- Amazon.co.jp ・本 (226ページ)
- / ISBN・EAN: 9784061491236
作品紹介・あらすじ
自己と全宇宙との合一をめざし、3000年の「聖なる」思索を重ねたインド。壮大にして精緻な精神のドラマを、1巻に凝縮する。
感想・レビュー・書評
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難しい。しかし興味深い。気になっていた単語であるリグヴェーダ、ウパニシャッド、バラモン、ブラフマン、仏教、ヒンドゥー教あたりの関連性が分かった事が収穫。深く理解した後で改めて読んでみたい。
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本書のテーマは「自己と宇宙の同一視の経験」である。一口にインド哲学といっても,その起源と派生は多岐にわたるもので,本書はそれらを一通り整理したものと見てよいだろう。理解したいのなら,まずは起源となるヴェーダとウパニシャッドから始めるのがいいと思う,古典作品に触れるのも面白い。
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さっぱりわからんものだということがわかる。
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ブラフマンとアートマンの関係をめぐって展開されるインド哲学を、「自己と宇宙のの同一性の経験」という枠組みにそって紹介している入門書です。
ウパニシャッド哲学から仏教の誕生を経て、中観と唯識を中心とする大乗仏教の展開まではもちろん、その後のバラモン哲学の発展まで、わかりやすく紹介しています。サーンキャ哲学やヴェーダーンタ哲学については、図を使った簡明な整理が与えられています。 -
同著者による「ヨーガの哲学」よりさらに広くインド哲学全般を概観したもの。哲学と宗教との関係が理解できる。
哲学あるいは宗教について少しでも触れてみると、自分と他者、というよりも「自分以外のもの」あるいは宇宙といったものの連続性、そういったものを認識することができれば、少し物事に対する不満や怒りも緩和するかもしれないといった微かな期待を持ってしまう。しかし当然ながら、ちょっとかじったくらいでは理解できないし、その片鱗にすら触れることすら難しい。こうしたお堅い分野の書籍は一生を掛けてでも長く付き合う必要がある。
本来、あるいは古来から人間は生きていく過程で目指すべきものをあれこれ模索し、それに悩みつつも邁進していくことによって、生活にメリハリを作っていったようにも思う。しかし今では他人、とくに一部の人間の承認を得られなければ生きていけないような状況に放り込まれ、それ以外のことに視線を動かすことすら許されないような環境を強引に形成しているような気がする。
おそらくほとんどの人は「インド哲学」というよりも古くから人間が営んできた「考え方」に触れることもなく一生を終えるのだろう。それはそれで幸いなことだと思うが、心しておくべきは、そうした考えに触れなかったゆえにできた「空白」を誰かに利用されてしまう危険である。選択する機会すら与えず、自らの都合のよい方向へ誘導し、そうした「仲間」にさらなる「仲間」を増殖させる、その結果出来上がる世界は非常に醜い。そうならないためには、我々一人一人が選択すること、あるいは考えることを面倒がることなく追求していくことではないだろうか。誰かに言われるがままに他者を蹴落とすことではない「闘い方」もあるのである。 -
はじめてのを謳う割にかなりわかりづらかったです
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東洋思想を学んでいくと、多かれ少なかれインド哲学が関係してきますが、そんなインド哲学が何を問題にしてきたかをお手軽に知れる一冊。
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他の宗教感覚で読むとさっぱりわからん
絶対的存在、真理の不在がここまで難解にさせるとは...
でもね、ものすごい「生きる力」を感じる
良さを求める積極的な思想だった
不思議な魅力をもっている
興味、関心を喚起させる良い本 -
神を世界それ自体として求めても、世界から超越した創造者としては求めなかった。