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Amazon.co.jp ・本 (160ページ) / ISBN・EAN: 9784048764773
作品紹介・あらすじ
NHKニュースウオッチ9で「“非正規”歌人が残したもの」として紹介され、大反響。
歌集としては異例の7刷!25000部!
10月16日放送、NHK「クローズアップ現代+」で特集、又吉直樹氏により大絶賛。
11月3日「朝日新聞」「売れてる本」、「日経新聞」書評欄「ベストセラーの裏側」掲載
11月20日「毎日新聞」特集ワイド掲載。
紀伊國屋書店スタッフが全力でおすすめするベスト30「キノベス!2019」、第8位。
いじめ、非正規雇用・・・・・逆境に負けず
それでも生きる希望を歌い続けた歌人がいた。
32 歳で命を絶った若き歌人の絶唱を収めた短歌集。
「ピュアな言葉に思う。短歌は彼の濾過装置。自在な表現に思う。短歌は彼の翼。真っすぐに心を射抜く短歌が、ここにある。 俵万智」
感想・レビュー・書評
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萩原慎一郎さんの歌集ですね。
萩原慎一郎さん(1984~2017、東京うまれ)歌人。
「りとむ」所属。
若干三十二歳でこの世を去った歌人の遺作です。
三枝昴之先生、今野寿美先生、そして岡井隆先生に感謝を捧げた歌集です。
末尾にご両親の言葉が収められています。
きみのため用意されたる滑走路
きみは翼を手にすればいい
今日という日もまた栞
読みさしの人生という書物にすれば
あの角を曲がれば そうさ
新緑に出逢えるはずと心躍れり
コスモスが咲いているのは母校なる
小学校の脇の道なり
今ぼくのこころの枝に留まりたる
蜻蛉のような音楽がある
靴ひもを結び直しているときに
春の匂いが横を過ぎゆく
自転車のペダル漕ぐ朝
模索の果てにちゃんと光射せばいいのに
遅刻せぬよう走るのだ
鬣をなびかせ走る馬のごとくに
率直な気持ちを短歌に乗せられていますね。
短歌を生きる希望にされていたようです。これからという時に逝去されたのは厭うべくもない事ですが、一冊の歌集を遺されたのが、慰留になりますね。
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⚫︎感想
人生を悩んだ一人の若者の、同じような立場にある他者へ向けて、寄り添う歌が切なくて、ハッとさせられた。
三十一文字で表現する懸命さに胸を打たれた。
いくつかの歌を書き写しておこうと思う。
⚫︎本概要より転載
いじめ、非正規雇用・・・・・逆境に負けず
それでも生きる希望を歌い続けた歌人がいた。
32 歳で命を絶った若き歌人の絶唱を収めた短歌集。
「ピュアな言葉に思う。短歌は彼の濾過装置。自在な表現に思う。短歌は彼の翼。真っすぐに心を射抜く短歌が、ここにある。 俵万智」
-
萩原慎一郎さんの記念すべき第一歌集は、遺歌集となってしまった。
その理由は推測するしかないのだが、中高一貫校での、いじめが元で、ずっと精神的苦痛を抱えていたとも言われており、高校で同じような体験をした私にとって、真にやり切れない気持ちで目頭が熱くなり、怒り、悲しみのようなものを抑えることができない。
いじめのことは、他の作品でもうんざりするほど、何度も書いていて、いじめる側にも原因があると冷静に分析するのもいいが、結果として、彼はもうこの世にいないわけで、それを選択したときの彼の気持ちが、どんなものだったか、考えたことがあるのかと言いたくなるし、私自身、他人事になれず、悔しい思いでいっぱいだ。
もしかしたら、それだけが原因ではなく、この歌集でテーマにしている、労働環境(非正規雇用も正規雇用も)や孤独感もあるのかもしれないが、いずれにしても、この歌集における、彼のまっすぐな思いをしっかり酌み取って、彼の分まで生き抜いてやりたいくらいの、気概は充分いただいた。
彼は決して、生きることを諦めてはいなかったことは、以下の歌で分かる。
今日願い明日も願いあさっても願い未来は変わってゆくさ
癒えることなきその傷が癒えるまで癒えるその日を信じて生きよ
疲れていると手紙に書いてみたけれどぼくは死なずに生きる予定だ
内部にて光り始めて (ここからだ) 恋も短歌も人生だって
理解者はひとりかふたり でも理解者がいたことはしあわせだった
われを待つひとが未来にいることを願ってともすひとりの部屋を
まだ知らぬぼくに会うためノックしてこころの扉開けてゆくのだ
抑圧されたままでいるなよ ぼくたちは三十一文字で鳥になるのだ
いじめだけではない、孤独も分かるつもりだ。
だからこそ、上記の歌自体に、熟成さは無いとしても、愚直なまでの自らの思いの熱量の高さだけは、私にもはっきりと分かる。
私も同じ事を思っていたんだ。ひとりじゃなかったんだよ。
それから、彼は、何度も恋をしていた。
滑走路から果てなき高さへと舞い上がった、彼の純粋な魂を、以下の歌で思いたい。
おもいきり空に向かって叫ぶのだ 短歌が好きだ あなたが好きだ
あの雲にベンチのように腰掛けてきみとふたりで語り合いたい -
歌会仲間からプレゼントされた本
以前の歌会で先生が紹介していたらしいが覚えていなかった
正規雇用になって前に進めそうな状況となり、「歌集を出したいんです」と嬉しそうに周囲の方へ報告していたり、週末にリュック背負って書店を巡る姿が浮かびます
短歌に救いや希望を込めてこんなにもこころの叫びが表現できるのかと驚嘆
日常ではそのまま見逃されてしまいそうな懸命に働く人へのまなざしが本当に優しい
片想いの歌はどれも秀逸で真似をしたくなる
自分自身の状況を歌ったものは鋭いナイフでえぐられるような感覚
初めて歌集で泣いてしまった
三枝昂之さん、又吉直樹さんの解説で理解が深まる
ご両親の想いの生きた証として尽力なさって私のところにも届いたことに感謝
これからも、彼の短歌をもっともっと読みたかった
どの歌も素敵 特に印象に残ったものを覚書
いろいろと書いてあるのだ 看護師のあなたの腕はメモ帳なのだ『メモ帳』
牛丼屋頑張っているきみがいてきみの頑張り時給以上だ『タルタルソース』
ひるやすみ寝ているきみよ 懸命に働いている証のごとく『カレーうどん』
作業室にてふたりなり 仕事とは関係のない話がしたい『滑走路』
脳裏には恋の記憶の部屋がありそこにあなたが暮らし始めた『伝書鳩』
遠くからみてもあなたとわかるのはあなたがあなたしかいないから『言葉と言葉』
かっこいいところをきみにみせたくて雪道をゆく掲載誌手に『言葉と言葉』
われを待つひとが未来にいることを願ってともすひとりの部屋を『歌という鳥』
耐えがたき感情を抱くここにいるのはぼくだけどぼくなんだけど『あこがれのひと』
あこがれのままでおわってしまいたくないあこがれのひとがいるのだ『あこがれのひと』
きみじゃないきみを探すよ あの街にさよならをしてどこかの街で『傷心旅行』
好きだ 好きだ 好きだと伝えても届かない恋ばかりしてきた『だだだだ、だだだ』
朝が来た こんなぼくにもやってきた 太陽を眼に焼き付けながら『プラトンの書』
パソコンの向こうにひとがいるんだとアイスクリーム食べて深呼吸『太陽のような光』
提げている袋の中におにぎりと緑茶を入れてもうすぐ春だ『おにぎりと緑茶』
夜明けとはぼくにとっては残酷だ 朝になったら下っ端だから『自転車の空気』
東京の群れのなかにて叫びたい 確かにぼくがここにいること『歌詠む理由』 -
5552の文庫版のレビューを読んで気になって読んだ。
32歳という若さで亡くなってしまった歌人萩原慎一郎の第一歌集であり、かつ、遺歌集となってしまった。ストレートでまっすぐな表現で詠まれた短歌が多くてとても胸を打たれた。
長く非正規雇用として働いていたそうで、同じ境遇で働く若者へのエールと思える短歌も多くあった。
“非正規の友よ、負けるな ぼくはただ書類の整理ばかりしている”
“挫折などしたくはないが挫折することはしばしば 東京をゆく”
“ぼくたちのこころは揺れる 揺れるのだ だから舵取り持続するのだ”
“かならずや通りの多い通りにも渡れるときがやってくるのだ”
“占いの結果以上にぼくたちが信じるべきは自分自身だ”
「外へ出ると短歌がたくさん出来るんだよ」という著者の言葉も心に残った。-
まこと、コメントありがとう!ブログにもコメントをくれてありがとう!
ブログの方は、承認制になっていて俺がコメントに気づいた時に承認ボタンを...まこと、コメントありがとう!ブログにもコメントをくれてありがとう!
ブログの方は、承認制になっていて俺がコメントに気づいた時に承認ボタンを押してはじめて、コメントが表示されるようになっているんだ。
ただ、ブクログみたいにコメントの通知機能がないから、気づくのが遅くなってしまった。申し訳ねえ!
さっき、ブログの方にコメントを返信したからぜひ読んでみてくれ!2023/03/28 -
張飛さん♪
お返事ありがとうございます。
ブログの方に返信させていただきました。
本当に重ね重ねありがとうございます。張飛さん♪
お返事ありがとうございます。
ブログの方に返信させていただきました。
本当に重ね重ねありがとうございます。2023/03/28 -
2023/03/28
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32歳で命を絶った歌人・萩原慎一郎さんの第一歌集であり、遺歌集。
真っ直ぐ素直な言葉で綴られた、約300首の短歌が収録されています。
読まれる内容は、不安定な労働環境や片思い、将来の夢や憂いや、短歌への愛情。
純粋で透き通っていて、でも痛々しく切実さを感じられる31文字の言葉たち。
生き辛い世の中を、それでも希望をもって生きようとしていたことがわかります。 -
♠️ いじめにあった辛い記憶を抱え、
非正規雇用で働く日々。生きていく
苦悩と光を三十一文字で綴る。
著者の第一歌集で遺作となった。
傷ついてしまったこころ どぼどぼと見えぬ血液垂れているなり 「こころの枝」
生きているというより生き抜いている こころに雨の記憶を抱いて 「理解者」
ぼくも非正規きみも非正規秋がきて牛丼屋にて牛丼食べる 「非正規」
頭を下げて頭を下げて牛丼を食べて頭を下げて暮れゆく 「自転車の空気」
♠️ 生きることに苦悩しながらも短歌を
翼に飛ぼうとする姿が見えてくる。
抑圧されたままでいるなよ ぼくたちは三十一文字で鳥になるのだ 「プラトンの書」
歌一首湧いてくるなり柔らかい心の部位を刺激されつつ 「きらきら」
東京の群れのなかにて叫びたい 確かにぼくがここにいること 「歌詠む理由」
靴ひもを結び直しているときに春の匂いが横を過ぎゆく 「靴ひも」
きみのため用意されたる滑走路きみは翼を手にすればいい 「滑走路」
口語で綴る三十一文字に胸を打たれた♣️
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ぽつん、ぽつん、と、普通の本より行間を開けられて書いてある三十一文字の言葉を、目で追う。
わかるなぁ、と思う。自分に語りかけられているような気もしてくる。生活を切り取ったかのような、短歌。萩原さんに会って話したいな、って思った。 -
著者の萩原さんは1984年生まれで、私は彼と同じ世代に属する。いわゆる就職氷河期世代という奴で、この歌集はその時代の空気と切り離して読むことができない。
就職氷河期は団塊ジュニアとも重なる世代で、ただでさえ人数が多いところに、バブル崩壊で仕事が激減。だからちゃんとした大学を出ても、就職できるのは一部だけ。私の同期にも内定が出ないまま卒業を迎える者がたくさんいた。就活生の人権などは無いも同然で、面接官が目の前で履歴書を破るとか、グループディスカッションで誰を不採用にするか話し合って決めなさいとか(結局全員落とされるのだが)、まるで若者たちの希望をどこまで無慈悲に踏みにじれるかというゲームでもしているみたいだった。ようやく採用された会社がブラック企業でも、辞めれば次の行き先なんてないから泣き寝入りせざるを得ない。そういう時代背景を頭に留めながら読んでほしい。
そして、本作の重要なキーワード「非正規」のニュアンスにも触れておく必要がある。非正規雇用は上のような事情を抱えた者が「不本意で」なるものだった。いつでもクビを切れる非正規は文字通り「いくらでも代わりがいる」わけで、それは世の中から「必要ない」と言い渡されたにも等しい。私自身非正規だったときは、人間としても非正規を宣告されたような気分だった(現代でこれに近い言葉を探すとしたら「底辺」がそれに当たるだろうか)。
非正規という受け入れがたき現状を受け入れながら生きているのだ──67ページ
非正規にもう一度チャンスが回ってくることはない。当時の首相が「再チャレンジできる社会」というスローガンを掲げたが、それは裏を返せば再チャレンジできない人間がたくさんいたということである。非正規は非正規でしか雇ってもらえず、転職を繰り返しても給料は上がらないし、キャリアの積み重ねにもならない。年齢だけが増えていき、先細りになる将来。
今日願い明日も願いあさっても願い未来は変わってゆくさ──22ページ
この一首で歌われているのは「未来は変わる」という希望ではない。願っても願っても変わらない未来であり、いつまでも描くことのできない未来である。そんな未来を「〜ゆくさ」と投げ槍に詠んでいる。そんな気がする。
更新を続けろ、更新を ぼくはまだあきらめきれぬ夢があるのだ──14ページ
更新は契約の更新であり、人生の更新でもある。非正規にとって契約を更新できるかどうかは命綱であり、期限付きの人生を更新して生きている感覚なのだ。「続けろ」と自分を叱咤しなければ、もうお終いにしてしまいたくなる人生。
腹ぺこのおなか満足させてくれ 牛丼屋にて大盛り頼む──127ページ
何度も登場する牛丼には思わず苦笑してしまった。なぜ牛丼か。それは深夜でも営業していて、コンビニ弁当より安く腹を満たせるものが他にないからである。あの頃は本当に牛丼屋に助けられたものだ。普段は並盛りで、たまに贅沢をして大盛りを頼む。そんな食生活まで目に浮かんでしまう。
もちろん作者は絶望ばかり詠んでいるわけではない。20代らしい恋の歌もある。そしてこの歌集を上梓することは、作者にとって何よりの悲願だったはずなのである。にもかかわらず、彼は本書の刊行と刺し違えるようにして自死した。なぜ死ななければならなかったのか、本当の理由はわからない。しかし、どうすれば彼は生きられたのか、それを問い続けることは、われわれにできるせめてもの手向けだと思っている。 -
弟の健也さんの宣伝で知り読み始めました。短歌といえば寺山修司や石川啄木辺りしか読んだことが無かったのですが、これはそういうものに匹敵するような力がある作品だと思いました。時間を忘れて夢中で滑走路の世界観に引き込まれ読み終えたときには、目頭が熱くなっていました。
いじめとか非正規とかそういう可哀想な人が可哀想な日記を書いたのでなく、どんな状況でも立ち向かい続けた萩原慎一郎という一流の詩人が、平成を代表する大作を残し旅立っていったのだなと思いました。
この本に出会えて良かったです。 -
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歌集なので、好き嫌いが分かれるというか、刺さる人と刺さらない人の差はすごいと思うけど、私には大きな矢のような感じで心に刺さった。「最後に1冊だけ選んで旅立て」と言われたらきっとこの本を選ぶ。
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私にとって、俵万智以来の口語短歌。
俵万智とは違い、ときに悲鳴のような、ときに祈りのような、痛切な思いを感じる。
バブルで浮き足立っていた頃と、経済的に先が見えない今の違いなのかと思ったけど、それだけではない事があとがきで分かって、やり切れなくなる。
彼の純粋な感性と才能を潰してしまったかつての野球部員たちは、それでも自分たちの罪ではないと思うんだろうな。いじめた方は覚えてなかったり、自分がしたことを正当化して記憶してたりするから。 -
きみのため用意されたる滑走路きみは翼を手にすればいい
萩原慎一郎
昨年初夏、32歳で世を去った作者の遺歌集が版を重ねている。新聞やテレビ番組で話題となり、角川書店の総合誌「短歌」7月号でも特集が組まれた。20代、30代の心を揺さぶる、次のような歌がある。
ぼくも非正規きみも非正規秋がきて牛丼屋にて牛丼食べる
若い世代の4割近くが非正規雇用であり、「も」のリフレインに現実感が濃厚だ。「きみ」は、職場の同僚ともとれるが、牛丼店の従業員のことかもしれない。
「研修中」だったあなたが「店員」になって真剣な眼差しがいい
飲食店などで「研修中」のバッジをつけていた「あなた」が、数カ月後、独り立ちしたことにエールを送っている。働く若者同士のささやかな連帯感と、寄り添う「眼差し」に、体温がある。
ぼくたちの世代の歌が居酒屋で流れているよ そういう歳だ
一人称の「ぼく」を歌っても、おのずと同世代の「ぼくたち」を歌うことにつながる。居酒屋で耳にしたなじみの曲は、同世代が通勤中でも聞いている曲なのだろう。
真摯に労働し、生き抜いているが、輝かしい将来像をなかなか描けずにいる「ぼくたち」の肉声。それらが、歌集からひりひりと伝わってくる。
掲出歌の「きみ」は、同世代であり、自分自身でもあるのだろう。「滑走路」は用意され、あとはただ前を見て一歩飛び出せばよいのだが―夭折が惜しまれてならない。
(2018年8月26日掲載) -
新聞の歌壇を毎週楽しみに読んでいる。常連さんがいて、その人達の生活の片鱗、変化が見えることが楽しい。この作者もそんな1人。賞を取った非正規雇用についての短歌はとてもよく覚えている。この歌集は初の歌集だけど遺作になってしまった。全作品を通じての作者の思いの強さが感じられる。遺作だなんてとても悔しい。
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日常の中に潜む「その先」を想像するのが上手い人。帰り道に買うコンビニの肉まんが美味しいことを知っているだろうし、横断歩道のボタンを押す感覚がきっと好きだろうなと思う。人間らしい人間だなあと個人的に感じた。
この作品は著者が今のままではいけない、もっと、もっとと高みを目指して、そうして、その意志と共に羽ばたくことを願ったのを随所から読み取る事が出来る作品。呼吸に合わせて読みたくなるし、ホットミルクよりも麦茶のほうがこの歌集には合う。
みそひともじを愛した彼は翼を得ただろうか。ことばに遺された心臓が、とても温かく、柔らかくて、酷く切なくなった。 -
近代詩集なんてほとんど読んだことないし感動したこともない、それが古典になるまでその価値は確定出来ないと思っている。本書が元になって映画化されると知って読んでみた。確かに映画化できそうなネタはそろっているが、何故か他人の日記を覗き見しているような気になった、確かに途中で「日記ではないのだ・・・」という句があって本人も日記を書いているじゃないだろうかと不安になったのかもしれない、まあ著者が夭折しているので、こういう社会の弱者が生まれてくる社会なんだと気付くことになった。
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絞り出すかのような短歌。故人となってしまったのが残念だ。
心に残る歌は書き留めることにする -
逆風の吹く中、愚直に前へ進み続ける印象を受けた。言葉に込められている凄まじい熱量に驚く。
解説を読み合点した。
この歌集からは力をもらえる。 -
きれいな表紙に惹かれて手にした歌集。生きること、愛すこと、悩むこと、たった三十一文字で表現できることに驚いて、夢中で読んだ。
もっと熟れた歌も読んでみたかった。
眼の前をバスがよぎりぬ死ぬことは案外そばにそして遠くに 「平凡を嘆きたる夜に」 -
“遠くからみてもあなたとわかるのはあなたがあなたしかいないから”
いちばん心に残った一首
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