三色ボールペンで読む日本語

著者 :
  • 角川書店
3.52
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本棚登録 : 473
感想 : 55
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  • Amazon.co.jp ・本 (216ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784048837378

作品紹介・あらすじ

まず、読みたい本に3色ボールペンで線を引こう。まあ大事なところに青の線、すごく大事なところに赤の線、おもしろいと感じたところに緑の線。たったこれだけであなたの日本語力は驚くほど向上する。

感想・レビュー・書評

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  • 赤青緑と色づけすることによって、ただ線引きをせずに読んでるときよりも更に一歩踏み込んで読めるようになった気がする。

  • 三色ボールペンを使い、青で「まあ大事」、赤で「すごく大事」、緑で「おもしろい」と思うところに線を引くという読書の方法を提案しています。
    どの色で線を引くのか考えるとき、主観と客観が入れ替わるのですが、これがとても重要だそうです。この時ボールペンの色を替えるために出るカチカチという音がスイッチになり、これも重要だと。線を引くことでその本は自分だけのものになり、理解は格段に深くなるということが繰り返し説かれています。
    また、重要な部分に赤と青の線を引くことによって培われる要約力と、面白い部分に緑の線を引くことによって培われるコメント力によって、コミュニケーション能力も向上するという論は説得力があるように思います。
    実際に線を引いてみるために用意されているテキストも面白いので、一度試してみるのに適したものばかりです。

    ***
    内容というより筆者に対しての感想ですが、全編をとおして読む人を意識しているのが伝わってくるなぁと思いました。線を引くのは賭けで、勇気がいることを筆者が理解していて、主張していても押し付けがましくないところが気楽に読めた理由かなと。
    そして引用文献が本当に面白かったので読んでみようと思いました。忘れないようにメモを。
    星新一『きまぐれロボット』
    三島由紀夫『日本人の誇り』
    網野善彦『日本論の視座』
    フランチェスコ・アルベローニ『他人をほめる人、けなす人』
    ニーチェ『ツァラトゥストラはこう言った』


    「相手の言っていることをしっかりとつかもうとする姿勢のないところに、質の高いコミュニケーションは生まれようがない(p73)」
    「その色づいた文章が、一つの印象的な絵のように目に何度も焼き付けられる(p108)」
    「全部に線を引きたくなるような文章に出会ったときには、読書の喜びを感じる(p109)』

  • 赤 客観的に凄く重要
    青 客観的に重要
    緑 主観的に面白い

    読書術の本です。斎藤先生はこの三色で読むことを読書の技化と表現しています。

    家には難しくて積読になっている本があります。先生はそうした本を、三色で解剖していくと書いていました。

    平易な本から難解な本まで、幅広く使える読書法だと思います。

    ただ、この方法を使っても一度の読書で完全に理解できるわけではないので、繰り返しは大事ですね。その際にも、この三色が道標になってくれます。試験勉強などにも使えそうです。

  • 黙って読むより3色ボールペンで線引きしながら読む方が思考力が高いと分かりました。齋藤先生、ありがとうございます。

  • バイブル

  • お手軽で取り組みやすい3色ボールペン読書

    自分の思考力の低下が気になってた

    今日から取り組みます

  • 37343

  • 読書の技術として、三色ボールペン法を提言した本

    目次
    <blockquote>線を引かない子どもたち
    線を引くには勇気がいる
    「読むこと=考えること」の技化
    本は思考のバッティングマシーン
    本は身銭を切って買うもの
    三色方式は、国語の九九
    要約力・コメント力を向上させる
    曖昧な区別がミソ
    緑はオープン
    青でリードし赤で決める〔ほか〕
    </blockquote>
    前半が理論、後半が実践。
    目的は、本の内容を理解する事と、日本語を身につけること。

    さて、三色ボールペン法は、読んでいてひっかかったポイントに線を引く。
    線を引くが、引く色に差をつけて、文章を多角的に変える。

    赤……すごく大事。
    青……まあ大事。
    緑……面白い。

    単純にそっけなく書いたが、赤をコアとして青はその周辺、その文章の要点ともいうべき箇所になる。
    それゆえに、赤は引く箇所を制限するよう著者は促している。
    緑はそうではなく、<u>「面白い」箇所</u>に線を引く。これは人によって差が出るポイントだが、このアプローチのひねり所だろう。
    それは、著者の試行錯誤のなかに表れている。
    <blockquote>赤青二色色鉛筆の限界は、私の場合、第三の色がないことで決定的となった。そのきっかけは、息(呼吸)の研究をしていたときの事であった。
    (中略)
    すると、この特殊な関心で線を引いたり、印をつけたりする必要が出てくる。しかしそれは、その文章にとって一般的、客観的に重要だというわけではない。<u>私の極めて極限化された関心によるもの</u>だからだ。
    </blockquote>
    この文の前にも鉛筆を使ってみたり、蛍光ペン使ってみたり、色鉛筆にしてみたりと著者はかなりの挑戦者である。
    そのなかで三色が結果として一番良かったのは、青→赤へのポイント押さえと、緑の感想押さえががっちりできることに気づいたからだろう。どれかが欠けても、後で不満が残る。

    とはいえ、なぜ緑がそこまで必要なのかは、もうちょっと深堀りして続きを読まなければ出てこない。
    <blockquote>緑をどこに引いたかを人に聞くのは楽しいし、自分で引いていても楽しい。こだわりや癖が肯定されるからだ。緑は、話の本筋からすればあまり重要ではない箇所に引くのがミソだ。</blockquote>
    自分の感性にかかる箇所というのは、他の人には真似のできない箇所だと思います。だから緑で線を引いた箇所は、その真似できない癖・こだわり、もっと言うと、その人の個性が線を引かせるのだと思うのです。
    個性、個性とせかされてる割には、あまりにその個性を生かす領域が無い社会ですが、主体的に線を引くという中に、それを見出させる教育的アプローチは著者の主戦場が教育だからでしょうか、力が出ていると思います。

    しかし一方で線を引く事の従来からの意味、要点を見切ることに関しても、強い主張を述べています。
    <blockquote>必要最小限の限定に留めること。これが「型」の考え方だ。<b>余分なものを全てそぎ落とし、明確なものだけに絞り込む。</b>さまざまな可能性を考慮し、条件を絞り込んで型を作り上げるのは大変な作業だが、その型を練習することは、誰にでもできる上達法だ。
    </blockquote>
    三色なのは、それ以上の色があっても絞り込むことができなくなるから。要点は完全に絞り込まれた中にあり、そこまで持っていくには、練習を沢山こなさなければならない。

    著者は、それができていない人が多い事に猛烈に激怒している。
    <blockquote>基本的な要約ができていないのに突っかかるというのでは、生産的な議論になり得るはずがない。「それぞれの読み方があっていい」という考えは、基本的には誤りだ。読みのレベルが低いうちは、十人十色になる。しかし、読みのレベルが上がるにしたがって、その本の主旨に関する共通理解は、共有度が高くなる。</blockquote>
    あくまで、要点は大事なのだ。それは議論する際の共通部分だから、それすらもしっかりできてない人とは、議論しようにもかみ合わない。テーマの違う話をしているような状態ってことだろう。

    そうやって文を読みなれると、見えなかったことが見えてくる。
    <blockquote>本を読むには勘所があるということがわかってくる。青、赤の引き方のコツも自然にわかってくる。</blockquote>
    それが読むことで身に付いた力だね。

    しかし、論理のはっきりした評論文などはいいが、文に深みを持たせた小説でも使えるのだろうか?
    <blockquote>小説に赤線を引く場合は、評論よりもいっそう表現のインパクトの強さに比重が置かれることになる。説明的な文章では物足りない。強い印象が心に残るような表現に線を引くようにすると、その作家の魅力がはっきりしてくる。</blockquote>
    使えるようだ。これに関しては、小説に線を引くといった事をしてない自分にはイメージの難しいところなのだが、小説のキモである表現の強さ、面白さに対して線を引くのならば、確かにその表現を理解して覚えてしまうわけで、有用なんだろうなと読める。

    著者がこれほどまでに読むこと・理解する事に対して強く出るのには、<b>「意味の含有率」</b>というのがあると思う。
    <blockquote>話し言葉において、「意味の含有率」が低いのは、意味の含有率の高いものを読んでいないからだ。本における書き言葉には、本来意味がたくさん詰まっている。話し言葉と違って無駄は少なく、意味が凝縮されているのが、本来の本である。必ずしも難解である必要は無い。</blockquote>
    まぁ……言葉に含まれる意味を濃くするという点では、言葉が難解になりがちだったりするんだけれど、そうでないにしても、平易な中に文脈から深い意味を醸し出すこともできる。しかし、決まった言葉の組み合わせでしか文章を作れない場合、そのような技術は出来上がらないだろう。それは自分自身がこうやって文章を書く中でも強く感じる点だったりする。
    あえて難しい言葉を使う事が深みを醸すわけじゃなく、言葉の変わった組み合わせから導き出す。それは要点を押さえる力と、遊びを作れる日本語を知る力があってできることだと思う。

    自分は、この本のアプローチを知る前から本をたくさん読んじゃったから、逆に自分なりのアプローチがあったりして、逆にやりづらい。更に本を借りて読むことが多くなったから、余計難しい。
    それでも、余裕がある人であればこういうアプローチを試してみる事は、かなりいいことなんじゃないかって思う。

  • もっと早く巡り会えていたらと思う。
    自身の今後の読書が有意義なものに変わる。

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著者プロフィール

岐阜聖徳学園大学教育学部教授

「2024年 『「憲法上の権利」の体系』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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