- Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
- / ISBN・EAN: 9784054043831
作品紹介・あらすじ
すべては魚を生で美味しく食べるため…。築地のマグロ仲卸業3代目が、自身の目で見た魚河岸の内側、そこで働く愛すべき人々、そして大好きになった魚と魚食文化の未来を熱く語る。小気味よい江戸っ子口調が繰り出す、魚河岸で起こった生のエピソード満載。
感想・レビュー・書評
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威勢が良くて、キビキビしていて、立ち居振る舞いが堂々としている。
一度でも築地に行ったことがある方なら、あの場所に働く人たちの、独特の存在感をご存知でしょう。
そういう築地を仕事場とする人の多くが醸し出す独特の雰囲気が、どのように培われていくのかをつぶさに知ることができます。
魚屋には絶対ならないつもりだったのに、お坊ちゃん高校を卒業する間際に、
父親に「余命いくばくもない」と告白されて、マグロの仲卸業を継ぐことに決めた生田與克さん。
(その後、父上は三十年近く、生きのびるのですが……)
やむを得ず飛びこんだ「築地」の水に合っていたようで、個性的な同業者たちとの交流も日々おもしろく、マグロ仲卸の「鈴与」の立派な三代目となります。
お坊ちゃんから魚河岸の男に生まれかわる瞬間のことが書かれていました。
魚河岸で働くようになったものの、「バカ野郎」の怒声飛び交う空気になじめず、ビビりまくっていた時期でした。
ある日、ターレという築地場内を走り回る小さなトラックに足を轢かれてしまいました。
「いってえなあ〜この野郎!」と怒鳴ってしまった。
そのターレも足を轢いたことが分かったようで、すぐに止まった。
そして振り向きざまに、今にも「ごめん」と言いだしそうな、申し訳なさそうな顔をしていたのだが、俺の間抜けなビビり顔を見た瞬間、
「なんだぁ〜このガキィ。てめえがボケッとしてっからだろっ!」
と逆に凄まれちまった。またまた俺は反射的に、ご丁寧にも
「どうもすみませんでしたぁ〜」と直立不動で謝っていた。
轢いてしまった相手がビビっているのを見た瞬間、居丈高な態度に急変する。
後から考えると癪に障ってしょうがないものの、自分の情けなさも痛感します。
この事件から生田さんは、「気」というものの大切さに気がつきます。
いつも、なにかに脅えていてはいけない。ナメられない「気」を持とうと意識するようになります。
高校生が築地の男に変わった瞬間でした。
築地の男を作るマニュアルはありません。
魚河岸三代目も、時代に合わせて、マニュアルづくりを試みたことがありました。しかし、
基本的に魚というものは自分の予定通りに入荷してくれないものだ。
気まぐれな自然が与えてくれた結果が出てから、あたふたと慌てて対応するものなのだ。
目前に魚が現れてから対応する。
いわば、「明日は明日の風が吹く」を地で行っているようなものだ。
だから、マニュアルの文末すべてに、「臨機応変に対応すること」と書かざるを得なかった。
で、作るのをやめちまった。
では、マニュアルがない世界で、どうやって新人が仕事を覚えていくか。
とある本で読んだことがあるが、山本五十六の言葉に
「やってみせ 言ってきかせて させてみせ ほめてみせねば 人は動かじ」
というのがあるそうだが、これが魚河岸の人材育成そのものなのである。
魚河岸の仲卸は、俺以外、どこのオヤジ(社長)もその店の一番の商品の目利きであり、
働き者(と少なくとも本人は思っている)なのである。
だから、そこのワカイシ(若い衆)は、自ずとオヤジを見て覚えることになる。
マニュアルのない「現場主義」ということですね。
「築地って、へえー!」という目からウロコのネタが満載。
今度行くときには、ちょっぴり築地魚河岸通になっているでしょう。 -
2010.02.07 朝日新聞に掲載されました。
著者プロフィール
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