江戸しぐさの終焉 (星海社新書)

著者 :
  • 星海社
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感想 : 10
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  • Amazon.co.jp ・本 (192ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061385825

作品紹介・あらすじ

日本の教育をむしばんだ「江戸しぐさ」を終わらせるために
「江戸しぐさ」は、芝三光という人物が、一九七〇年代以降に“創作”したマナー集とでもいうべきものである。そのネーミングとは裏腹に、実際の江戸時代の風俗とはまったく関わりがなく、西洋風マナーの焼き直しや、軍国主義教育の残滓まで含んだ紛いものである。その「江戸しぐさ」は今や、芝の系譜を引く普及団体のコントロール下を離れ、文部科学省や学校教育までも汚染してしまった。我々はどうして、この「作られた伝統」の普及を許してしまったのか。果たして、社会の隅々に拡散してしまった「江戸しぐさ」を終わらせることは可能なのか。本書では、「江戸しぐさ」の普及史を辿りつつ、その「終焉」に至る道筋を提示する。

感想・レビュー・書評

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  • “それにより私たちは、たった一人の人物の空想がマスコミを味方につけて次第に社会的影響力を強め、ついには文部官僚を介して公教育まで侵食するに至った実例を目の当たりにすることになった。”(159ページ)

    に尽きる。

    著者が偽書の専門家であり、と学会メンバーでもあるというのがおもしろい。通常いわゆるトンデモ本というのは、あまりにも常識からかけ離れたようなトンデモない内容の書物をとにかくツッコミまくって笑いながら語られるものだが、この「江戸しぐさ」の場合は、そこで語られている内容そのものは(歴史的事実がない想像の産物であるということを除けば)それほどトンデモなわけではない。それよりも冒頭に挙げたようにそれがどのように信奉され、受け入れられ、広がってしまったか、そちらのほうがトンデモである。つまり一個人による著作内容というよりは、それを取り巻くさまざま人たち自体がトンデモであるという、ちょっと変わった事例である。

    その意味では「江戸しぐさ」を考案した芝三光にも罪はあるが、それを取り巻く人々、さらにはそれをきちんと検証もせずに教育の現場に取り入れた文科省関連(の無責任ぶり)などのほうが興味深い。

    偽史という点から見ればかなり新しい部類のものであり、それを丹念に調べ上げていく著者の努力は一読に値する。しかし一方で、端々にと学会っぽい(やや相手を小馬鹿にしたような)ツッコミのニュアンスがにじみ出ているのが残念。この書ではそうしたところは封印して、徹底的にクールに攻めていってほしかった。

  •  江戸しぐさは芝三光という人間の、学歴コンプレックスから始まると思う。江戸しぐさの誕生とは、芝の性格である、嘘を嘘で塗り固める人間ドラマそのものであり、この人間・芝三光を楽しむという意味で、つまり人間の研究と業と欲の深さを考えるために、「江戸しぐさ」はある。

     「江戸しぐさ」の根幹が最もよく表れていると感じたのは、大学の講師として芝が呼ばれた場面だ。
     跡見学園女子大学に招かれることになった芝氏の気合いの入り様と不安は、本当に面白い。背広を新調し、何度も下見をしている。私はつらいほど、そのうれしさがわかる。
     もっと良いのは、そうして下見を繰り返して気合いが入っている割には、講座として述べられる「はたらく」は、小学校の頃にされたような授業の焼き直しで、自分で江戸について研究したり、勉強した形跡はなし。「口伝だから勉強する必要はない」となっているのだ。
     本を色々読む積み重ねをすればいいのに、しない。人から話を聞いて、受け売りで話すタイプの人は、嘘と言い訳と使い分けと偽名と大げさに話すことにまみれている。そんな人間が僕の身近に一人いるから、芝の振る舞いが手に取るようにわかる。わかりすぎて落ち込むぐらいわかる。

     芝の抱いていた人間不信と不安感が「江戸」に投影されて生まれたもの。それが「江戸しぐさ」だ。
     人間不信とはコンプレックスのことだろう。馬鹿にされたくない。人から尊敬されたい。愛されたい。でも、事実は知られたくない。「江戸しぐさ」は、そこから生まれたふるまいだ。もしドラえもんの道具で「人生やり直し機」が芝の前にあったのならば、彼はそれに飛びついたと思う。それは、僕(ら)もそうだ。
     弟子の越川氏は、芝に入門したとき、疑問点をあげまくった。芝は必死になりながら、それに応えた。空想の産物である江戸しぐさを、ここである程度言い訳固めしたのだ。越川氏のツッコミにより「江戸っ子大虐殺」などが生まれてくる。
     芝氏のエピソードで次に面白いのは、風呂場に隠れて新しい弟子の会話に聞き耳をたてて様子を探っている場面だ。どれほど自分のことがバレることを警戒していたのだろう。この隠れて様子をうかがうのも「江戸しぐさ」として採用されていたと思う。本名を簡単に名乗らないとか、プライベートなことを聞かないとか、江戸しぐさはすべて芝がやってほしくないこと、苦しみの産物である。

     この本の結論は見事だ。「嘘であると分かっていても、教訓として役に立つこと」は別に文句なし。悪いことをするとナマハゲに怒られる。これは道徳の教科書に載っていても問題はない。僕も「まくらを踏むと頭が悪くなる」と言われたものだ。頭がこれ以上悪くなったらたいへんだから「まくらを足で踏んだりするのはやめよう」と普通に思う。だが、江戸しぐさはこれが歴史的事実の顔をしているからダメなのだ。もし江戸しぐさが「芝しぐさ」だったら別に問題はなかった。ただそれだけの話なのだ。

     この著者とまったく私も同じなのだが、芝という人間が面白すぎる。そして、芝の苦しみとそのもがきは、ある意味で人類共通のある姿をしているし、よくわかる。芝がコインロッカーベイビーを育てたいといっていたのもよくわかる。この江戸しぐさをあばくシリーズは、別に右翼批判みたいなために読んでも仕方ない。(右翼がオカルトやスピリチュアルに結びつきやすいという点を知るきっかけになる所は有意義)そうではなく、芝という一人の、虚偽にまみれた男の葛藤を味わうこと、想像してみることに意義があると思う。
     僕も芝に負けないくらい、嘘と言い訳と使い分けと偽名と大げさに話すことにまみれているから、この本はとても味わい深い。
     最後のオチとして、この本の著者 原田実はパシフィック・ウエスタン大学博士課程を修了している。思わずニヤリとさせられた。
     原田もまた、この芝のことを痛いほどわかった一人である。

  • 読みながら「椿井文書とおんなじパターン!」と思っていましたが、本書の終盤でも言及されていました。

    本物の伝統文化よりも偽物の伝統文化のほうが現代人にとって都合がいいから普及しやすい
    史実よりも偽史のほうが都合が良いから普及しやすい
    科学的に確からしいことより似非科学の方が都合がいいから普及しやすい…
    巷というのは罠がいっぱいで恐ろしい。このことを心に刻んで情報社会を生き抜いていきたいです。


    別の本に「古典落語にまったく出てこないので江戸しぐさはウソ」と書いてあってナルホドと思っていたのに、落語界にも支持者がいたのは若干ひきました。

    ひとつ、自分と意見が違ったのは
    江戸しぐさが「笑われる対象」となりエンタメとして消費されるようになれば終焉を迎える、というところ。
    「と学会」会員らしい考え方だなーと思うのですが、陰謀論の人たちは笑われるほどに意固地になると聞きますし、オウム真理教だってワイドショーとかで笑い者扱いして放置してたらとんでもないことになったとお聞きしておりますし……
    もう江戸しぐさにそこまでのポテンシャルはないかもしれないから杞憂ですかね。

  • 東2法経図・6F開架 385.9A/H32e//K

  • さすがにもう江戸しぐさのことは書き尽くしたんじゃないか、と思ってたら、まだあったんだねえ。「親学」なんていうオカルトも取り上げてるけど。

    江戸しぐさ、一連の書籍では完全に論破されているけれど、現実はまだまだ見かけるからねえ。教育現場とか。
    もうしばらく、著者には地道に戦ってほしい。

  •  江戸しぐさ騒動とは何だったのか。。。

     前作『江戸しぐさの正体』からさらに進んで、江戸しぐさが流行する一因となった親学についてや、ねつ造であることがはっきりした後の展開なども書かれている。
     人は自分の考えに都合いいものを事実かどうかをよく確かめずに受け入れてしまうことがある。この江戸しぐさ騒動は教訓として心に留めておきたい。

  • 前著「江戸しぐさの正体」の与えたインパクトがその後、どのように波及したか。文科省の無責任、学者の放置、TV業界の低感度による蔓延。プライドと権力を持つ人がコロッと騙された時、その後の対応は本性を現す。誤りを認めるか、知らん顔で引っ込めるか、頑なに認めないか。

    信じたくなるファンタジー。その気持ちはとてもよくわかるが大人なら事実を見据えよう。現実解としては、採用した者の責任は問わない。ただ「これ、嘘でした」と認めて引っ込めれば良い。現在の日本礼賛の風潮とからめて、内容そのままに、江戸時代ではなく現代日本人の所作として「クール・ジャパン・マナーw」とでもすればいいんじゃないか。

    偽史・捏造であることを知る第一段階。嘲笑する第二段階。信者を啓蒙しようとする第三段階。蔓延を憂い、現実的に終息を目指す第四段階。カルトが最も嫌がるのは「笑われること」だという。権力者には嘲笑を、信者には正しい情報を。

    サムシング・グレートがインテリジェント・デザインの模倣だとは思っていたが、提唱者が天理教だったとは。さらに、親学の主唱者で安倍首相のブレーン説もあるとは、オバマがホメオパシーにはまるようなもんだな。

    江戸しぐさを、石器のゴッドハンド事件になぞらえるのは非常に興味深い。辿った・辿るだろうプロセス「普及・蔓延(マスコミの加担)・捏造発覚・その後の責任逃れ」。チェック機構と責任を明らかにする仕組みが無い官僚機構がどれだけ国の信用を損なうか。

  • 「江戸しぐさ」って最近よく名前をよく見るけど実態がさっぱりわからず、知りたいが為に購入したのが「江戸しぐさの正体」。本書はその続刊にあたります。

    疑似科学で終わるならともかく、文科省のお墨付きをいただいてしまい、小学校の教科書にまで掲載されてしまうという現状を指摘したのが前書でした。その後は文科省でも見直される兆しはあり、教科書からは削除されつつあるとのこと。1冊の本が直接の原因かはわかりませんが、これだけの動きがあるというのは正直驚きでした。

    最近は伝統や伝承と言った物自体がよく取り上げられる時代だなと思います。ネットがもはや当たり前以上の物になった現代ならではのことです。体育祭での学生による組み体操や、武士道についてもよく名前を見ます。伝統、伝承のために大きな事故になったり、誰かが不幸になったりというのであれば、見直す余地も必要なのかな、と思います。江戸しぐさについてはちょっと性質は違いますが、いいことだから、伝統や伝承だから、ということですぐ受け入れてしまうのは時として看過できない問題になるということがわかった1冊でした。

  • 出ました「江戸しぐさ」批判第二弾。
    前著をがっつり読み込んだことと、その後もジセダイのサイトで連載されていたものを読んでいたせいか、新鮮!と思った部分は案外多くはなかったが、“親学”にまで斬り込んでおられるのはさすがだと思った。“現代の”江戸しぐさに親学、さらにはEMに水伝、ゲーム脳などが関係しているところまで踏み込んでいるのは著者ならでは(その分、前著であちこちに散りばめられていたヲタ系ネタが一切なくなってしまったのは個人的には少しだけ残念)。

    創始者である“夢見る老人”の妄想世界がいかにしてメディアや教育界に食い込んでいったかは蓋を開けてみればそんなに突飛なものではないのだが、それだけに本書を読むと「一見良さげで道徳的顔を見せ、キャッチーな仕掛けをすることで人はこんなにも簡単に虚偽を信じてしまえるのか」という怖さを感じる。

    様々な場面で見聞きする、教育行政の不誠実さも個人的に頭が痛いところで、文科省が最後まで知らぬ存ぜぬを通したまま“なかったこと”にした結果、一種宗教じみた教えとしての「○○しぐさ」が地方単位で残っていくことを危惧してしまう(田舎は中央の情報が10年単位で遅れて入ってくるし)。うう怖い。

    極めて重箱の隅なのは承知の上で、自分の立場から“親学”に関連して発達障害に触れたくだりにいくらか加えておきたい。

    ①著者が触れた澤口氏の著書では診断名等がまだDSM-4のものになっているが、現在では各診断名がDSM-5に準じたものと変わっている旨が注記されていると有難い。本書は刊行されたばかりであり、今後長く読まれていくと考えられる。その点を考えると、刊行された時点で診断名変更後であることの明記は必要なのではないだろうか(例:精神分裂病→統合失調症)

    ②発達障害について、適切な医療的対応や社会の理解が必要というのが通説であるという主旨のくだりがある。しかし、医療が積極的に関わるのは診断名をつける段階と投薬治療(二次障害および多動に対する対症療法)であり、現在ではむしろ母子保健行政での早期発見と早期療育、就学後は適切な教育的配慮が中心となっている。今春から公共機関において「合理的配慮」が義務化されることを考えると、ここは正確な記述をお願いできるとありがたいと思っている。

    著者はあくまで歴史の研究家なので「親学」などは本来は守備範囲外なのだろうけれど、第三弾はぜひ、より深く斬り込んでいただけないだろうかと思った。

  • 【メモ】
    ・原田 実の幻想研究室
    http://douji.sakura.ne.jp/

    ・「ジセダイ」での連載。
    http://ji-sedai.jp/series/edoshigusa/
    「続・江戸しぐさの正体
    江戸の人々が身につけていたという、「傘かしげ」「肩引き」などの「江戸しぐさ」……。これらはなんと、80年代以降の創作だった! 批判的検証本『江戸しぐさの正体』以降も行われている検証作業を、可能な限りリアルタイムに近い形でお伝えします!」

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著者プロフィール

1961年生まれ。歴史研究家。と学会会員。龍谷大学卒業後、1984年から3年半、八幡書店(出版社)に勤務。その後、広島大学研究生、昭和薬科大学文化史・心理学研究室助手(1990?93年)を経て、歴史研究・執筆活動に入る。古代史・偽史・サブカルチャー関係の論考多数。著書に『日本霊能史講座』『日本化け物講座』(楽工社)など。

「2011年 『トンデモ本の世界 X』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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