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Amazon.co.jp ・本 (280ページ) / ISBN・EAN: 9784048850889
作品紹介・あらすじ
こんなにも人が苦しむ「さみしさ、孤独」という感情はどこから生まれるのだろう? どうやったら、そんな感情とサヨナラできるのだろう? 話題の僧侶・小池龍之介と評論家・宮崎哲弥が語りあう。
みんなの感想まとめ
「さみしさ」と「孤独」という深いテーマを掘り下げる対談集では、話題の僧侶と評論家がそれぞれの視点から心の痛みや欲望について語り合います。読者は、快楽を追求することが本当に幸福につながるのか、そしてその...
感想・レビュー・書評
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なかなか深い内容だった。
小池龍之介が好きだが
異質の宮崎哲弥との対談で
また違った感じが出てよかった
p202
あ、これは覚醒剤をやっているんだなと
気づけば、ちょっと治る
(快楽を求めている時)
P206
「快楽を最大化することが
幸せに違いない」という思い込みは、
幸福どころか、脳を覚醒剤中毒にして
しまいかねない罠を孕んでいる
P208
「欠如は欲望発生の条件であると
同時に欲望の目的である」ジャック・ラカン
P232
乗り越えるのではなく一体化する
この痛みをなんとかしたいという
感情があるうちは痛みは消せない詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
お寺の住職である小池龍之介さんと評論家の宮崎哲弥さんによる対談集。
さみしさ、孤独とは何か?について延々と討論されている。
恋愛における部分は参考になった。愛する人と出会うな、とか、愛されるより愛しなさい、のくだりなどは、うぬぬぬ、と唸ってしまった。
のめりこむな、冷静な視点を持て、ということだと理解した。正解かどうかはわからないけども。
レコーディングダイエットならぬ、レコーディングわが心。できるようになりたいなぁ。 -
恋愛の内容が半分以上を占めていて、残念だった。
他のさみしさについても言及してほしかった。 -
久々に5つ星。
ブッディスト同士の対談なので、当然に仏教のお話が出てくるんですが、それよりも一般的なレベルの内容が多くて、読みやすいかなぁと。
しかもテーマが恋愛や人間関係からくる、さみしさなわけで。身近な話題です。
読んでる時から思ってたのが、これは孤独とかさみしさとか一人っていうものについて、深く考えたことがある(考えてしまった)人にとってはすごく響く内容なんじゃないかなぁということです。
逆に言えば、そういうのにひっかからなかった人にとってはただの小難しい本なのかも。
なかなか一人で考えてても答えは出ないもので、そうやって一人で考えてても到達できないことがこの中で話されてると思います。
さみしいなぁって感じる時にどうやって自分の中で折り合っていったらええのか。
答えっていうものはないかもしれないけど、こうやっていったらいいのかなぁっていうある程度の方向性はつかめるんじゃないかと思います。
なんでさみしくなるのか、どうやったら乗り越えていけるのか、そのメカニズムを知っておくだけでもだいぶ生きていきやすくなるような気がします。 -
さみしさサヨナラできんわな。
いきて行けない程寂しいと思う人がいる。
この本を読んで、自殺率の高い我が国をおもう。
おいらはいきていけるけど、いきて行けない人との差異。
おいらは何が救われているのか?それとも救われない渦中にあるのか?気づいていないだけなのか?それともそれを通り越したのか?
【ちょっとメモ書き程度に】 -
対談本なのに、サクッと読めないのはなぜだ。それくらい的を得ているように感じたのかな。前に読んだ『ボクには世界がこう見えていた』をなんとなく思い出したりもした。
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さみしさとは何か?をひたすら対談した一冊。さみしさを克服できるような強さをつけたい。
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僧侶である小池龍之介氏と政治評論家の宮崎哲弥氏が、恋愛を中心に人間の「さみしさ」について語り合う対談の本。
人間、本質はみな寂しがり屋… -
脳科学と仏教?
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なかなかに深く考えながら読み進めた。でもまあ、みんなおんなじような事で寂しくなったりするのね、と。同じよくであるけど個々各々において違う。違うを意識して六割で付き合うのが一番精神衛生上いいのじゃないかしら。これが私のさみしさサヨナラ法(笑)
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常日頃から、さみしいという感情がなければどんなに生きやすいかを考えてるわたしにとっては大変魅力的なタイトル。 人間の限りない欲望と、弱さ、はかなさ。誰と居たって、いやむしろ誰かといるほうがさみしいときもある。大事なのは、足るを知る、ただ投げ与える精神。
人類永遠の課題、さみしさに打ち勝つ術を得るヒントがつまってる 、読みやすく、奥深い人間哲学の本。 -
自分が今感じてることってあんまり信用できないなーと思った。
夢がなくなったけど、やっぱりって感じも。
レコーディング恋愛やってみようかな。 -
ままならない世界を、ままならない心と体で生きていく。私たちを蝕む様々な「さみしさ」の構造を解きほぐし、見つめることが唯一の処方箋。
人間の業で、社会で起きているほとんどの問題が説明できることに驚いた。 -
2人の実存的な話は興味深かった。ある程度他の著作を読んでからの方がしっくりくるかも。
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『意のままにならない自分を知る』
僕は今、レコーディングダイエットを実践している。
結構、効果が出ていて半年もしないうちに118.6㎏あった体重がもう少しで100kg切るぐらいまで減っている。
レコーディングダイエットの特徴は
①自分がいつ、どのくらい食べたかを記録する。
②ひたすら記録するだけで食事制限をしたりはしない。
と「意識的」に痩せようとしないことだと思う。
(食事制限するのはレコダイが軌道に乗り始めたあとになる。)
やってみるとわかるが、記録を続けることによって、自分の食事の仕方の問題点がわかるようになる。以外と食べたくないときにも食べているし、食べ過ぎていることがよくわかるようになる。
よくわかるようになるだけで、無意識に行動が変わる。
行動が変わるのと同時に食べ物やいろんなものの受け取り方が変わる。
このことは仏教における瞑想に近いものだと思っていた。
止観のように一度意識に上げる代わりに、メモ帳に書く。
この対談で二人ともレコーディングダイエットが瞑想の一つと考え、恋愛に限らず、「意のままにならない自分」をコントロールするのに役に立つと考えているのを見て、やはりそうだったのか!と感じた。
「いつまでもデブと思うなよ」でもレコダイの手法はあらゆる自己コントロールを必要とする場面で役に立つと書かれていたが、それは当然のことだったのだともわかった。
まずは「意のままにならない自分を知る」。そして問題を明確にする。
問題が明確になれば「意のままにならない自分」が少し変わる。
その少しの違いが大きな違いを生む。
毎日の少しの努力を続けていきたい。
そう思える一冊だった。 -
小池龍之介氏という坊さんとコラムニストの宮崎哲也氏との対談。
ここでいう"さみしさ"とは、「他人から、もっと認められたい(承認要求)」という状態を指す。
結論から言えば、その承認要求とうまく付き合っていきましょうということか。
承認要求をする裏には、認められていない、欠けている部分を自分が見ていることがある。だから、その渇きを満たすために承認要求をするわけだが、そううまくいかず、イライラしてしまう。なんとも不健康だ。
恋愛を例に挙げる。相手の絆を不安視すると、そのつながりの実感を得るために相手に色々要求する。その中で1つでも叶えられない事があると失望し不満を覚え、それはやがてつながりそのものを破綻させていく。そしてつながりを失って、イライラしなくなったことにホッとするのもつかの間、再び"さみしさ"を再発させ、あらたなつながりを得るべく行動を起こす。。悪循環で人間関係はボロボロなる。
さて、どうすれば承認要求なんてやっかいなものと"サヨナラ"できるか。それには、「足るを知る」ことが必要という。これは、「快楽について、自分の中で「これで十分」な基準を知っておけば、過剰に求めすぎることはない」ということ。承認が"快楽"ならば、ある程度のラインを自分で決めておけば承認要求で人間関係をズタズタにすることはなかろうということだ。
具体的には、例えば自分を見たときに、認められていない、欠けている部分を見るのでなくて、「これでいいのだ」と肯定してあげる(自己肯定)。
相手との関係でみれば、相手に見返りを求めるような、要求するような姿勢で望まない。それと、承認で得られる快楽も、自分の中で「これで十分」なラインを設定しておけば、求めすぎることもない。
二点、ツッコミたいこと。
「足る」ラインってどうすれば分かるか、それは自分の中にある要求(承認要求)と向き合い、自分が何を求めているか知ること。承認要求は厄介だけども、それも含めて自分だし、うまく付き合っていくしかない。簡単にいうけど、実際やると難しい気もする。自分を客観視できる人もそうはいないだろうし(私の周りには結構いるが)。私もできているかどうか・・・日々、承認要求との戦いですね。
あと、「これでいいのだ」ということについても、なんでもかんでも肯定していたら堕落するので、そこは取捨選択が必要です。。。
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