自由の悲劇―未来に何があるか (講談社現代新書 1024)

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  • Amazon.co.jp ・本 (241ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061490246

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  • ベルリンの壁が開放され、ソ連が崩壊して、東西冷戦は終結した。だが、かつての東側の諸国の人びとは、あっけなく与えられた「自由」を喜んで受け入れることができるのだろうか。西側の国々に目を向けると、選択の自由が果てしなく広がったためにかえって何を選択してよいか分からないという、「自由」の自家中毒ともいうべき状態に陥っているのではないか。

    著者は前著『ヨーロッパの個人主義』に引き続き、自身の体験した例をあげながらヨーロッパの人びとの精神に浸み渡っている辟易するほどの個人主義の実態を語る。だが本書は『ヨーロッパの個人主義』とは異なり、そうした彼らのうちに強靭な個人主義を見いだすよりも、「神の死」以後の世界のありようを見ている。個人の自由はもはや普遍的に妥当する価値ではありえない。普遍的な価値の没落を目にしたニーチェは「神は死んだ!」と叫んだ。それにも関わらず、人びとはあたかも自由が普遍的な価値であるかのように振舞っている。かつて普遍的な価値と信じられてきた「自由」は、いまや硬直した固定観念に成り下がってしまっているのである。

    著者は、いっさいの障害が除去されなければならないと声高にみずからの権利を叫ぶ現代の文明社会に生きる人びとに愛想を尽かしたかのように、森鷗外の『安井婦人』に描かれた一人の女性の生き方に思いを馳せている。そこには、みずからの「宿命」を従容として受け入れた人生の形が示されている。

    森鷗外の描くお佐代の生き方は訴えてくるものがあるように感じるが、そこから著者のように文明に対する批判の言葉へとつなげてゆくことには反発も感じる。いわんや女性の解放を訴えるフェミニズムの浅薄さと比較するに至っては、みずからの「宿命」を静かに受け容れる生き様からほど遠いという気がする。「宿命」というのは、あくまでも自得すべき言葉であって、他者に向けるべき言葉ではないと、個人的には思う。

  • [ 内容 ]
    民衆のやみがたい「自由」への渇望が引き起こしたソ連・東欧圏社会の解体。
    開かれすぎた「自由」がもたらす病理に悩む西側先進諸国。
    はたして自由とは何か?
    逆説と不毛をはらむ現実を鋭く抉りだす。

    [ 目次 ]
    ●自由の衝撃
     自由を知らざる者の幸福
     自由主義社会の新しい不自由
    ●自由の混沌(カオス)
     融通のきかない原則尊重主義
     「神の死」とヨーロッパの解体
    ●自由の教義(ドグマ)
     壁にぶつかったアメリカの「自由」
     ロマン主義的「精神の王国」ドイツ
    ●自由の砂漠
     無国籍型自由人の自己欺瞞
     「語るべき時」と「黙すべき時」とを知れ

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著者プロフィール

西尾 幹二(にしお・かんじ):1935年、東京生まれ。東京大学大学院修士課程修了。ドイツ文学者、評論家。著書として『国民の歴史』『江戸のダイナミズム』『異なる悲劇 日本とドイツ』(文藝春秋)、『ヨーロッパの個人主義』『自由の悲劇』(講談社現代新書)、『ヨーロッパ像の転換』『歴史の真贋』(新潮社)、『あなたは自由か』(ちくま新書)など。『西尾幹二全集』(国書刊行会、24年9月完結予定)を刊行中。

「2024年 『日本と欧米の五〇〇年史』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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