
自分の人生を滅茶苦茶にし、守りたいと思った者を眼の前で死なせ、何十何百人もの死に関わっている。あさとは誰がどう見たって許されざる人物でありゆうりの肚から化け物が産まれようとしている現状では殺す以外正常な判断が存在しない対象
それでも小田桐は自分の為にあさとを助ける道を選んだ。それは彼なりの罪との向き合い方であり、罰の受け方なのかもしれない
「憎い人間を、殺せなくて何が悪い」という台詞は小田桐以外が決して発せられないものだと思えたよ詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
流石の気持ち悪さ。読めば読むほど吐き気を催す。
相変わらず文章力に難がある。いらない描写がこびり付いた文章が妙に作品の雰囲気に合ってる気すらするのも皮肉なもの。
それでもなんだかんだ言いつつ5巻まで読んでしまっているのは、この作品の持つ魅力ゆえでしょうかね。 -
あさとを異界に置き去りにして小田桐は安息を手に入れた。しかし、繭墨のそばにいる以上怪異から離れることは出来ない。繭墨霊能探偵社に来た依頼は麗泉女学園内で自殺した生徒の原因の調査だった。
「誰かが望みさえしなければ誰も死なない」神宮ゆうりの言葉が今回のB.A.Dのキーワードだと思う。基本的にこの作品は人の暗い部分を思い知る。人はこんなに自分が可愛くて、大変で、可哀想で、特別なんだと感じる。自分のためなら、人を陥れる可能性がある。しかし、それだけで終わらないのが小田桐の存在だ。巻き込まれ体質で、人を救うために画策し、自分が傷つくことに怯えながらも自分を犠牲にする彼は人の良心を具現化している。それが、読了後の後味の悪さを感じさせない要素だと思った。 -
俗世から隔離された学園からの依頼で赴けば
妙な花と、猫仮面の妙な少女。
相変わらずというべきか、加速してるというべきか
描写が怖いというか、想像しやす過ぎるというか。
結局誰が弱く、誰が強いのか。
女性はいざとなれば動じなくなる、と言いますが
これはそれを超えまくっている気がします。
強い、というよりも、冷静になっている、というべき?
なんだかこう…淡々としている気も。
明確なルールがない故の混乱と
あれから存在し続けた罪悪感。
性格を考えれば納得、な感情ですが、正直なところ
おいてきて忘れても大丈夫な人物です。
話としては、そこで終わってしまう思考ですがw
ストーリーと関係なく気になるのは
チョコ味際立つビーフシチュー。
どんなものなのでしょう?? -
第1巻からのストーリーに、ようやく結末がつくことになります。
麗泉女学園という全寮制の高校で、一人の女子生徒が自殺し、その原因調査の依頼が小田桐たちのもとに持ち込まれます。高校に到着した小田桐とあざかは、一人の行方不明となっている女子生徒の殺人事件が隠されていることを突き止めます。
ところが、調査を進めるあざかたちの前に、神宮(じんぐう)ゆうりと名乗る異能者の女子生徒が姿を現わします。猫の仮面を着けた彼女は、「狐」があざかたちを相手に用意したゲームを模倣し、小田桐たちを次々と奇妙な体験へと誘い込みます。
やがて小田桐は、ゆうりがお腹に「狐」の子を宿していることを知ります。ゆうりは自殺を図り、異界の子を宿した子宮だけが生き続けます。小田桐は、異界とのつながりを断ち切るため、あざかから受け取った銃を手に、ふたたび異界に堕ちた繭墨あさとのもとへと向かいます。しかし小田桐が下した決断は、あさとを異界から救い出すというものでした。小田桐は、自分自身の甘さとそれがもたらすことになるかもしれない結果も含めて、受け入れるほかないと決意したのでした。
ストーリー的には、繭墨あさととの対決がおこなわれる前巻がクライマックスで、この巻はその後日譚と言えるかもしれません。とはいえ、小田桐の内面のドラマに決着がつけられることになっていて、本巻を読んでようやく落ち着いた気分になりました。 -
狐編完結! 最後の小田桐の決意が素敵だった。でも、カラーページがネタバレ過ぎる……。
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BADシリーズで一番好きな巻かも。
挿絵も綺麗でした。 -
狐の話エクストラ的なものか。メインは猫。
相変わらず醜悪過ぎる世界観だが、すっかりこれが病みつきになってる自分がいる。悔しい。
そんな中で繭墨萌えれるのはこの世界にどっぷりと浸かってる証拠。
今回は紅い花の怪奇(勿論グロ)とその周りをまわる怪しい猫、そしてちらつく狐の影・・・
関係者は相変わらずの狂人ぞろいで読んでてゾッとする。
醜悪の代名詞になりつつある小田桐もその醜さっぷりが顕著になってきたというか、本人、遂に開き直りの境地に入るしね。
konaさんのイラストが相変わらず美しい。
308,9ページの見開きイラストが色々衝撃的過ぎて思わず止まってしまった。 -
前回で狐編は終わったと思ってたけど今回で本当の終わりのようだ。
なんかこの作品はしっかり時代の流れに乗ってる感じが好きだ。
全体からみたら微妙な心の持ちようの違いに過ぎないのだろうけど実は大きく変わってしまった部分にうまく対応しているというか。
脱セカイの別の道って感じ。 -
まさか、そう来るとは思わなかった。
小田桐くんは、あさとを…結局憎み切れないんだろうか、、 -
まぁ相変わらずという。
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5作目でもグロいネタは色褪せず。異能や怪異のグロネタに負けないくらい、登場キャラも壊れていてこちらも健在。今回は雨香の活躍は控えめで、読みながら自分のお腹をさする事はなかったけど、やっぱりかなり(物理的に)痛々しかった。
あざかと小田桐のキャラは全くぶれない。花びらをかじる音からチョコレートをかじる音までどれも不気味に感じる雰囲気作りもさすが。
次回にも繋がりそうなキャラも登場し、まだまだ続きそうな感じ。
著者プロフィール
綾里けいしの作品
