眠る盃 (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社
3.73
  • (79)
  • (91)
  • (152)
  • (4)
  • (2)
本棚登録 : 851
レビュー : 68
  • Amazon.co.jp ・本 (254ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061317680

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 一切の文章が上品で、表現がしゃれている。ニクいなあと思う。同時に、物書きはこうでなくちゃ、なんて一丁前なことも呟いてしまう。

    こんなに人間観察に優れた人のエッセイを私は知らない。著者が出会い話をしてきた人々がどれほど美しく素晴らしいのかを私でも理解できるのは、著者が紡ぐその言葉が人をひきつけて止まない魅力を持つからである。

    美しい文章というのは、どれほど時が経とうともいつまでも色褪せない。簡単に風化などしない。そうして、後の世に生まれるものの心を掴んで離さない。私が言うのもおこがましいけれど、確かな文章力の中に妙な子供らしさが見え隠れして思わず微笑む。この人の端正な随筆を読んでいたら、課題の締め切りに間に合いそうになくて青くなっている自分が何だか笑えた。

    読んでない、読まない、なんて、損している。
    そう断言できてしまう本作なのである。

    (20111230)

  • 著者は1981年(昭和56年)の8月22日、台湾の空に散った向田邦子さん。
    今日は墓前に花を手向ける人も多いことでしょう。
    25年も前に亡くなったなどと信じられないほど、作品の中の彼女は生き生きと語りかけてきます。

    「眠る盃」という表題作は昭和53年10月の東京新聞に載ったエッセイ。
    滝廉太郎作曲の「荒城の月」の歌詞の一箇所「めぐる盃影射
    して」を「眠る盃」と勘違いしてずっと覚えていたという話に始まります。
    もちろんそれは導入部で、この後保険会社の支店長をしていたという父がよく客人を連れて帰り、家でもてなす様が事細かに描写され、そして父の思い出へと繋がっていくのです。

    酔いつぶれて寝てしまった父の膳に、飲み残しの酒が入った盃がある。
    ゆったりとけだるく揺れる、その酒までが眠っているように見えるという。
    そして「荒城の月」の4番を歌うとき「ああ、荒城の夜半の月」を「弱の月」と心の中で歌ってしまうという終盤の鮮やかさ。
    月に浮かぶ古城に栄枯盛衰を思うのか、亡き父への想いがこみ上げるのか、向田さんはこの歌のこの箇所で胸にこみあげるものがあるというのです。
    わずか47行のエッセイの、何と深い味わいでしょう。

    実のところ、生前の向田邦子さんについてはその作品さえ殆ど知りませんでした。
    つい最近になり「父の詫び状」を読んだところです。
    この「眠る盃」の前に出された、一冊目の随筆集です。
    喜びも悲しみも、一度自分の胸の中できちんと昇華させてから表現するという「大人の女性」の文章に、芸術さえ感じたものでした。
    以来、日常のすべての場に細やかな気使いの行き届く憧れの女性として、胸に長年住み続けている向田さん。
    しかし、今回この随筆集を通して見えたものは、違う局面でした。

    例えば「父の風船」というエッセイでは、若い時分に酔っぱらった父が、ドラ焼を山ほど買い込んで、銀座通りの店のガラス戸にドラ焼の皮をペタンペタンとはりつけて歩いたという話が出てきます。
    宿題の紙風船が出来ずに泣き寝入りしたら、父が朝には作っておいてくれたという子供時代の思い出の導入で、少ししんみりしているのですが、彼女は「父の供養にそれをやってみようか」と思い立ちます。
    実際には想像の中でのみやって終わるのですが、これを「知的なユーモア」などと若い頃の私なら笑ったのかもしれない。
    今はとてもじゃないが、笑えません。むしろ涙ばかりにじみます。

    たぶん人一倍心根の優しい、弱いところもたくさんあったに違いない向田さん。
    しかしそれをそのまま出すような「野暮」なマネはしたくなかったのでしょう。
    身内のことを書いて稼いでいるという恥のようなものもあったかもしれない。
    生来の慎み深さだったかもしれない。
    「粋」で美しく生きたかったから、ユーモアで包み込んだのでしょう。
    テレビ・ラジオ等のドラマ脚本で脚光を浴びた人だったと聞くけれど、案外ご本人は照れ屋さんで気の弱い、でも必死で頑張っている普通の女性だったのかもしれません。
    お元気でしたら、どんな作品を書いてくれたことでしょうね。

    多磨霊園玉には、本を開いた形の墓誌があり、左側に略歴、右側に森繁久弥さんの句が刻まれているそうです。
      「花ひらき はな香る 花こぼれ なほ薫る」

  • 2017.12/29

  • 2017.12/29

  • 大好きな向田邦子さんの1冊。読みやすいエッセイ集。

  • タイトルの『眠る盃』は『荒城の月』の「♪めぐる盃~」を間違って覚えていた、という短いエッセイのタイトル。そういえば、
    「♪うさぎ美味しい彼の山~」グルメ目線の『ふるさと』、「♪夕焼け小焼けの赤とんぼ、追われてみたのはいつの日か~」完全に虫の立場になっていた『赤とんぼ』、「♪赤い靴はいてた女の子、ひい爺さんに連れられて行っちゃった~」大家族の里帰りみたいな『赤い靴』、「♪さよならトーカイターテガミ~」競馬のサラブレッドの歌と思っていた堺正章『さらば恋人』、「♪重い、コンダラ~」グランドをならすローラーが「コンダラ」なのだと信じて疑わなかった『巨人の星』
    など自分も間違って解釈していた歌は多いな、と妙に感慨深くされてしまうのが向田邦子のエッセイだったりする。

    人物に関するエッセイなどはさすがに時代を感じさせるが、こういう感性で書いた物語をまだまだ読みたかったなと、その早すぎる逝去が本当に惜しまれる。

  • 今まで読んだ向田邦子の本の中で、一番琴線に触れるものが大きかった。私自身、年齢を重ねていることも原因かも知れない。若い頃に読んだエッセイも、読み返したくなる。

    本棚の中に「女の生き様」というタグをつくっているのだけど、タグが振られる中でも特にこの本は、男性には知覚できない部分が多かろうなと。ふと、逆に男性にしか感じ得ない機微がある作品はどんなものだろうと疑問を持った。私には思いつかない。

  • この向田さんの本、わたしのエッセイのお手本であります。

  • 30年経ってもエッセイが古びないのがすごい。
    もしも向田さんが生きていたら今どんな脚本を書くのだろう。
    もう新作を目にすることができないのがたまらなく口惜しい。

  • 表題作。
    確かにあのメロディーなら「眠る盃」と思ってしまっても無理ないかも。
    実は私が小学生のころ使っていた目覚まし時計のアラーム音が「荒城の月」でした。
    起きれないって。あの曲では。

    このエッセイが書かれた1970年代は、もちろん今とはもう生活スタイルは全然違うのだけど、それを超えてなお「あ~、わかる」と思えるほどに、人の心というものは変わらないんだなあと思ったり。
    水ようかんに対するこだわりとか、ペットに対する愛情とか、旅先での残念なこととか、時代は関係なく、同じように人は感じたり思ったりするんだよね。

    逆に、今では考えられないようなことも。
    びっくりするのが、エッセイなどが発表されると、その反応が直接個人の家に郵便で送られたり、電話がかかってきたりすること。
    個人情報保護法がまだないから。
    電話の応対で仕事が手につかず、「後で必ず連絡しますから。」と、相手の電話番号を聞いて電話を切るということもしていたそうである。
    これではベストセラー作家なんて、作品を書いている暇がないではないか。
    1時間半も熱い想いを語るファンの話を聞いていたらしいです。

    東京の中野のアパートで、ライオンを買っていた人もいたそうです。
    終戦直後ですけど。
    さすがに見間違いかと思ったら、「それは私です」と、やはり本人から連絡があったと。

    そして、1970年代のエッセイに向田邦子は書いていた。

    「ドン・キホーテではないが、見果てぬ壮大な夢を描いて突進し、傷つき絶望し這い上るのが青春だと私は思っている。一生に一度しかない、苦くて甘い闘いの場だと思う。
     しかし、現代の若い成功者たちは、そんな無駄道はしない。夢も希望も程のいい大きさなのだ。」

    当時の若者が今はいい大人になって(私よりも年上だよ)、「いまの若いものは…」とか、「自分たちの若かったころは…」とか言っているんだよね。
    私も言われましたし、多分私も言うのでしょう。
    そして「若かった頃って、昭和時代?」って言われるのさ。Orz

全68件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1929年東京生まれ。放送作家としてラジオ・テレビで活躍。「だいこんの花」「寺内貫太郎一家」等。1980年に短篇小説「思い出トランプ」で直木賞受賞したが、81年8月飛行機事故で急逝。『父の詫び状』等。

「2019年 『向田邦子の本棚』 で使われていた紹介文から引用しています。」

向田邦子の作品

眠る盃 (講談社文庫)を本棚に登録しているひと

ツイートする