ジョークとトリック (講談社現代新書)

著者 :
  • 講談社
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  • Amazon.co.jp ・本 (233ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061457065

作品紹介・あらすじ

――一日に二度出てくるのに一年に一度しか出ないものは?
――小林一茶と「月ハ東ニ日ハ西ニ」の関係は?〈解答は本書中〉すぐ答えられなければ本書必読、あなたは先入観にとらわれている!?ジョークは、笑いによって固定観念のワクを心地よくこわし、知性を刺戟するアイディアにみちた、古今東西の知恵の結晶だ。イソップからシェークスピアやアリスのしゃれ、ポオやホームズの推理、物名や折句、謎句などをとおして、伸縮自在の自由な発想法を教えてくれる本書で、頭の柔軟体操(ブレイン・トレーニング)をはじめよう!

バーはいつ開けるか――あるホテルのボーイが、泊り客からホテルのバーはいつ開けるか問い合わせの電話を受けた。「午前十時でございます。」一時間後、またおなじ客がバーはいつ開けるか電話でたずねてくる。返事はおなじ。二時間後、またおなじ電話がかかった。ボーイは我慢の限界に達し、「十時までお客さまをバーにお入れすることはできません!」すると電話の声が、「バーへ入る? おれは出たいんだ。――本文より

感想・レビュー・書評

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  • 私たちがトリックにはまってしまう心理についても解説されている。
    しかし、やはりこの本の中心はパズルやトリック、さまざまなことば遊びを紹介することだったのでは。

    読み終わって気づいたが、織田正吉さんの本を読むのはこれで二冊目。
    ことば遊びについて調べる必要があって、この春から何冊か集めて読む中で『言葉遊びコレクション』を読んでいた。
    この人が放送作家であったことも、今回改めて知った。

    ことば遊びの本で、手頃な本を探そうとすると、どうしても1980年代以前のものになってしまう。
    織田さんがすでにこの本の中で、ジョークを許容するゆとりが世の中に亡くなっていることを嘆いていたが・・・。
    今やもう、この手の本さえ出版されないのだろうか。

  • 出版社/著者からの内容紹介

    ――一日に二度出てくるのに一年に一度しか出ないものは? ――小林一茶と「月ハ東ニ日ハ西ニ」の関係は?〈解答は本書中〉すぐ答えられなければ本書必読、あなたは先入観にとらわれている!?ジョークは、笑いによって固定観念のワクを心地よくこわし、知性を刺戟するアイディアにみちた、古今東西の知恵の結晶だ。イソップからシェークスピアやアリスのしゃれ、ポオやホームズの推理、物名や折句、謎句などをとおして、伸縮自在の自由な発想法を教えてくれる本書で、頭の柔軟体操(ブレイン・トレーニング)をはじめよう! バーはいつ開けるか――あるホテルのボーイが、泊り客からホテルのバーはいつ開けるか問い合わせの電話を受けた。「午前十時でございます。」一時間後、またおなじ客がバーはいつ開けるか電話でたずねてくる。返事はおなじ。二時間後、またおなじ電話がかかった。ボーイは我慢の限界に達し、「十時までお客さまをバーにお入れすることはできません!」すると電話の声が、「バーへ入る? おれは出たいんだ。――本文より

  • 習慣や日常見慣れているものが、価値判断を超えて先入観を形作り、観念を支配する。
    大きすぎるもの、身近にあるものはかえって見えない。
    余分な情報が単純な真相を覆い隠すことがある。複雑に見せかけた情報は余分なものとそうでないものを選別する必要がある。
    特徴的で、より関心のある方向に意識は逸れる。逸らされた情報は真相を見落とす。ミスディレクションはそれを意識的に行う方法である。
    隠されたものは、人の心を惹きつける力を持っている。隠されたものが何かを知りたいという知的欲求を呼ぶ。隠すことによって想像力は刺激され、情緒は増幅される。隠されたものを突き詰めることに人は喜びを感じる。隠されたものを単に知ることは幻滅を呼ぶ。
    考え落ちの構造
    到達できる結論が一つであること。「おまえの成績はビリだろう」と直裁にいってはさほどおかしくないことも、それを聞き手の推察にゆだね、それを思いつかせるよう構成することによって有効なジョークに仕立てることが出来る。考え落ちとは、話が本来持っている笑いを、聞き手の推理に任せることによって補強する方法である。
    人から押し付けられた意見よりも、自分で思いついた意見のほうを、われわれははるかに大切にするものである。すると、人に自分の意見を押しつけようとするのは、そもそも間違いだといえる。暗示を与えて、結論は相手に出させる方がよほど利口だ。説得にはすべて言ってしまわず、相手に思いつかせるのが有効である。
    似ることの力
    似ていることは人の原始的な知性を刺激する。 ex.ロジェカイヨワ 擬態(ミミクリ)
    地口(しゃれ)は単純な音の一致によってもともと別の言葉を結びつけるものであるのに対して、ダブル・ミーニングは同一の言葉が二通りの意味を持つ場合をいう。ex.トルコ、「結構です」、半分ゆでる→半熟にするor半分の数だけゆでる
    言葉は多義性を持つ。そこから誤解が生まれ、たのしみも生じる。
    なぞかけ=似ていると考え落ちを合体させた言葉遊び
    (◯◯とかけて××と解く。その心は、どちらも△△である)
    母「あんたの通知簿は、駆けっこしてるの?」
    子「どうして?」
    母「だっていつも12、12、ばかりじゃない」
    通知簿の1212を、駆けっこの1212という言葉に見立てている
    なぞかけによるネーミング ex.キセル、薩摩守
    同音の重なりは耳に心地よく響く。
    外形の類似性からあるものをそれとよく似ているがまったく別のものになぞらえることを見立てという。
    情報を得るのに、人は忍耐強く我慢を重ねながら正確な解説を聞くより、多少不正確であっても既存の記憶のなかからありあわせの、より具体的な例を取り出し、「これと似たもの」として示してもらったほうをよろこぶ。知的な負担が少なくてすむからである。  ex.例え話

    一定方向からではなく、逆の方向から物を見ることも必要である。とりあえず視点を逆に向けることが新しい発想を生む。自己と他者との関係では自分を、大小の関係では大きいものを中心に見がちである。その関係にとらわれない見方が必要。価値は一定ではない。プラスはマイナスを含み、マイナスはプラスに変わる。
    ある条件下ではサービスがかえってマイナスとして働くこともある ex.バラの花のおまけ
    ユーモア感覚は2分法による固定した価値観にとらわれず、たえず4分法で物を眺め、プラスの中に含まれるマイナス、マイナスの中に含まれるプラスを直感する。そして、常識が見落としがちな面を指摘し、その面を強調する。 ex.不幸な結婚の継続、幸福な離別
    おとなは2つの常識(先入観と固定観念)に束縛されており、子供は2つの常識を2つながら持たない

  • 本の表紙にいきなりクイズ「一日に二度出てくるのに一年に一度しか出ないものは?」、これはすぐに”わかった”と軽い気持ちで読み始めたが・・・
    本文はかなり本格的。軽いジョークとトリックの読み物というより、我々の固定観念が、いかにして無意識のうちに植えつけられているかという問題提起が示されている。
    本の構成としては「●この章の要約」として、章立ての最後に筆者の意見がまとめてあるのがよい。頭を柔らかくして読むのに最適な一冊だ。

  • 40年近く前の本ですが、ジョークの発想は昔も今も変わらないんだなというのがわかります。

    面白かったです。

  • 人前でお話しする機会が多いので、こういうスキルも必要かと思って購入。前半はジョークに必要なセンスについてなるほどと思う記載があるが、後半は言葉遊び(回分や韻を踏むこと、クイズなどが並び、やや退屈。やはりジョークやトリックは、「解説」を読んではいけないのだ。

  • 騙される快感、意表を突く面白さを期待して読む。古今東西の題材からよくこれだけ集めたことに感心する。随所に例題が出て、読者の感性を問いながら進める手法は楽しめる。共通点があると惹かれる、の例として、ともに暗殺されたリンカーンとケネディが取り上げられているが、驚くばかりの多くの類似点には不思議さ以上のものを感じる(詳しくは本書で)。ギリシャ語で料理店を'タベルナ'、オランダの保養地に'スケベニンゲン'があるらしいが、本当かと疑うほど笑える。

  • 【生き方】ジョークとトリック/織田正吉/20170227/(23/619) <233/72027>
    ◆きっかけ
    ・?

    ◆感想
    *古今東西のジョークやトリックを多数集め、その性質や「効能」によって分類している。ネタ満載すぎて、少々冗長気味なところはあるが、頭の体操、発想の転換、価値観の多元化等々には有効か。
    ・ジョークやトリックは、そうした日常生活へのスパイスと捉えると良いだろう。

    ◆引用
    ・心には慣性がある。思考の流れは簡単に方向づけられる。心の慣性には、時に逆らってみる必要がある。
    ・秘する花を知ること。秘すれば花なり。秘せずは花なるべからず。
    ・隠されたものは人の心をひきつける力を持っている。隠されたもんが何かを知りたいという知的欲求を呼ぶ。
    ・隠すことによって想像力が刺激され、情緒は増幅される。
    ・隠されたものを突き止めることは、人は喜びを感じる。隠されたものを単に知ることは幻滅と呼ぶ。
    ・隠匿はしゃれた表現で応用される。
    ・説得にはすべてを言ってしまわず、相手に思いつかせることが有効。
    ・余情は隠匿が生む。
    ・はたらく=はた(まわりの者)を楽にすること。あきない=飽きないでするもの。
    ・似ていることは人の原始的な知性を刺激する。
    ・言葉は多義性を持つ。そこから誤解が生まれ、たのしみも生じる。
    ・たとえ話は聴き手の知的負担を軽くし、説得に役立つ。しゃれは人を楽しませるが、論理性を奪う働きもある。
    ・夏至を英国人は一年中でもっとも日が長いといい、フランス人はもっとも夜が短いという。


    リーダーの本棚皆で支え合う工夫求めて
    鳥取県知事 平井伸治氏

    2017/1/8付日本経済新聞 朝刊

      戦中の沖縄県で最後の官選知事を務めた島田叡(あきら)にあこがれている。その島田の姿を追った本が『沖縄の島守』だ。











     自治省(現在の総務省)に入って最初に勤務したのが兵庫県でした。島田は兵庫出身だったから、当時から内務官僚のシンボルとして語り継がれていました。ジャーナリストの田村洋三さんが書いたこの本を5~6年前に読んで、改めて心を揺さぶられました。


     沖縄戦が始まる直前に大阪から赴任した島田は、防空壕(ごう)から防空壕へと“県庁”を移しながら、1人でも多くの県民を戦火から守ろうと心を砕きました。自らは死を覚悟しながらも、県民に対しては常に温かく接しています。内地から梅干しが届くと、自分は1つだけ食べて後は周囲の人にあげてしまうような人だったそうです。


     きっと、県民に接する度に「なんとか無事に生き抜いてくれよ」と心の中で手を合わせていたのではないかと思う。だから今でも島田は沖縄で尊敬されているのでしょう。


     全編を通じて島田は朗らかな人物として描かれているのですが、それもよく理解できる。「生きろ」と呼びかける人が意気消沈していては何も動かない。島田は自分を「作り」続けたのだと思います。


     私のような立場でもすべてができるわけではなくて、最後は無力なのです。例えば、鳥取をこの前、襲った地震で小さな商店が被災した。従来の制度では助けられなかったのですが、被災した高齢の方から「もう一度、商売をしたい」と言われて支援する制度を新たに作りました。しかし、できるのはそこまで。申し訳ないけど、その先はご自身で頑張ってもらうしかないのですね。


      悩んだ時、自分を確かめたい時に帰って行く先が、座右の書だと思う。


     幸田露伴は私にとって郷土作家です。あの人は東京の谷中に住んでいて、私は今でいうと外神田で育ちました。『五重塔』のような小説に登場する場所の多くが、歩いて行ける範囲でした。その露伴が『努力論』で主張しているのが、そこそこの幸せを追求しよう(惜福)、幸せはみんなで分かち合おう(分福)、将来のために幸せの種をまこう(植福)という「幸福三説」。理屈っぽいですが、東洋的、日本的な感覚で人間の生き方について論じている。


     この本が書かれた明治から大正にかけた時代は今と世相が重なっていると思うのです。成功者とそうでない人が明確に出てきて、所得の格差が広がった。そんな時に「気持ちを切り替えて工夫しよう」と呼びかけたのがこの本です。


     鳥取県で取り組んでいる仕事もこの3つの福の追求なのだと思います。みんなで支え合い、将来のために教育や産業振興などに投資する。ただし、財政への配慮もあるから、100%実施しようと思っても無理で、7割できればいい方なのです。


     ある部分、露伴の思想に重なると思うのが、神野直彦さんの『「分かち合い」の経済学』と藻谷浩介さんの『里山資本主義』です。少子高齢化社会や貧富の格差問題を考えると、従来のマネー経済とは違う新しい経済モデルが今こそ、必要なのではないか。効率は重要ですが、単線的なモデルでは社会が抱える矛盾は解決できないような気がします。


      常日ごろ、発想の転換を心がけている。そして、それを言葉にすることが大事だ。


     織田正吉さんの『ジョークとトリック』は働き始めた若いころに読みました。視点を変えると物事が違って見えるのです。例えば、ひとつの言葉を反対から読むとまったく意味が変わる。「薬」を下から読むと「リスク」になる。「高島田」は「だましかた」。面白いですよね。こういう本が家に何冊かあります。


     私が鳥取を「スタバはないけど、すなば(砂場)がある」とPRしたのも、周囲の目を変えたかったためです。発想の転換さえすれば、私たちが日々見ている世界も変わってくるし、言葉の力はとても大きいと思っています。


     本は好きですが、中学・高校時代が一番、読書していたような気がします。今は土日も忙しいこともあって、熟読型というよりも速読型ですね。興味がある本を買って、すっと読む。仕事関係の資料でも「知事は目を通すのが早い」と職員は不思議がっているようですよ。


    (聞き手は編集委員 谷隆徳)






    【私の読書遍歴】




    《座右の書》


    『沖縄の島守』(田村洋三著、中公文庫)。島田叡知事のほか、荒井退造警察部長も主要人物として登場する。


    『努力論』(幸田露伴著、岩波文庫)


    《その他愛読書など》


    (1)『「分かち合い」の経済学』(神野直彦著、岩波新書)


    (2)『里山資本主義』(藻谷浩介、NHK広島取材班著、角川oneテーマ21)。豊かさという点では里山の方が可能性があると思う。


    (3)『ゲーテ格言集』(高橋健二編訳、新潮文庫)。「銘々自分の戸の前を掃け、そうすれば、町のどの区も清潔だ。銘々自分の課題を果たせ、そうすれば、市会は無事だ」。この言葉を人にも紹介する。


    (4)『水木さんの「毎日を生きる」』(水木しげる著、角川SSC新書)


    (5)『遠野物語』(柳田国男著、角川ソフィア文庫)。社会のなかから作られてくる物語を追求することで地域が輝き、日本の文化を見直す機会になる。


    (6)『ジョークとトリック』(織田正吉著、講談社現代新書)




     ひらい しんじ 1961年生まれ。東大法卒。84年自治省(現在の総務省)入省。鳥取県副知事、総務省政党助成室長などを経て2007年4月から現職。

  • 平井氏(鳥取県知事)推薦図書

  • 発想の転換によってトリックがわかった時のアハ体験☆

    【紙の本】金城学院大学図書館の検索はこちら↓
    https://opc.kinjo-u.ac.jp/

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著者プロフィール

1931年神戸市生まれ。
1955年神戸大学法学部卒業。
以来テレビ・ラジオの演芸番組などの作・構成に当たる。
1977年「小倉百人一首」の成立に関して新説を唱える。
1988年、兵庫県文化賞受賞。
現在、園田学園女子大学短期大学部講師。関西演芸作家協会顧問。

「1985年 『マガリ君事件が五つ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

織田正吉の作品

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