綺麗で汚い女の話、それらを知った男のハナシ、そしてまさかの男女の赦し。
シンデレラに喩えるならば舞踏会に行く前に、話をすべてすっ飛ばしハッピーエンドだけ見せた後で幕を閉じたという感じでしょうか。典型的な打ち切りといってしまえば、きっとそうです。
ただ本作は掲載WEB誌が閉じたため、話を畳むことを余儀なくされたパターンだったりします。
移籍が叶うほどの人気がなかったと言ってしまえばそれまでですが、本来ならまだ続けられる余力はあったのでしょう。よって私は、それらの事情を勘案に入れた上で評価していくことにします。
それと結末が相当意外で個人的にも相当刺さったため、星を落とすことは極力したくはありません。
……結末に触れた上でネタバレ前提で文を綴れば、未読の方にも本作の魅力が届くでしょうか?
というわけで、『フキゲンシンデレラ』完結となる第三巻のレビューをお送りしていこうと思います。
例のごとく一巻、二巻についてもレビューを送らせていただいております。もしよろしければそちらもご参照の上、購入の助けにしていただきましたら幸いです。
なお、作品の前提はそちらで語らせていただいておりますので、今回は省略します。ご寛恕ください。
と、重ねて。本レビューはネタバレありきですのでどうかご注意ください。
知った上で読みに行く方の後押しになる一方で、初見の衝撃を奪うことは間違いはないのでご注意を。
というわけで、最低人間と自虐して事実その通りな行動を見せる自己嫌悪人間「神無春彦」でしたが。
「木崎アキ」を名乗る女の姿なら、その弱みが愛される強みとなっているのが不思議というものです。
ついでに言えば友人の勇人相手に完全なツンデレヒロインと化しているのが、実に面白かったりも。
と言いますか、アキの大股開きがはしたない表紙絵にせよ、三巻では完全に少女の顔していますよね。
三巻までパッと見比べただけでも、彼女の内面の推移が見てわかりやすくていいと思うのです。
何もわからず追いつめられて助けを求められなかった小さな子どもの再来というか。根っこの部分は虐待を受けた幼い子供のままだったんでしょうね。「神無春彦」ニアイコール「木崎アキ」は。
話は変わりますが、彼(彼女)を囲む三人の女子の曲者さがさらに明らかにされたこともあって、「木崎アキ」としての主人公がわりと不憫に思えてきました。一見普通に見えた幼なじみの「美冬」にせよ、良識人なことは間違いないのですが危険な側面を出してきて「お前もか……」となったのはいい思い出です。
で、同性間の友情と異性間の愛情がかなり交錯してきて、複雑だけど面白くなってきた。
口元に注目するアップシーンがかなりエロチックだな……、赤面するアキの表情がかわいすぎる。
そして男の心と女の心に齟齬が生まれてきて、ここから物語が動き出すのか――って色々私も楽しんでたタイミングで冒頭で申し上げた通りに急転直下のクライマックスって感じでした。めっちゃ惜しかったです。
おそらくラスト自体は既定路線だったのでしょうし、最大の障壁として立ちはだかった狂人も支離滅裂で意味不明という意味ではしっかり筋が通っていました。なのでラスボスの「格」自体は問題ないです。
狂人こと「サチカ」が過去になにをやらかしたかについても想像はできます。本来のプロットではもっとがっつりやったのか、それとも匂わせや断片的な回想で終わらせたのかは想像するほかないのですけどね。
性的虐待や家庭崩壊をがっつりやっても暗くなりすぎるので、おそらくは後者だとは思いますが。
ただ、サチカの再登場に向けて不穏さをところどころ示唆して場を整えたり。
ラストの大仕掛けに向けた説得力を高めたり。
尺さえ用意できれば、もっと読者をきっちり話の流れに呑みこませることができたと思ったのも事実です。
その一方で先述した通り、エピローグがとても刺さったので星は落とさないのですけれど。
事態が緊迫しているので本編では気にする余裕はありませんでしたが、恋愛的にどうするんだ? って疑問をまさかの形で解消してくれました。まさか増えるとはね。
すなわち春彦のみならずアキまでもか独立した個人として生を得たという、まさかの結末だったのです。
春彦が元に戻ったことでアキが幻の女で終わっても業腹だし、意地を見せた春彦が報われてくれないとモヤるのも確かでした。なので、まさかの一挙両得で欲張りなこのエンドには白旗を上げるほかありません。
なんでしたら、ジャンルをラブコメに変えた上でこの先の顛末を見てみたいとすら思えましたから。
性転換をシナリオギミックに据える作品においては、性転換現象が終了する際に男か女、どちらかの姿からはお別れするというのがよくあるパターンです。そう思っていただけに当時は意表を突かれました。
私の体感では、別れの悲壮感から一線を引いた作品が2010年代からだんだん増えてきた印象なのです。
よってこの作品は、忘れえない大変印象に残った一例として、私の脳裏に刻まれているのですよ。
二十年くらい完全な男として生きてきた記憶を持つ女の子で、男の経験に沿って男ぶってるけど、内面は女の子という奇妙で魅力的なキャラクター性は、一連の流れも考慮に入れればそうそう他にはありません。
木崎アキは完成度の高いヒロインとして、全三巻という限られた物語の中を駆け抜けてくれたと思います。
以上。
劇中でカフカの『変身』を引いたがために、不穏さが全編に漂ったこの作品でしたが蓋を開けてみればハッピーエンドでした。『変身』の解釈はそれこそさまざまなのですが、表層だけ追えば家族から毒虫になった主人公が見捨てられる話とされています。その辺の不吉な示唆は春彦の過去に裏付けされていました。
ひるがえって、作品のタイトルにも用いられている『シンデレラ』。
十二時の魔法を筆頭に奇妙な演出効果を現代劇に持ち込みつつ、性的な暗喩で物語を彩ってくれました。
ただ、シンデレラに魔法をかけたのは誰かというのはわりと揺らぎがあるのですね。魔女とは限らない。
しかも仮に魔女だと決め打ちしても、一巻冒頭の言及によると三人もいる。
よって裏のモチーフとしてこの場合の魔女は「きれいは汚い、汚いはきれい」で有名な『マクベス』の魔女を下敷きに置いているのが明白なんでしょうね。
さまざまな解釈ができるこの言葉ですが、酸いも甘いも噛みしめて男と女、相反する立場を知ったからこそ他者を思いやれるようになった男の成長物語として理解すれば含蓄深いです。
自分は無敵だという予言にあぐらをかいて破滅したマクベスと、死の予知を乗り越えて生還した春彦、こじつけかもしれませんが男の運命を別ったものはなにか? と妄想してみると楽しいかもしれません。
さて、そんなこんなで全三巻を通して私は快と不快が交じり合う不思議な感覚を味わうことができました。
振り返るに「性転換」現象を除けば現実に起こりうる話のはずなのに、どうも芝居がかっているというか。
現実感が抜け落ちた奇妙な世界に取り込まれ、そこから脱すべく試練を乗り越えたことで一風変わっているけれど平穏な日常を手に入れることができた。
よって性転換を抜きにしても、奇妙にねじれたこれら物語の構造が私個人としては大好きなのです。
ああそれと、電子書籍だとWEB掲載時のカラーページがすべて載っているのでその意味でもおススメです。
男向けのサービスシーンは元よりのこと、それらとは少し離れた妖しく寂しげな孤児の魅力に満ちている気がしてなりませんでしたから。
ああそうか、本作で演じられたシンデレラの前には継母が最後まで立ちはだかっただったんですね。