脳のなかの幽霊、ふたたび 見えてきた心のしくみ

制作 : 山下 篤子 
  • 角川書店 (2005年7月30日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (222ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784047915015

作品紹介

天才詩人アルチュール・ランボーは母音に色を感じたという。抑えられない笑いと涙を繰り返す患者や、自分の左側を完全に無視する患者-。この奇妙な現象は、すべて「脳」が演出している。私たちは、自分たちの脳の働きについて、まだほんの少ししか知らないのだ。切断された手足がまだあると感じる幻肢患者の鏡を使った治療で世界を驚愕させた著者が、ベストセラー『脳のなかの幽霊』に続いて、未知の領域「脳」へ深くわけいり、さらなる知的冒険へと誘う。

脳のなかの幽霊、ふたたび 見えてきた心のしくみの感想・レビュー・書評

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  • BBCの初代会長、リース卿が1948年に始めた「リース講演」という事業があって、それに講演者として招かれた著者が2003年に行った連続講演を本にしたものらしい。一般の人向けの講演が基になっているだけあって、「脳のなかの幽霊」より分かりやすかったような気がする。しかし、クオリアの話は、やっぱりなんだかよく分からない。第4章「紫色の数字、鋭いチーズ」で説明されていた「言語起源の共感覚的ブートストラッピング説」が一番おもしろかった。言語学では、解明される見込みがないので、言語の起源については論じないことになっているという話を、以前何かの本で読んだ。脳科学が進展すれば解明されるかもしれないと思うと、わくわくする。著者は、子どもの頃を振り返って、「どちらかと言えば孤独で、人づきあいの下手な子どもだったと記憶しています??バンコクでは一人だけ、ソムサウ(「クッキー」)・スチャリトゥクルという名のとてもいい科学友だちがいましたが。」と書いている(「はじめに」、9ページ)。この「科学友だち」は、「スターシップと俳句」を書いたSF作家、ソムトウ・スチャリトクルのことだろうか。第3章「アートフルな脳」には、「自然の循環は故フレッド・ホイルが支持した考えです。」という一文がある(89ページ)。なんと、またしてもフレッド・ホイルだ。いったいどうなっているのだ。「類人猿に似た祖先のうなり声やわめき声やうめき声から、シェイクスピアのような――あるいはジョージ・W・ブッシュのような――知的洗練に、どのようにして移行できたのでしょうか。」(第4章「紫色の数字、鋭いチーズ」、115ページ)や、「もし洞窟でオオカミに育てられたら、あるいは文化のない環境(たとえばテキサス)で育ったら、ほとんど人間とは言えなくなってしまうでしょう。」(第5章「神経科学??新たな哲学」、158~159ページ)という皮肉なくだりがあって、つい笑ってしまった。最終章(第5章)の末尾に引用されているリチャード・ファインマンの文章がかっこいい。出典が知りたい。

  • 2005年刊行。1999年刊「脳のなかの幽霊」の内容+αを題材にした講演をまとめたもの。相貌失認・カプグラ症候群(視覚入力と情感を司る領野(扁桃体)とが連絡せず、母親の実感を湧かせられない疾患)・幻肢(脳内地図の再マッピングないし再交錯)・右頭頂葉疾患に伴う半側空間無視・鏡失認など前著お馴染みの内容のみならず、共感覚・クオリア・意識にも言及。特に、言語進化の要因として共感覚(健常者が持ちうる程度の。詳細は117頁以下)を出す点は、非常に興味深い。前頭葉疾患者には自由意思を認め難い点も大きな問題を孕むはず。
    意思自由が維持できなければ、人権論(特に、個人の尊厳の重要性)、刑罰論(特に意思自由を前提とする責任論)をどのように解釈するかにつき、根本的なパラダイム変換を求められる可能性がある。

  • #「(五つの)自己の諸面はいずれも、脳疾患によってそれぞれ別個にそこなわれます。よって私は、自己は一つではなく複数からなっていると考えています」という一文の冴えに痺れる。

    #講義録のため前作との重複もありつつ、前著では注で触れるに留めていた仮説を、より突っ込んで展開した箇所も。脳の各機能からみたアートの本質を、十の法則にまとめた3章は、是非完全版を読みたい(『アートフル・ブレイン』はまだ刊行されてないのね?)。「ほんとうの本は巻末の注のなかにあるよ、ラマ」ということで、キュビズムの解釈など、今回も注は刺激的。

    (2009/08/04)

  • 著者は、カリフォルニア大学脳認知センターの教授兼所長をされてて、鏡を使った幻肢痛の治療を始めた方。
    「奇妙な神経疾患を調べることで正常な脳の機能が学べる」ということで、稀な神経疾患の研究をされている。
    本書は、著者の研究でわかったことをド素人にもわかるように説明してくれていて、ものすごく面白い。

    科学とは真反対にあるとされていた人文学や哲学や芸術に、神経疾患の研究という方向からアプローチされていて、これがまたものすごく面白い。

    本書に出てくる「奇妙な神経疾患」を一部紹介。
    今まではこれらの症状を訴える患者を「嘘を言っている」「頭がおかしくなった」「精神的な問題」と片付けてきたけど、詳細に調べたら脳の一部に起きた疾患であることがわかったと、著者は述べている。

    ・カプグラ症候群
    視力は正常なのに、自分の親や兄弟、配偶者などの肉親を「偽者」と決めつける(確信)するシンドローム。

    ・幻視
    事故や病気で四肢を失った人が、無いはずの腕や足を「ある」と感じる。
    痛みや触られた感触なども感じる。

    ・共感覚
    特定の音程を聞いたり特定の数字や文字を見たときに特定の色が見える。
    例えば「ドの音」は赤、「ファの音」は青、「5」は赤、「6」は緑に見える。

    ・盲視
    脳損傷のために目が見えなくなったのに、目が見えなければ不可能と思える課題を実行できる。
    たとえば、手を伸ばして物を掴んだり、ディスプレイに映し出された点を指し示したりできる。

    ・半側空間無視
    右頭頂葉が損傷されると、自分の左側を無視するようになる(無関心になる)。
    お皿に乗った料理の右半分だけを食べ、男性は右半分だけヒゲを剃り、女性は右半分だけに化粧をする。

    ・病態失認
    四肢に麻痺があるにもかかわらず、「麻痺などしていない。ちゃんと機能している」と言い張るシンドローム。

    ・コタール症候群
    「自分は死んでいる」と言い、体から腐臭がする、体にウジが湧いていると言い張る。

  • 『脳のなかの幽霊、ふたたび ~見えてきた心のしくみ』(V・S・ラマチャンドラン著/山下篤子訳/角川書店)読了。名著のあとによくある「二番煎じ」的な内容ではなく、『脳のなかの幽霊』からさらに考察を深めた内容になっていてすげーってかんじ。講演が原型ということだが、冗長な部分がないどころか、短い中に内容がみっしりと詰まった1冊に仕上がっている。
     1章は、『脳のなかの幽霊』のおさらい的な内容。切断したはずの手足をありありと感じる「幻肢」という現象から、人体の不思議に迫る。手足が切断されても、その部分に対応していた脳の部位は残っている。手足からのフィードバックがなくなったあと、その「跡地」が周りからの浸食を受けるので、なくなった手足の感覚が人体の他の部分に再現されるという不思議な現象が起こる。この「交錯配線」仮説が論の中心である。これを拡張していくと、「ドの音を聞くとありありと(赤色)を感じる」といった共感覚も説明できる……と発展していく。
     2章でも奇妙な視覚障害を持つ患者の例を引きながら、視覚が意識に変換されるまでのプロセスをとりあげている。たとえば盲視(ブラインドサイト)と呼ばれるシンドロームでは、脳の一部の損傷によって左側の視野がまったく失われているにもかかわらず、その見えない側に小さな点状の光を提示してやると、(本人的にはまったくの勘に従って)光点の位置を正確に指さすのだという。つまりこの症例は、人間が目から入った情報を「意識にのぼる経路」とは別に「無意識で空間把握をしているフィールド」に送り込んでいるという証拠なのだ。
     ラマチャンドランは一冊を通じて(というか前著も同様にだが)このように、一見すると摩訶不思議な症例から、人間本来の脳のしくみを解き明かすというアプローチをとっていて、それが非常に効果を上げている。
     3章では、脳についての理解をもとに、とうとう「芸術とは何か?」というところにまで踏み込んでいる。12世紀にインドでつくられた女神像を引き合いに出し、写実的なバランスからいえば胸や尻が強調されすぎているこの像が、なぜ魅力的に見えるのかという考察から章が始まっているのだが……アレだね、アニメ顔、マンガ的プロポーションを擁護したいヲタは必読ってかんじ!
     4章は、もっとも刺激的。1章でも取り上げた「共感覚」をとりあげつつ、人類全体にその「共感覚」的な要素を敷衍していく。要するに、脳の中で無関係なものを結びつける能力=メタファーをつくる能力を「共感覚」とするならば、視覚からの印象を「音」に結びつける能力……つまり「言語」をつくる能力が生まれるのではないか。人間には「言語を生みだす本能」というべきものがある、とはチョムスキー以来のドグマだが、結局その「本能」がどのような脳のしくみによるものかということについてはブラックボックスのままであった。その糸口……とまではいかないが、仮説としては、ちゃんと「脳のしくみに落ちる」という点で、すごく魅力的なアプローチなんではないか。
     5章は、精神疾患を題材に、クオリアの不思議を考察している。個人的にクオリア論はどーもちんぷんかんぷんな説明ばかりという印象だったが、ラマチャンドラン的な解決……「物質と精神は、実は世界を記述する別々の方法で、どちらもそれ自体で完結していると考える」とか「内部でシンボル操作をするための方便と考える」というやり方は、さくっと問題を解決できて気持ちいいなぁ。

     以上、1冊全体をべったりと論じるという書評にあるまじきスタイルだが、まぁいいや、コレはオレの私的なメモってことで。とにかく、サイエンスの神髄を、誰でも興味を持てるようにたのしく書いてあるという点で、前著と同様にすげー本。ボリューム的にこっちのほうがシンプルだし、学説の紹介というよりも、ラマチャンドラン個人の想像力をひろげた部分が多く出ているが、それもまた魅力のひとつ。とにかくオレとしてはポピュラーサイエンスの最高峰として、熱狂的に支持。

  • これも「脳の中の幽霊」と同様、とても興味深いものだった。一般向けの講演なのでわかりやすいのだが、その反面、そこをもうちょっと詳しく!と言いたくなる所もあちこちにある。特に、第五章「神経科学 - 新しい哲学」で述べられていることは、更なる研究成果を知りたい。

    「芸術」「美」とは何か。「自己についての意識」とは何か。こうした問題を脳の機能からとらえ、しかもそれが問題の矮小化になっていないのが、著者の優れたところだと思う。人間に意識が生まれたことの意義をあくまで「進化」の文脈でとらえようとするのは、当たり前と言えば当たり前ではあるけれど、解説で養老孟司氏が書いているように、アメリカ社会においてはそう気軽に口にできることではないだろう。

    ミラーニューロンについての考察にもわくわくする。人間は摩訶不思議なものだけれど、決して説明のつかない得体の知れないものではないと思えてくる。

  • 第1章 脳のなかの幽霊
    第2章 信じることは見ること
    第3章 アートフルな脳
    第4章 紫色の数字、鋭いチーズ
    第5章 神経科学―新たな哲学

  • きちんと科学的に続編。公演を再編集した本で読みやすい。

  • ☆この本は熊本大学附属図書館中央館にあります。 
     請求記号 491.371 R,13

    【熊本大学】ペンネーム:やっちゃん

  • 前作の『脳の中の幽霊』に前提の説明を任せていて今回はそれを踏まえて前フリ最小限に本題のテーマに入って語られているので、2冊続けて読むといいです。前半はおさらいのような感じでしたが共感覚の話が出てきたあたりから新しい試みや考え方が披露されています。意識して体を動かそうというとき、意識したと同時に動くように、意識するその数秒前(!)に脳が指令を出しているという猛烈な話には読みながらコーフンしました。とても面白かったです。

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