ことばを失った若者たち (講談社現代新書 787)

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  • 講談社
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  • Amazon.co.jp ・本 (237ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061457874

感想・レビュー・書評

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  • 馴染みの古本屋の50均棚より発掘。偶々F・まろさんの薦めで、重松清の「娘に語るお父さんの歴史」に繋がる話として正にピッタリの題材本。表紙には「'80s現象」とある。80年代とはいえ、もう、30年前になった。自分の青春期真っ只中だった、いつまでも若いつもりでも世間は、そうは見てくれる訳でなし。自分を振り返る時期なのかなぁ、確かに平均寿命を既に折り返しているのも事実だし。確かに「今の若ぇ奴らは」って言い回しが、口から出るのも事実だし。アラ半だしね、あ〜あ、自分もそんなトシになっちゃったんだなぁ。今更ながら、そう思う。

  • 現実感、生、死....
    これらの喪失が齎すもの
    己自身は?他者は?
    何にさえも実感が無いのだろうか?
    無力感との関連性

  • 1957年に発表された加藤秀俊の「中間文化」論から説き起こして、1980年代までの若者たちの
    文化の流れがどこに向かっているのかを論じている本です。

    全共闘運動に参加した学生たちは、母性原理から抜け出すことがめざされながら同時に「甘え」を内包しているという点で矛盾を孕んでいたと著者は言います。こうした矛盾は、きちんと意識されることはありませんでした。学生と社会との分断は埋められることのないまま、「ことば」によるコミュニケーションの不信だけが進んでいくことになったと著者は言います。

    そのまま日本は80年代に消費社会の全面開花を迎え、あらゆるものが商品化・モード化されていくことで、若者たちの言葉が「モノ」の支配に服してしまうようになり、現実は変えられないという諦念が広がりつつあることを指摘しています。

    今となってはとくに目新しさのない消費社会論ですが、著者自身の体験を振り返りながら60年代にまで時代をさかのぼって、消費社会に生きる若者たちの感性の形成を描いていることに興味を覚えました。

  • [ 内容 ]
    一方通行、言いっぱなしの落書きや投書。
    アニメ・キャラクターに恋する女の子に、少女マンガに夢中の男の子。
    〈コトバ〉は宙に浮き、〈性〉の臭いは消えていく。
    「しょせん世の中なんて動かない。
    そこで楽しくやるしかない」圧倒的な現実肯定と無力感が若者をおおう。
    コミュニケーションの回路を失った彼らを通して日本社会の変容を分析する。

    [ 目次 ]


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  •  タイトルに惹かれて購入。BOOKOFFで105円で販売されていたので。

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著者プロフィール

本名・長峰利造。1924年7月10日青森県北津軽郡生まれ。尋常高等小学校高等科卒業。1936年発病。1941年10月8日栗生楽泉園入所。1953年失明。詩集に『津軽の子守唄』(1988年 編集工房ノア)、『ぎんよう』(1991年 青磁社)、『無窮花抄』(1994年 土曜美術社出版販売)、『タイの蝶々』(2000年 土曜美術社出版販売)、『鶴の家』(2002年 土曜美術社出版販売)がある。『盲目の王将物語』(1996年 土曜美術社出版販売)。

「2002年 『ハンセン病文学全集 2 小説二』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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