歌集 滑走路

著者 :
  • KADOKAWA
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レビュー : 38
  • Amazon.co.jp ・本 (160ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784048764773

作品紹介・あらすじ

生きづらい、不安な時代を生きるすべての人へ 若き歌人が残した295首のエール

感想・レビュー・書評

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  • きみのため用意されたる滑走路きみは翼を手にすればいい
     萩原慎一郎

     昨年初夏、32歳で世を去った作者の遺歌集が版を重ねている。新聞やテレビ番組で話題となり、角川書店の総合誌「短歌」7月号でも特集が組まれた。20代、30代の心を揺さぶる、次のような歌がある。

     ぼくも非正規きみも非正規秋がきて牛丼屋にて牛丼食べる

     若い世代の4割近くが非正規雇用であり、「も」のリフレインに現実感が濃厚だ。「きみ」は、職場の同僚ともとれるが、牛丼店の従業員のことかもしれない。

     「研修中」だったあなたが「店員」になって真剣な眼差しがいい

     飲食店などで「研修中」のバッジをつけていた「あなた」が、数カ月後、独り立ちしたことにエールを送っている。働く若者同士のささやかな連帯感と、寄り添う「眼差し」に、体温がある。

     ぼくたちの世代の歌が居酒屋で流れているよ そういう歳だ

     一人称の「ぼく」を歌っても、おのずと同世代の「ぼくたち」を歌うことにつながる。居酒屋で耳にしたなじみの曲は、同世代が通勤中でも聞いている曲なのだろう。

     真摯に労働し、生き抜いているが、輝かしい将来像をなかなか描けずにいる「ぼくたち」の肉声。それらが、歌集からひりひりと伝わってくる。

     掲出歌の「きみ」は、同世代であり、自分自身でもあるのだろう。「滑走路」は用意され、あとはただ前を見て一歩飛び出せばよいのだが―夭折が惜しまれてならない。
    (2018年8月26日掲載)

  • 弟の健也さんの宣伝で知り読み始めました。短歌といえば寺山修司や石川啄木辺りしか読んだことが無かったのですが、これはそういうものに匹敵するような力がある作品だと思いました。時間を忘れて夢中で滑走路の世界観に引き込まれ読み終えたときには、目頭が熱くなっていました。

    いじめとか非正規とかそういう可哀想な人が可哀想な日記を書いたのでなく、どんな状況でも立ち向かい続けた萩原慎一郎という一流の詩人が、平成を代表する大作を残し旅立っていったのだなと思いました。

    この本に出会えて良かったです。

  • 歌集なので、好き嫌いが分かれるというか、刺さる人と刺さらない人の差はすごいと思うけど、私には大きな矢のような感じで心に刺さった。「最後に1冊だけ選んで旅立て」と言われたらきっとこの本を選ぶ。

  • 32歳にして亡くなってしまった若き歌人の初にして遺稿となった歌集。非正規雇用である自身の悶々とした日常を歌いながらも、口語による短歌がとてもいきいきとしている。

    もう少し待ってみようか曇天が過ぎ去ってゆく時を信じて
    おそらくはコンビニエンスストアにも前身ありて今の形に
    消しゴムが丸くなるごと苦労してきっと優しくなってゆくのだ
    提げている袋の中におにぎりと緑茶を入れてもうすぐ春だ
    ぼくも非正規きみも非正規秋がきて牛丼屋にて牛丼食べる
    コピー用紙補充しながらこのままで終わるわけにはいかぬ人生
    自転車の空気入れつつこれからの恋のことなど考えている
    頭を下げて頭を下げて牛丼を食べて頭を下げて暮れゆく
    夜明けとはぼくにとっては残酷だ 朝になったら下っ端だから

  • 俵万智以来の口語短歌。
    俵万智とは違い、ときに悲鳴のような、ときに祈りのような、痛切な思いを感じる。
    バブルで浮き足立っていた頃と、経済的に先が見えない今の違いなのかと思ったけど、それだけではない事があとがきで分かって、やり切れなくなる。
    彼の純粋な感性と才能を潰してしまったかつての野球部員たちは、それでも自分たちの罪ではないと思うんだろうな。いじめた方は覚えてなかったり、自分がしたことを正当化して記憶してたりするから。

  • “生きるのに僕には僕のペースあり飴玉舌に転がしながら”

    “パソコンの向こうにひとがいるんだとアイスクリーム食べて深呼吸”

    “理解者はひとりかふたり でも理解者がいたことはしあわせだった”

  • 新聞の歌壇を毎週楽しみに読んでいる。常連さんがいて、その人達の生活の片鱗、変化が見えることが楽しい。この作者もそんな1人。賞を取った非正規雇用についての短歌はとてもよく覚えている。この歌集は初の歌集だけど遺作になってしまった。全作品を通じての作者の思いの強さが感じられる。遺作だなんてとても悔しい。

  • 30代というのは人生の折り返し地点であり、10代20代と比べ誰しもが仕事や恋愛などで悩むものだと思う。ましてや独身だったりすれば、家族や周りからのプレッシャーも増大していく。そんな中でも、負けるものかという気持ちや、何気ない幸せがあり、生きるとは何か?と考えさせられる一冊だ。

  • 表紙を見た時に何故「滑走路」なのだろうと思ったが、希望の込められた助走を感じる歌が所々に散りばめられていた。

    しかし、歌集は病院のイメージから始まる。

    いろいろと書いてあるのだ 看護師のあなたの腕はメモ帳なのだ

    血圧、脈、体温、血糖値。数値の入った看護師の腕を見つめることができる距離感(入院中の描写か)と病院という閉鎖的な場所での発見が嬉しみとして伝わってくる。

    地下鉄の窓に映れる僕の顔次第に東京人になりゆく

    進学、就職、転居または故郷から通えども、生活や学業の基盤が都心になれば自ずと東京で過ごす時間の方が多くなる。少し誇らしくもあり寂しさも感じとれる。

    キラキラと光るカードを集めいし少年の日の友を忘れず

    神聖かまってちゃんの「23才の夏休み」という曲に「君が僕にくれたキラカード」というフレーズがある。キラキラしたカードは少年には特別なものであり、作者にとって当時の友人との思い出は今をもレアカードのように輝いているのだろう。

    非正規の友よ、負けるな ぼくはただ書類の整理ばかりしている
    牛丼屋頑張っているきみがいてきみの頑張り時給以上だ
    頭を下げて頭を下げて牛丼を食べて頭を下げて暮れゆく

    現代版蟹工船、ワーキングプア、ワークライフバランス、いろいろなフレーズが浮かぶ。共通しているのは堪えているという感情。歌集の初版時頃はワンオペレーションという言葉がとりだたされていたように思う。(それもまたいつの間にか消えていったが。)牛丼屋は作者にとってだけでなく懸命に働く誰しもの最後のセーフネットであるのかもしれない、そう歌より感じてしまう。

    ぼくたちはほのおを抱いて生きている 誰かのためのほのおであれよ
    東京の群れの中にて叫びたい 確かにぼくがここにいること
    未来とは手に入れるもの 自転車と短歌とロックンロール愛して

    リアルタイムの今もここに居るんだという歌を読んでみたかった。作者が愛した音楽を知りたくもある。寂しくてならない。

  • とてもいい歌集だった。
    でもそれだけで終わらせたくない。
    感受性豊かで才能もある青年が、幸せを感じられない世の中って何なのか。どんなディストピアだ。
    この歌集に共感する人はいっぱいいるみたいだけど、共感するだけでいいのか?
    こういう人が死んでいく日本に価値があるのか?
    政治家と財界人に読んでほしい。まあそういう人たちは萩原さんをいじめた側の人間(そこそこ賢くて、お金持ちで高学歴、自分の下にいる人が何を感じているかなんて考える必要すらないと思っている人たち)と同類だって気がするけど。
    いじめられる側よりいじめる側の方が悪いと言いながら、いじめられて傷ついた人を助けたり見守ったり受け入れたりする人は少ない。
    非正規になれば正規になることは極めて難しく、貧困にあえぎ、結婚も子どもを持つことも出来ない。
    しかし非正規と正規の間にそんなに人生に差がつけられるほどの能力の差があるわけではない。おかしくないか。
    用意された答弁を読むだけの大臣と萩原さんとの人間としての価値と、収入、社会的地位の逆転。
    恋もし、希望を抱いた日もあった。決して不幸なだけの人生ではなかったと思う。
    でも、やっぱり納得は出来ない。萩原さんはもっともっと人生を楽しむべきだった。幸せで身体中が満たされるような毎日を経験しても良かった。歌人として、あるいは他の職業でもいいけど、やりがいのある仕事ができる人だった。それができなかったのは、彼のせいじゃない。
    私たちが漫然と作ってきた社会が彼の幸せを潰したのだ。

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著者プロフィール

萩原 慎一郎(はぎはら しんいちろう)
1984年9月16日 - 2017年6月8日
東京都生まれ。私立武蔵高校、早稲田大学卒。中高生時代にいじめを受けているなか、近所の立川市の書店にサイン会で来ていた俵万智の影響を受け、17歳の時に短歌を始める。三枝昂之主宰の「りとむ短歌会」に所属した。2005年に万葉賞、角川全国短歌大賞日本歌人クラブ賞を受賞している。
高校卒業後もいじめの後遺症に苦しんでいたが、26歳で大学を卒業。アルバイト・契約社員を務めながら短歌の創作活動を続ける。2014年に第5回角川全国短歌大賞準賞とNHK全国短歌大会の第1回近藤芳美賞の選者賞(岡井隆選)を受賞。2015年に朝日歌壇賞、全日本短歌大会毎日新聞社賞を受賞。2016年にNHK全国短歌大会にて作品が特選に選ばれ、全日本短歌大会で日本歌人クラブ賞を受賞。
活躍を続けていたが、2017年6月8日に自死。同年、遺作となる歌集『滑走路』が角川書店より発売された。2018年「ニュースウォッチ9」で紹介され、大きな話題を呼んだ。

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