私の赤くて柔らかな部分

著者 :
  • 角川書店(角川グループパブリッシング)
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感想 : 14
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  • Amazon.co.jp ・本 (185ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784048739719

感想・レビュー・書評

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  • 頁の上にある文字をまっすぐに目は追っているのだけれど、まるで回り道をするように頭の中の思考は中々目の動きに追いつけない。一行読んではふらふらと書かれている筈もない別の物語のことが気になってしまう。目の方は知らんふりをして先へ行ってしまいそうになりつつ、後ろを振り向いて脇道に逸れて行っている思考の方へ、そっちじゃない、と声をかける。

    何か強いメッセージがはっきりと書かれている訳ではないのだけれど、一つの文章が、一つの言葉が印象に残り、その残響を求めて気持ちがどうしても脇へ脇へとそれていってしまう。とても不思議な心持ちになる。

    短い作家の紹介の文章の中にうまい言葉が見つかる。「この世の位相」。確かに作家の言葉には位相に係わる不思議な力がある。それは実のところとても強い作用を及ぼすものである筈なのに、見掛けは何も起こらなかったかのよう。しかしその力は実は鏡の向こうの世界に突然送り込まれてしまうような作用。突然、自分が身知った世界の実像が取り去られてしまった世界に自分が置かれていることに気づいた時のような(もちろん、そんな経験を実際にはしたことはないけれど、似たような気持にはなったことはある)感慨に襲われる。

    目を凝らして見ても何が変わったというわけではないのだけれど、何かが決定的に異なっている。微分をした筈の正弦曲線が、元の波の形そっくりの余弦曲線として目の前にあるのを見て、まったく何も変わっていないと勘違いしてしまうような。しかしその物理的作用は確実に世界を変化させており、自分自身はしっかり実世界で波の形を眺めているつもりでも実は虚数の平原へπ/2だけ位相が変換されてしまっている。

    元の波と位相が返還された波が、フーガのようにやって来て重なり合い、何度かの位相変換の後、ふっと波を打ち消し合って何もなかったかのような無に戻る。実体は消滅しているのに、エネルギーが存在したことだけは記憶に残る。その正体はなんだったのだろう、という訝しさだけが残る不思議な味わい。正体の見えぬものに説明をつけようと頭が活発に機能する。

    そうやって幾つもの物語を並行世界の中に読み解きながら本を読み終えると、果たしてこの本の中に本当は一体何が書かれていたのかが、すっかり解らなくなっている。

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