創造への飛躍 (講談社文庫)

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  • 講談社
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  • Amazon.co.jp ・本 (454ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061340053

感想・レビュー・書評

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  • ノーベル賞を受賞した湯川秀樹さんの作品。内容的には三つのセクションに分かれると思う。
    まず第一部(本書では第一部と第二部)に人生観・世界観などが描かれている。ここは、芸術工学の理念である「技術の人間化」のおおもとになっているのではないかと思える程共感できるものが多く、また科学技術と世界平和について常に科学者が考えておかねばならないことを強く主張されている。
    第二部(本書では第三部)は専門的な内容になっており、素粒子論が論じられている。素人の私には全く理解ができなかったが、波動方程式など馴染み深い方程式も度々出てきて量子力学に興味を持てた。
    第三部は対談、あとがきを通して湯川秀樹さんがどのような思想を持って研究を行ってきたかを垣間見ることができる。物理学だけでなく、歴史、文学など他の分野とのつながりの重要性など、理系の人間は一度読んでみると良いと思った。
    研究者がどういった姿勢で研究に望むべきか。自分で考えながら研究するべきなのだと深く考えさせられる本。

  • (2005.11.25読了)(1999.11.20購入)
    日本で、始めてノーベル賞をもらった湯川秀樹さんの雑文集。前半は、人生観・世界観・創造性に関する考察などです。後半は、物理や素粒子に関することで、数式などが結構出てきます。現在では、すでに一世代か二世代前の素粒子論の話なのかと思う。数式を眺めても残念ながら何も意味を読み取る事はできませんでした。誰かわかる人に解説してもらうしかない感じです。
    湯川さんが物理を勉強し始めた頃は、空間は、エーテルと言われる物質で満たされていると言う理論があったようです。いつの間にかエーテルは不要になりました。
    素粒子論も現在は、小柴さんのニュートリノの解明へと進んできています。

    ●数学と物理(21頁)
    私が三高へ入りました一年生の時、数学のある科目の試験がありました。ところがその試験の成績が大変悪かった。答案を返して貰って見た所、大体できているのですが、三つのうち一つの問題に対する証明の仕方が先生の証明の仕方と違っておった。試験場で考えて自分で証明を書いたのですが、その問題がゼロになっておりましたので、点数が悪くなっていたのです。私は大変失望しました。それ以来数学に対する興味が全く無くなったのです。先生の教えた通りにしなければならないような学問はしたくないと考えた。数学と言うものはそういう学問ではないのですが、しかし頑固な先生に習うと、とかくそういうものだと思い込みやすい。こういう先生のおかげで理論物理の方をやるようになってよかったと思います。
    ●軍縮後の世界(88頁)
    軍縮後の世界において各国民の安全が保障されるためには、すべての国の政府が守らなければならない「世界法」と、各国にそれを守らせるだけの権威と力を持った超国家的な機関とを創り出す必要がある。現在、世界連邦運動に関係している人の多くが考えているのは、国連憲章を改正して世界法の性格を持たせ、それに伴って国連自身を、世界連邦議会、政府、裁判所、警察等からなる世界組織へと発展的に改変することである。そういう改変の過程における最も重要なポイントの一つは、各国が主権の一部を超国家的権威に委譲することである。
    ●自然の構成物(178頁)
    万物が同一物質から混合されてできたのでなかったら、どんな植物も地中から成長し得ないだろうし、どんな動物も生存できないだろう。これらすべてのものは同一物質の変化として、違った時に違った形で出現し、やがては、もとの同一物質に戻るのである。(ディオゲネス)
    ●宇宙全体を論ずる(419頁)
    自然科学というのは、本来宇宙全体は議論できないんだ、自分がその中にいるのだから、その中にいるものが、自分も含めて全体の議論ができないはずだという議論がよくあるのですが、ぼくはそう思わないのです。というのは、宇宙全体からいえば、自分というのはごくわずかなものですから、それがどっちへころぼうと大したことはないから、宇宙全体を議論してもいいと思いますね。
    ●関連図書(既読)
    「旅人」湯川秀樹著、角川文庫、1960.01.15
    「宇宙と人間 七つのなぞ」湯川秀樹著、筑摩書房、1974.07.18
    「目に見えないもの」湯川秀樹著、講談社学術文庫、1976.12.10

    著者 湯川 秀樹
    1907年1月23日 東京都麻布市生まれ
    1908年 京都へ転居
    1926年 京都大学理学部物理学科に入学
    1929年 京都大学卒業
    1932年 湯川すみと結婚
    1934年 中間子の存在を予想
    1939年 京都大学教授となる
    1949年 中間子理論により、ノーベル物理学賞を受賞
    1955年 世界平和アピール7人委員会を結成
    1970年 京都大学定年退職
    1981年9月8日 死去

    ☆関連図書(既読)
    「あいまいな日本の私」大江健三郎著、岩波新書、1995.01.31
    「生涯最高の失敗」田中耕一著、朝日選書、2003.09.25
    「やれば、できる。」小柴昌俊著、新潮文庫、2004.08.01

    (「BOOK」データベースより)amazon
    量子論と相対論に代表される二十世紀物理学は物質観を変え技術文明を一変させる一方、人類と地球の危機をも招来した。科学と平和とは。人間の創造性の本質とは。そして素粒子論の行方は―。日本人初のノーベル賞受賞者が自らの人生に真摯に向き合った思索の飛跡。小松左京氏との対話に加え、「この地球に生れあわせて」も収録。

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著者プロフィール

理学博士。専門は理論物理学。京都大学名誉教授、大阪大学名誉教授。
1907年に地質学者小川琢治の三男として東京生まれ、その後、1歳で転居した京都市で育つ。23年に京都の第三高等学校理科甲類(16歳)、26年に京都帝国大学理学部物理学科に入学する。33年からは大阪帝国大学講師を兼任し、1934年に大阪帝国大学理学部専任講師となる(27歳)。同年に「素粒子の相互作用についてⅠ」(中間子論)を発表。日本数学物理学会の欧文誌に投稿し掲載されている。36年に同助教授となり39年までの教育と研究のなかで38年に「素粒子の相互作用についてⅠ」を主論文として大阪帝国大学より理学博士の学位を取得する(31歳)。1939年から京都帝国大学理学部教授となり、43年に文化勲章を受章。49年からコロンビア大学客員教授となりニューヨークに移る(42歳)。同1949年に、34年発表の業績「中間子論」により、日本人初のノーベル物理学賞を受賞。1953年京都大学基礎物理学研究所が設立され、所長となる(46歳)。1981年(74歳)没。『旅人―ある物理学者の回想』、『創造への飛躍』『物理講義』など著書多数。

「2021年 『湯川秀樹 量子力学序説』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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