世界は幻なんかじゃない

  • 角川書店 (1998年3月4日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (200ページ) / ISBN・EAN: 9784048835213

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  • NHK-BSで、いわゆるベレンコ事件に関する特集を見た。冷戦真っ只中の1976年、函館空港にソ連の最新鋭戦闘機だったミグ25が強行着陸するという前代未聞の事件の衝撃はすさまじく、小学生だった評者も連日トップニュースで報道されていたことを鮮明に覚えている。戦闘機に乗っていたパイロットであるヴィクトル・ベレンコは、すぐさまアメリカに亡命した。番組中、小説家の辻仁成が証言者として登場したに驚くが、当時函館で高校生だった辻は、ある日教室の窓から尾翼に赤い星のある飛行機を目撃したという。更に驚いたのが彼は、アメリカでベレンコに直接インタビューしていたのだ。本書でも、触れられているが辻の2作目の小説「クラウディア」は自殺願望がある高校生が、亡命してきたミグによって、願望を削がれ自由を求める旅に出るという、自身をモデルにした物語である。

    本書は、発売当時アメリカのニューヨークに住んでいた辻が鉄道でフロリダからロスアンゼルスまで旅をするというTV局の企画によって進行する。途中、ニューオーリンズやエルパソなどの南部を通過し、ニューヨークとの対比をしながら、アメリカ建国の理念でもある「自由」について描かれている。ロスアンゼルスに到着し企画が終わった後、スタッフと別れて自分だけでベレンコの住むサンディエゴに向かい、インタビューが行われている。

    祖国だけではなく、地位や家族、友人など全てを捨て去り、自由を求めて亡命するという事はどういう事なのか、その自由は手に入ったのか、などの疑問を辻は本書のインタビューでぶつけている。

    ベレンコはそもそも「自由」が何なのかという事について亡命する前まではっきりとイメージは沸かなかったと何度か描かれている。むしろ彼を動かしたのは旧ソ連の閉鎖性、人民を悪用するシステム、希望が見えない未来への絶望といった感覚だったという。

    ミグ25という最高機密を手土産にアメリカに渡ったベレンコは、歓迎され、アメリカ市民権を得られたという。自由とは何かと聞かれ、「選択の自由」だと答えている。一方で、難しかったことは何かという質問に対しても「英語」と並んで、「選択の自由」だと。印象的だったのは、録音をオフにしてから辻がした最後の質問、「ロシアに残してきた子どもの事はどう思っている」との質問に「それだけは聞くな」と顔を曇らせて小さく呟いたというところである。自由を手に入れた彼が代償としたものなのかもしれない。

    ベレンコはアメリカでビジネスで成功と失敗を繰り返しながら、家庭をつくり、4人の子どもに恵まれたが、その後離婚したという。昨年2023年9月に老人ホームで76歳で亡くなっている。

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著者プロフィール

東京生まれ。1989年「ピアニシモ」で第13回すばる文学賞を受賞。以後、作家、ミュージシャン、映画監督など幅広いジャンルで活躍している。97年「海峡の光」で第116回芥川賞、99年『白仏』の仏語版「Le Bouddha blanc」でフランスの代表的な文学賞であるフェミナ賞の外国小説賞を日本人として初めて受賞。『十年後の恋』『真夜中の子供』『なぜ、生きているのかと考えてみるのが今かもしれない』『父 Mon Pere』他、著書多数。近刊に『父ちゃんの料理教室』『ちょっと方向を変えてみる 七転び八起きのぼくから154のエール』『パリの"食べる"スープ 一皿で幸せになれる!』がある。パリ在住。


「2022年 『パリの空の下で、息子とぼくの3000日』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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