わたしが棄てた女 (講談社文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (279ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061311411

感想・レビュー・書評

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  • 遠藤周作(1923~1996 享年73)著「わたしが・棄てた・女」、1997.12発行。男の身勝手さ、いい加減さを象徴する吉岡努、その吉岡努と2度の逢瀬であっさりと捨てられた森田ミツの物語。森田ミツの純情、健気さ、人の良さが胸を打ちます。「人間の生き方」を深く考えさせてくれる作品だと思います。森田ミツのひたむきな生き方は涙を誘います。読後の余韻が続く作品です。

  • 人間の嫌な部分からは目を逸らしたくなる。
    滑稽で自虐にも感じるほどの犠牲と救済。‬
    他人にどこまで捧げられるのか。たった一度きりの人生で何をして、何をしないのか。‬
    ‪胸を打たれ最後は涙した。‬

  • 人がいいのは良いが、お人好しすぎるといけない。よく耳にする言葉である。私も今まで共感していたこの言葉だが、どんなことをしても報われないミツには同情の念を抱いた。健気にずっと吉岡を想い、彼のためにとお金を稼ぎ、堕ちて薄汚れた自分だと彼に迷惑をかけてしまうと思えば自ら彼との接点を無くそうとする。こんなにも彼を想って生きていたというのに吉岡自身は彼女のことを欲の処理の対象としてしか見ていない。好きな女に嫌われたくないために欲を我慢し、赤線に行き薄汚れた女を抱く。その延長線で、俺に惚れているミツなら簡単に抱くことが出来るという考え。あまりにも最低だ。その考えが彼女をもっと不幸にしたのではないか。現代の言葉に置き換えるとミツは所謂セフレというものなのだろう。だがミツは本当に吉岡を愛していた。一方通行の愛は読んでいる途中とても辛くなった。彼女は最期まで彼を想って亡くなったのに彼は新しい家庭を築き幸せに暮らしている。彼女だけが酷い目に合うのはどうしてなのだろうか。ミツのことを思うとやるせない気持ちになった。

  • 文学

  • 人生をたった一度でも横切るものは、そこに消すことのできぬ痕跡を残すということなのか

    森田ミツは、ただすれ違っただけのつもりだった吉岡をただひたすら思い続ける。無意識に情けをかけることに喜びを感じるタイプ。聖女なんだろうか。
    遠藤周作を立て続けに2冊読んだら、どちらも死で終わり、かなり苦い終わり方。キリストの教えとは、死んだら高尚なところに行けるということなのかな?

  • 遠藤周作の文章を初めて読んだがとても印象的だった。目に見える情景を繰り返すことで、登場人物の心情が浮かんでくる。
    他人の不幸に対して、大まかに
    ①どうなっても自分とは関係ない
    ②気に留めないよう振る舞うが後ろめたさもある
    ③できることを行うが、自分を犠牲にはしない
    ④自分を犠牲にしても手を差し伸べる
    という態度にわけられるとして、基本的に①〜②の姿勢の吉岡が、④のミツに惚れられてしまったばかりに、④の姿勢とともにミツは吉岡の心に深く刻み込まれることになったんだろうと思う。
    ただし、現実の2人の関係性は欲望のままに女を棄てた男と、その男が忘れられない女以上というだけで、それ以上深くならなかったからこそ、吉岡を通してミツの生き方を見る私たちにも歯がゆいものが残る気がする。

  • 遠藤周作は読むと何やら深い印象を残す。文学というのはこうなのかもしれないなと思った。作者の根底にあるものがにじみ出ている。良い意味で複雑な気持ちになる。いろんな人に一読してもらいたい感じ。

  • 男なら誰もが一度は経験する・・・・というエクスキューズを付けてくれているが、そういった「誰もが」ということがないと、耐えられないのだろう。
    そのくらいミツは衝撃を与えたと言ってよいと思う。

    もちろん、そこには偶然が働きミツのような女性と出会えたからに過ぎない。本当に何でもなく過ぎ去っていくような人物がほとんどだろう。皮肉にもミツは吉岡に好意を持ってしまった、その1点にある。(この好意がどういった観点かは不明確だが)

    当然、この主題は「ごみのように女性を棄てるな」ということではなく、その女性の人格を通じた周囲の人間への影響を汲み取るところであろうが。吉岡は生涯ミツという存在を忘れることはないだろう。

  • 後味が相当悪いです。男の方がこの罪悪感にさいなまれながら一生後ろめたく生きていくならばミツへの罪償いになるのか。

  • 人間は他人の人生に痕跡を残さずに交わることはできないんだよ。
    人間のずるい部分と人間の優しい部分の両面が丁寧に描かれている作品。
    遠藤周作らしくないと感じた。
    ミツは幸せだったのかもしれないが、自分だったら救われない

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著者プロフィール

遠藤 周作(えんどう しゅうさく)
1923年3月27日 - 1996年9月29日
東京生まれ。父親の仕事で、幼少時代を満洲で過ごす。帰国後にカトリックの洗礼を受けた。1941年上智大学予科に入学したが、中退。慶應義塾大学文学部仏文科入学・卒業後、カトリック文学を学ぶためにフランスへの留学。帰国後の1954年『アデンまで』を発表し小説デビュー。1955年『白い人』で芥川賞を受賞し「第三の新人」として脚光を浴びた。
1958年『海と毒薬』で第5回新潮社文学賞及び第12回毎日出版文化賞、1966年『沈黙』で第2回谷崎潤一郎賞、1979年『キリストの誕生』で第30回読売文学賞評論・伝記賞、1980年『侍』で第33回野間文芸賞などそれぞれ受賞。1995年に文化勲章を受章している。
上記受賞作のほか、1993年刊行『深い河』もキリスト教と日本人をテーマにした代表作と見なされており、映画化された。60年代以降「狐狸庵山人」(こりあんさんじん)を名乗り、様々なエッセイを記した。数々の作品が欧米で翻訳され高い評価を受けており、存命中ノーベル文学賞候補だったこともよく知られている。

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