- KADOKAWA (2017年6月30日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (288ページ) / ISBN・EAN: 9784047346789
作品紹介・あらすじ
伝説の悪竜に攫われた村娘。その御伽話にも似た事態の真相とは――。かつて海豹乙女を嫁にもらった老人。だが人と幻獣の結婚の先にあったのは……。第一種危険幻獣の中でも伝説級に該当する生物ヒュドラ。行く手を全て毒に染め、不死の体を持つヒュドラを倒すには幻獣、それも「火の王」の炎が必要だという。フェリ達は王都が保護していた“勇者”を連れて「火の王」の元に赴くことになり――。人と幻獣の関わりが生む残酷で優しい幻想幻獣譚、第二集!
感想・レビュー・書評
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ゆらぎ続ける盤面で、彼らは確かに意志を置く。
一巻がバラバラになっていたピースが、綺麗にひとつの箱に収まる美しい話だったとしましょう。
すると今回はあえて箱から取り出してみた。
不格好さに泥臭さ、ストレートさを加えた別の視点を添えて、世界に立体感を与えた話という趣です。
「綾里けいし」先生は初期の代表作「B.A.D.」で名声を固めました。
それから、それに続く本作などで初期のうちに幻想生物について造詣を深めた。
そのことがのちのキャリアに活かされたと考えれば、堅実なつくりも相まって外せない作品なのではないでしょうか?
ということで、『幻獣調査員』第二巻のレビューをお送りしてまいります。
その後の旅路を想像させる話は一巻の時点で完成していましたが、二巻で話を閉じても問題なく世界は広がり続けます。
もうひとつの美しい物語として完成されていました。基本は一巻が前提の話なので、未読の方はそちらから。
よって安心なされよ。一巻を読んでから蛇足を危惧された方は恐れずにどうぞ。
おおっと、そういえば二巻で最後に題を飾った既知の幻獣は「ヒュドラ」でしたね。当然ながら足はありません。
(元ネタの神話同様、きっちり災害クラスの脅威である不死の怪物として描いていることに好感が持てました。)
さて、一巻が魔王の話ならそりゃあ二巻では勇者の話するよなって自然な連想が働きますよね。
今回も各話タイトルでしっかりネタバレしているはずなのに、最後の最後で腑に落ちる形にしているのはお見事です。
構成としては一巻をなぞっているにもかかわらず、最後まで大仕掛けを読み切れませんでした。
読み返すと、勇者とはなんなのか? という問いかけは最初から最後までしっかりされていると改めて気付けました。
勇者とは英雄なのか、生き様なのか、それとも自然現象なのか。初読した際は意外な結末だなと思っていました。
しかし、読めば読むほど必然としか思えない落としどころだと思えたのです。勇者という称号は万人から呼ばれる形でそうやすやすと、望んでも得られるものではない。されど――、といったわけで。
もちろんこれがミステリ作品と明言されていたなら私も本気を出したのですが、本作が幻想作品である以上は謎を解こうとする姿勢自体が野暮というものです。
読者諸姉諸兄は素直に騙されましょう。それが一番美しく、何より楽しい読み方ですから。
今回はわりと短めでユーモラス。おとぎ話的な牧歌性が強く、ダーク味や残虐描写はある程度抑えられています。
話を通じて、主人公「フェリ」とその守護者「クーシュナ」の現状と重ね合わせることで、ふたりの未来を問う形にしていたのも心憎いですね。このことは一巻でふたりの関係の本質を先に見せていたからこそ取れる構成だと考えました。
たとえば、第三話「海豹乙女(セルキー)」の話などは一巻の第三話「人魚」と同じ水妖の事例でした。
けれどあちらより踏み込んで、広い視座から悲劇の行く末を見届けた短編です。
伝承をストレートに倣ったエピソードであっても、良くも悪くも捻りがありました。決まり切った悲劇で終わるかどうかわからないからこそ、人は前に進めるのでしょうか? 思いがどうあれ、答えがどうあれ、彼は幸せだったと信じたい。
なお、本作の三話と四話ではオリジナルのマザー・グースが登場するのですが、子どもや妖精の残酷さや楽しさが出ていて、物語に変わった色合いを添えてくれました。
どこか不謹慎だと思いつつも口ずさみたくなるのはきっと気のせいではないはずです。
ゆえに、続く第四話「妖精の囚われ人」が楽しいエピソードだったことは自明でしょう。
フェリが花嫁に似た衣装を身にまとっているからさらわれて、彼女を守護する闇の紳士・クーシュナが礼服姿というのはつまりはそういうことです。事実、作中に「異類婚姻譚」の単語はしっかり出ていました。
常日頃から結ばれているようなものだけど、どこまでもプラトニックな心の通じ合いに終始して微笑ましくも愛おしい。
でも、別れの緊張感と切なさを孕んだ関係性であることはゆるがない。
この二者の間を止まり木とする使い魔のトローも交えて、いつか来る別れの気配と悲しみの影が差す。
ところで、一話が竜と娘の話、二話が占いばあばの予言が大騒動を起こす話と、一巻から韻を踏んだかのような話が配置されているのはわかりやすい仕掛けでしたね。先述した通り、三話が同じく水妖の話と来れば確実に狙っています。
一話は、少し注意を払えば悪竜の真意が見えてくるし、これは言葉に出さずに胸の奥にしまっておくべきと思いました。
二話は、牧歌的で地の文の文運びを含めてなんとも人を食ったような話ですが、奇妙なやさしさがありました。
確かに似通っています。それらはあたかも運命をなぞるかのようです。でも、似て非なる形を示しました。
このことからは、決して無為な繰り返しにはしないぞという強い決意を感じましたね。
なにが繰り返すのかについては一巻をご参照くださいませ。私の口からは到底申せませんので。
かといって、フェリとクーシュナ、あとトローの関係性を盛り立てるための単なる道具として、各話の幻獣たち、人間たちが用いられているわけではありません。幻獣は人間を振り回し、振り回されもする。そこには悲喜劇があります。
方向性は違えど人間も幻獣もたくましく、善悪を押し退ける力強さがあります。
尊いもの、美しいものの価値を貶めず、醜いもの、洗練されていないもの、赤裸々な言葉の力強さを示してくれます。
その上で、フェリは人と幻獣の間の問題解決に当たる「幻獣調査員」という公的で現実的な立場にいます。
人と幻獣の境界を巡る現実の厳しさも示すことで、相互理解の難しさを改めて示したわけです。
にもかかわらず、二巻では幻獣たちのルール、王様と勇者のルールを読者にも教えることでこの世界の像を結ばせる。
その上で、前述したようなユーモラスな遊びの余地を持たせたのは実に見事と思いました。
それらについては綾里先生の後続作『死神公女フリージアは、さよならを知らない』との連想を働かせる次第でした。
まぁ、世界観を再利用したというよりは、綾里流のファンタジー世界は自然と似通うのかもしれませんけれど。
この世界観だと人間にも幻獣にも一方的に共感や傾倒を寄せることはできませんが、それは主人公が中立だから言えることです。そして彼女の視点に依って立つ読者も同じことです。つまりは我らは幸福でした。
以上。
幻獣を狩り、利用し、パワーバランスを人間側に傾けようとする身勝手で愚かで切なる人間たちと、自然の摂理に依って立つからなにもかも正しいと思えてしまう、残酷で無垢で傲慢な幻獣たち。
正しいか正しくないかという問題で論ずることはできない。衝突をどう回避するかの問題に過ぎない。
すこしだけネタバレに触れると、バランサーとして生まれる王様に人間と幻獣の現状をリセットしてもらって世界を再編するのは、均衡やあるべき形としては正しいんでしょう。きっといつかは、避けられない形でやってくる。
でも、それも破滅的な形ではないでしょうと、希望と理想を掲げるフェリの気持ちもわかります。
それに彼女の言葉も表面を滑る物でなく確かな知識と実績に支えられた理想と共に強く響くものです。
そこまで現実離れはしていませんでした。
知性の有無を問いません。幻獣たちの生態が広く知れ渡れば、軋轢は今よりずっと避けられるというものですから。
それでもナックラヴィーのような、悪意しかないグロテスクな怪物がいることで道は険しいと思い知らせてくれました。
しかし、憎悪を越える正論とそれを実証する魂と、どうしようもなく美しく大きな世界の流れは不滅なのでした。
では最後に一点だけ、イラストについて触れておきましょう。
一巻の表紙はあくまで主人公を中心に美しく、でも雑然と作中に登場した幻獣たちが並べられるという構図でした。
けれど、二巻の表紙は意図に気づいた瞬間に「あっ」となりました。
表紙絵を見渡せば、人間の層と幻獣の層と、そしてその狭間でがんばるフェリたちは奥行きをもってそれぞれ別のところにいます。それは世界が幾重ものレイヤーによって成り立つことと、対立の構造を示唆してくれました。
以降の言及は、全文を読み終えてから表紙絵と照らし合わせながら拾ってみてください。
最も手前にある枠組みは、幻獣を囲い込もうとする人間の営みの暗喩でしょう。
人間中心の大義を掲げ、時に外道な一手を投じる幻獣調査官たちが無個性なチェスの白い駒のように置かれる一方で、特徴を捉えた大駒としてネームドの調査官「クレメンス」が中央手前に配置されています。
一番遠くの層では、幻獣たちが紅い抽象画で渦巻いています。
そして前述した通り、その間の層、言うなら狭間に、確かな像を結ぶフェリとクーシュナがいました。
でも幻獣の層の中には窓があって、窓の向こうには白の配色も施された幻獣の世界が広がっています。
その中には、今回クーシュナが闇の王様として対等な立場から臨むことになる赤く尊い人がいました。
あくまでクーシュナは白の少女・フェリと手を取り合っているのですが、このことからクーシュナは「白と黒」、「赤と黒」で対比を利かせ、この世界を物語る上で絶対に外せないキーマンということがわかります。
そしてもうひとり、赤と黒と白を巡っての配色の構図の中で、絶対に言及から外せないキーマンがいるのですが……。
ネタバレになることと、ここまで読んでいただいた方なら絶対にお察しいただけると思うので割愛します。
彼が何色に属するのかに気付いた瞬間、答えは出たも同然ですね。
まことお見事です。「lack」先生、おみそれしました。
この世界の人間たちには愚かな面も賢い面もあり、身勝手です。
でも幻獣たちだけに世界を渡すこともできないんでしょう。人が幻獣を傷つけ、傷つけられて、何かを得て何かを失う。
過程なくして物語になりえないのですから。善悪で語れないから世界は豊かであり続ける。だから天秤は釣り合わない。
It takes all the running you can do, to keep in the same place.詳細をみるコメント0件をすべて表示
著者プロフィール
綾里けいしの作品
