わたしが棄てた女 (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社
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本棚登録 : 1628
感想 : 230
  • Amazon.co.jp ・本 (279ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061311411

感想・レビュー・書評

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  • 遠藤周作といえば、『海と毒薬』や『深い河』などを読んだことがあるが、重いテーマのイメージが強かった。しかし、エッセイなど軽めの話も面白いと言われているので、この小説は後者の方かな~と思って読み始めた。
    最初の方は、チャラチャラした学生生活の話かな、と思ったけど、ストーリーが進むにつれ、やっぱり遠藤周作の一貫したテーマになってる「神」や「愛」の話だった。

    ミツの愚直に貫いた苦しみの共感に、最後は涙が止まらなかった・・・。
    「世界が平和になるためには何をすればいいか」とか「どうすれば戦争を止められるのか」とか漠然としたつかみどころがないことを考えるよりも、まず隣で苦しんでる人と苦しみを共感してみた方が、いずれは大きな変化になるんじゃないかな~と思ったりした。

    軽い気持ちで読んだけど、すごく考えさせられる話だった。

  • 高校の宗教の授業で映画「愛する」を観て、原作も読みたくなったので読みました。
    主人公の女性が酷い男に出会い翻弄され…というストーリー。
    映画のは結末はまだ救いがある感じだった気がするのですが、原作の方は男の酷さがより際立っていて読後もしばらく複雑な思いが残った本でした。
    女性の私の目線から見るとこの男性は「最低な男」としか捉えられなかったですが、男性目線で読むとどうなのか…やはり男からみても酷いのかもう少し違う心情を抱くのか気になるところです。

  • 人がいいのは良いが、お人好しすぎるといけない。よく耳にする言葉である。私も今まで共感していたこの言葉だが、どんなことをしても報われないミツには同情の念を抱いた。健気にずっと吉岡を想い、彼のためにとお金を稼ぎ、堕ちて薄汚れた自分だと彼に迷惑をかけてしまうと思えば自ら彼との接点を無くそうとする。こんなにも彼を想って生きていたというのに吉岡自身は彼女のことを欲の処理の対象としてしか見ていない。好きな女に嫌われたくないために欲を我慢し、赤線に行き薄汚れた女を抱く。その延長線で、俺に惚れているミツなら簡単に抱くことが出来るという考え。あまりにも最低だ。その考えが彼女をもっと不幸にしたのではないか。現代の言葉に置き換えるとミツは所謂セフレというものなのだろう。だがミツは本当に吉岡を愛していた。一方通行の愛は読んでいる途中とても辛くなった。彼女は最期まで彼を想って亡くなったのに彼は新しい家庭を築き幸せに暮らしている。彼女だけが酷い目に合うのはどうしてなのだろうか。ミツのことを思うとやるせない気持ちになった。

  • 遠藤文学の中でも、このタイトルの語感は強いインパクトを与える。実際は『わたしが・棄てた・女』。
    「・」で区切ることで男と女、双方を一個の人格として浮かび上がらせたように、物語は、男性、吉岡努と女性、ミツの手記で構成されている。
    男性にとっては耳の痛い、唾棄すべきこの話を、文学として高めているのは、遠藤氏の一環して追及してきた「神の愛」を、ミツのなかに見ることができるからでしょう。

    10代で読んだ時は、慾望のままに純朴なミツを棄てた吉岡に嫌悪を覚え、それを恨みもしないミツに深い尊敬を感じた。が、時を経て再読してみると、人の心の中には、吉岡もミツも両方いて、アンビバレントな状態で生きているのではないか、と思うのだ。

    ミツのような優しい性格は、人にとって「踏み絵」になりやすいのですね。「踏み絵」になれる人ほど、美しい心の持ち主だということを痛感する秀作です。

    過去に読了、再読。

    • chiiさん
      気になる作者さんでしたので、どれを読もうかと思っていたのですが、レビューを拝読して是非読んでみようと思いました。
      ありがとうございます。
      気になる作者さんでしたので、どれを読もうかと思っていたのですが、レビューを拝読して是非読んでみようと思いました。
      ありがとうございます。
      2010/08/04

  • 残酷な表題だが、“わたしが”、と棄てた側の主観で物語が進む事で読者の加害性が煽られる。
    イエス的博愛が、棄てられた女性を媒体に描写されており、意欲的でありながら完成度の高い一作。

  • 著者の作品はどれも面白い、是非読んで、とおススメされていたのだけれど重すぎて躊躇していました。
    本作は、その中でも軽作品と呼ばれるもので、これなら読めるかもと選定したものです。

    実際読みやすい作品ではありましたけど軽、と表現されるような軽い話ではありませんでした。
    とはいえ、ミツのような生き方をしていては特にこの時代では辛い思いをすることが多く、実際ずっと独りぼっちで寂しさを抱えた境遇だったので、最後に思いやりに溢れた居場所を見つけることが出来た彼女はやっと幸せになれたのではないかと考えました。
    それなのに、著者が結局あのような運命にした意味が私には分かりません。

    考えさせられる作品・・・

  • ・この人生で必要なのはお前の悲しみを他人の悲しみに結び合わすことなのだ。そして私の十字架はそのためにある。
    ・苦しみの共感、苦しみの連帯感
    ・諦めることに子供の頃からミツは慣れていた。彼女には人生の運命とは反抗することではなく、受け入れることだった。
    ・人間は他人の人生に傷痕を残さずに交わることなんてできない。
    ・苦しいのは・・誰からも愛されないことに耐えること。
    ・御殿場のハンセン病院

  • 失恋したとき、
    「大切な恋を失ったあなたへ」(仮) 的な本で
    傷心を温めるのもストレートな手段かもしれない。

    でも、「私、フラれました」体で
    書店のキャッシャーやAmazonへ己を晒すのは、
    ちょっと嫌。

    ならばいっそ、
    棄てた側のマインドに触れてみてはどうか?
    遠藤先生なら、
    何かしら応えてくれるんじゃないか?

    10年ぐらい前でしたか、
    血反吐を吐くような失恋をしたときに、
    藁にもすがる想いで手にとった1冊です。

    前半部。
    「先生、もう腹いっぱいです」というぐらい
    棄てる側の赤裸々なマインドにえぐられました。

    後半部。
    遠藤節、炸裂。
    難病への周囲の無理解。生きるとは? 献身とは?

    棄てられた女が、どんな生き方をしたのか?
    知るはずもない「その後」に
    触れたときの男の心境は?

    寝食を忘れ、塩をなめながら
    一気に読破したときは、
    手にした理由すら忘れていました。

    荒療治ではありますが、
    失恋に限らず、何かを失ったとき、
    出口が見えないときこそ
    おすすめしたい1冊です。

  • 遠藤周作(1923~1996 享年73)著「わたしが・棄てた・女」、1997.12発行。男の身勝手さ、いい加減さを象徴する吉岡努、その吉岡努と2度の逢瀬であっさりと捨てられた森田ミツの物語。森田ミツの純情、健気さ、人の良さが胸を打ちます。「人間の生き方」を深く考えさせてくれる作品だと思います。森田ミツのひたむきな生き方は涙を誘います。読後の余韻が続く作品です。

  • 遠藤周作の文章を初めて読んだがとても印象的だった。目に見える情景を繰り返すことで、登場人物の心情が浮かんでくる。
    他人の不幸に対して、大まかに
    ①どうなっても自分とは関係ない
    ②気に留めないよう振る舞うが後ろめたさもある
    ③できることを行うが、自分を犠牲にはしない
    ④自分を犠牲にしても手を差し伸べる
    という態度にわけられるとして、基本的に①〜②の姿勢の吉岡が、④のミツに惚れられてしまったばかりに、④の姿勢とともにミツは吉岡の心に深く刻み込まれることになったんだろうと思う。
    ただし、現実の2人の関係性は欲望のままに女を棄てた男と、その男が忘れられない女以上というだけで、それ以上深くならなかったからこそ、吉岡を通してミツの生き方を見る私たちにも歯がゆいものが残る気がする。

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著者プロフィール

作家。1923年東京生まれ。慶應義塾大学仏文科卒業。フランス留学を経て、1955年『白い人』で第33回芥川賞受賞。1958年『海と毒薬』で新潮社文学賞・毎日出版文化賞受賞。1966年『沈黙』で谷崎潤一郎賞、1980年『侍』で野間文芸賞、1994年『深い河』で毎日芸術賞を受賞。1995年文化勲章を受章。1996年、73歳で永眠。

「2023年 『自分をどう愛するか<生活編>幸せの求め方 ~新装版~』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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