光と翳の領域: 随想集 (講談社文庫 C 25)

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  • 講談社
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  • Amazon.co.jp ・本 (328ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061340251

感想・レビュー・書評

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  • この本を私はとても気に入っている。
    再読もしたし、植物のリストも作ってその姿を写真でチェックもした。他にも色々たくさん書き出したし、付箋も貼った。それでもまだこの本に対して納得がいっていなくて読書感想として日記にあげていなかった。
    3回目を読んでもっときちんとした感想をまとめてから日記を書こうと思っていたのだが、とりあえず一度読んだ本ということで載せることにした。

    串田さんの本をいくらも読んでいない私だけれども、私はこの本がいちばん好きだし、いい、と思った。
    また読みたい(読まなくてはいけない)とも思っている。

    何がそんなにいいのかというのをざっくり大きくひと言で言うと、この『光と翳の領域』に収められた文章は美しい。
    自然の姿をまさにその通りだと思う表現で言い表わしているし、串田さん的な哲学的なニュアンスも混ざり合って本当に素晴しくて美しい文章になっている。
    言葉も文章も生き物みたいに本から浮き出して、色や自然になって消えてゆく感じなのだ。
    こういう風にものを見れたらいいなぁ、こういう絵が描けたらいいなぁ、と憧れる。

    ただ、集中して読まないと、文章が美しいがために何も入って来ずにするすると流れてしまう。一度目に読んだ時は何度となく「いかん、集中しなくては」と思ったり、何度となくページを戻ったりした。
    難しいといえば難しい文章でもある。私は、多分きっと、串田さんの真意は読み取れていないだろうなとも思う。

    じっくりと心で噛み締めるように読みたい1冊。

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    ノートに書き写していた、とても共感したいくつかの文章を載せておく。


    風景を色彩によって描くのなら、それによって共感を起こすような色をまぜてはならない。赤がAを感じさせるのは赤が単純でないからだ。(「牧歌」より)


    一切の動物と、殆どすべての植物とが仮死の冬眠についているこの森は、そういう深い眠りの世界を胎内に孕んで、人間の知らない厳しさを見せ、雪の古びた匂いを交えた、ただ深海のような圧力を持った匂いを嗅がせ、更にその静寂のうちにも亦た古風な階音を聴かせた。四季を通じて、雪の森は、その巨体を一番あからさまに見せつけ、太い骨と強靭な筋肉だけになって踞っていた。(「森の絵」より)


    最初は一番展望のきく河原へ画架を立ててみたが、森と向かい合っていた時のような落ちつきもなかなか得られなかった。どんなに工夫をしてみても、賑やかな風物の微動と、絶え間のない川音の中では、腰を下ろしていることさえむずかしかった。(中略)最初のころは、それがひどく気まずいようで、さっさと小屋へ戻って、ただ訳もなくぐったりと疲れた体をやすませていた。(中略)川が異様な刺戟を与えたことも事実だった。(「川」より)


    二三羽の小鳥が枝から枝へと、何かの続け文字でも書いて行くように渡って行った。そして最後には、いつでも決まって、悦びとも悲しみともつかない啼声を残して飛び立って行く。小鳥はいつも同じように歌っているものなら、きっと私の方に、悦びとも悲しみともつかない気持ちがあったのだろう。(「黒い牝牛」より)


    寒気は、何回かの予告のあとの、鋭利な刃物のように天上から斜めに下った。雪は谷を埋めはじめた。そして豊かさを誇り、白さを誇るように、小さな凹地を埋め、そこここになめらかな斜面を作り、巧みに襀(ひだ)を描いた。滝は、孤独な死のように静かに凍結し、光と水のもつれたそこも、そそぎ込む雪にさからう努力もなく、結氷した。流れる姿は消え去った。その時になって、この谷を訪れる光が、太陽の忠実な使者であり、たくらみのない素朴な想いに似たものであることが分かった。(中略)雪の下に滝は凍って、冬の間、青味を帯びた別の静かなおののきがあるのかも知れない。眠りにも死にも似てはいるが、絶えず水をうけ、氷に蔽われている岩の内部の犇めくような力の意味を知らないものにとっては、それは語られない神話である。(「光と水の戯れ」より)


    ところで、寂しさが誘い出されるというのは、この単調な風景の一体何のせいなのだろう。晴れ渡って、空に一つの雲もないせいなのか、それとも、あまり遠くひろがる海と空との接触が、信じられないほど穏やかであったからなのか。いずれにしても、この寂しさが、私の感情にからまったものでないことだけは、まず間違いないとしたら、それを振り棄てることは出来ないし、と言って、その奇妙な寂しさに気が付いてしまった以上は、今度はそれが恐怖を誘い出すかも知れないと思われて来るのだった。(「波」より)


    訴えることがなければ、他人からあれこれと指摘される筈もないその息苦しさは、生涯のある時期にはやや激しくなって、そのあとは徐々に薄れていくものかとも思っていたが、彷徨する魂がいつまでも行く先を見定めることが出来なければ、消えて行くどころか、長い歩みのために却って重く苦しく、時には、そこから逸脱してしまう卑怯な手段を夢見るようにさえなるのが分かっていた。(「晩夏の丘」より)

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著者プロフィール

哲学者・詩人・随筆家

「2022年 『寺田寅彦随筆集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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