新・学問論 (講談社現代新書 936)

  • 講談社 (1989年2月20日発売)
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Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784061489363

作品紹介・あらすじ

「豊かさ」と「等しさ」に染めあげられた高度大衆社会のなかで、相対主義の風にさらされ、方向喪失と価値喪失にあちいった学問の世界。みずからその渦中にあって、アカデミズムの荒廃と頽廃にきびしく対決してきたが著者が、体験を踏まえつつ、めざすべき新しい学問のあり方を大胆に提言。「知」の現状にあえて一石を投じた注目の書。

みんなの感想まとめ

学問の現状とその未来に対する深い考察が展開されている本書は、専門主義の限界や相対主義の影響を鋭く批判しています。著者は「人間観の公理」を基に、学問領域の境界を明確にし、共通の基盤を持つことの重要性を説...

感想・レビュー・書評

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  • 学問領域の境界を決定付ける要因は何なのか?この問いに答えられる人はどれだけいるだろうか?私は長年この問いに悩んでいて数多の大学関係者に問うた事があるが、まともな回答を得られた事がない。が、本書を読んでようやく霧が晴れたような気がした。その答えは「人間観の公理」である。
    また、著者は専門主義のタコツボ化を危惧し、共通公理(基本論)を提唱する。それは「言語人としての人間観」である。また言語を巡る懐疑と信念の平衡のための知恵としてガダマーやリクールの解釈学(歴史的了解)の活用を提唱する。このようなトータリティー(学際的)なアプローチの重要性は叫ばれつつも一向に実現される気配がない。つまり、専門主義者は学問領域の境界などという問題を考える事すらしない証左でもある。
    さらに著者はポストモダンの相対主義の跋扈を批判し、究極的価値への志向性を肯定する。この答えは慣習や伝統であり、著者の保守性の現れでもある。私自身、相対主義の洗礼を受けているので耳の痛い話でもあり、また究極的価値を否定したい気持ちも残ってはいる。が、著者の言う究極的価値に硬直性はない。パースを引き合いに出し「諸科学の科学」を重視している点はプラグマティズム的要素も感じられる。
    本書は中沢新一採用問題で著者が東大を辞めた直後に書かれた本で、大学(学問・学者)への危機感が随所に表れているが、出版された30年以上前の状況と現在は何も変わっていないどころか、さらに悪化しているようにすら思える。

  • 著者は、解釈学における先行把握の必要性や、ウィトゲンシュタインの意味の使用説、科学哲学における観測の理論負荷性、クーンのパラダイム論など、さまざまな哲学的知見に依拠して、伝統と言葉の重要性を論じています。とりわけ人文・社会科学においては、対象が価値や規範といった意味的な次元に関わっているため、言語の重要性は際立っていると著者は言います。

    一方自然科学は、対象の特定の側面を切り取って分析するものであり、対象の全貌を明らかにするものではありません。また、学際的研究と呼ばれる活動は、往々にして個別科学の成果をつなぎ合わせたものにすぎず、対象のトータルな把握を可能にするものではないと著者は論じます。さらに著者は、特定の見方がとめどなく拡大するとイデオロギーになり、さまざまな見方の並立状態がポストモダン的な相対主義に陥ることを明らかにします。

    こうした学問の閉塞状況を打開するためには、「言語人」(ホモ・ロクエンス)という立場から、対象を特定の視点から切り取る個別諸科学を共約可能にし、コミュニカティヴにすることが求められていると著者は主張します。

    確か著者が東京大学を辞任したのは、中沢新一を招聘する人事を、ウェーバー研究の泰斗である折原浩らが潰したことに端を発していたと思いますが、そうした大学のあり方に専の分化とそれに伴う閉鎖性を感じたことが、本書の執筆の動機となっていることが見て取れるように思います。

  • (1989.08.29読了)(1989.02.26購入)

    ☆西部邁の本(既読1980年代)
    「蜃気楼の中へ」西部邁著、日本評論社、1979.06.10
    「経済倫理学序説」西部邁著、中央公論社、1983.03.10
    「ケインズ」西部邁著、岩波書店、1983.04.14
    「大衆への反逆」西部邁著、文芸春秋、1983.07.01
    「生まじめな戯れ」西部邁著、筑摩書房、1984.07.15
    「大衆論」西部邁・富岡多恵子著、草思社、1984.07.20
    「論士歴問」西部邁著、プレジデント社、1984.10.10
    「幻像の保守へ」西部邁著、文芸春秋、1985.07.25
    「ビジネス文明批判」西部邁・長崎浩著、作品社、1986.04.10
    「大衆社会のゆくえ」西部邁著、日本放送出版協会、1986.07.01
    「六〇年安保」西部邁著、文芸春秋、1986.10.30
    「批評する精神」西部邁著、PHP研究所、1987.06.24
    「貧困なる過剰」西部邁著、日本経済新聞社、1987.09.21
    「大錯覚時代」西部邁著、新潮社、1987.10.20
    「剥がされた仮面」西部邁著、文芸春秋、1988.07.20
    「烈々豪々人生学」西部邁・加藤尚武著、理想社、1988.11.30
    「学者 この喜劇的なるもの」西部邁著、草思社、1989.06.09

  • [ 内容 ]
    「豊かさ」と「等しさ」に染めあげられた高度大衆社会のなかで、相対主義の風にさらされ、方向喪失と価値喪失にあちいった学問の世界。
    みずからその渦中にあって、アカデミズムの荒廃と頽廃にきびしく対決してきたが著者が、体験を踏まえつつ、めざすべき新しい学問のあり方を大胆に提言。
    「知」の現状にあえて一石を投じた注目の書。

    [ 目次 ]
    序 崩れゆく学問
    第1章 学問の精神史
    第2章 科学の拡散と閉塞
    第3章 諸科学の重層的連関
    第4章 科学における記号と意味
    第5章 相対主義の跋扈と錯乱
    第6章 学生の退屈と苛立ち
    第7章 学者の病理
    第8章 大学の未来
    終章 大学との闘争

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    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

  • バブル時代だからこそ、馬鹿な大学生とかが気になったのだろう。
    アカデミズムの荒廃、廃頽を嘆いている。
    本を読むこと、勉強すること。学際も重要だが、専門知識を見に付けよう。

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著者プロフィール

西部邁(にしべ・すすむ)
評論家。横浜国立大学助教授、東京大学教授、放送大学客員教授、鈴鹿国際大学客員教授、秀明大学学頭を歴任。雑誌「表現者」顧問。1983年『経済倫理学序説』で吉野作造賞、84年『気まぐれな戯れ』でサントリー学芸賞、92年評論活動により正論大賞、2010年『サンチョ・キホーテの旅』で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。『ソシオ・エコノミクス』『大衆への反逆』『知性の構造』『友情』『ケインズ』など著書多数。

「2012年 『西部邁の経済思想入門』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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