20世紀言語学入門 (講談社現代新書)

  • 講談社
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  • Amazon.co.jp ・本 (228ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061492486

作品紹介・あらすじ

言語の「構造」の発見が20世紀の知を変えた。言語学革命の核心と巨大な影響に迫る。

感想・レビュー・書評

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  • 表題のとおりに20世紀言語学の概観、及び言語学が何を考えようとしてきたのかが、要領良く紹介された格好の入門書。ソシュールに始まり、プラーグ学派、コペンハーゲン学派、はたまたロマン・ヤコブソンとレヴィ=ストロースの運命的な出会い。そしてロラン・バルトからチョムスキー、さらにはその先までをも展望する。また、次のような例に見られるように、説明もなかなかに巧みだ。例えば「伝達の記号学」を発信者の意図を中心とした「作者の記号学」、「意味作用の記号学」を解釈を中心とした「読者の記号学」と比喩的に語ってみせるのである。

  • 残念ながら本書はただの入門書となってしまっている感は否めない。個人的に良質な入門書はあまりがっつかずに特定の人物や思想などに限定して述べていくものの方が実は内容が充実していることが多い。なぜなら、入門書を読む読者には空白を生める知識がないために、要点だけ掻い摘んでぱっぱっぱと説明されてしまってはその知識が生きてこないのである。結局のところ別の書物を読むときの空白的知識としてか生かされず、それだけではわざわざ本著を読む意義は限りなくうすいと言わざるを得ない。例えば全編をソシュールを基軸としてソシュール的に解釈していくくらいのことはしてくれてもよかったと思うのだけれど、そのあたりはどうなのだろうか?確かにあとがきにあったように、ゲーテやシェイクスピアを読んだことがないのに、彼らは天才で素晴らしい作品を作り上げているという知識だけが独り歩きしていることは多々見受けられる。個人的にはシェイクスピアはそれほどすごいとは感じない。少々大げさすぎるし肌に合わないところがあるゆえだ。それでも彼の詩的な感性は凄まじいとは感じるし、流れるような言葉にひきつけられるのも事実。だが、世界一の劇作家かと言われるとそうではないような気もする。こうしたところからは著者の指摘はかなり的を射ているように思われるが、しかし、何かを基軸にしなければ読者はついていけないのである。哲学を学ぶときも、結局は誰か特定の人物や思想を基軸にしていくことで他の人物や思想を理解していく人が多いし、実際にそうでもしなければ理解できないのではないか?結果として著者ですらよくわかっていないのではないか?といった疑いを抱かれても仕方ない内容である。

    とはいえ、個人的に解釈するならば言語学の流れは基本的にはソシュールひとりで解せるだろう。ソシュールはラングとバロールという二つの分類をわけた。ラングは言語体系であり、バロールはメッセージのようなものである。ソシュールはさらにラングをシニフィアンとシニフィエに分類する。シニフィアンはいわゆる音素や音節などといったものであり、シニフィエは意味的な要素である。結局のところ言語学が歩んだ道筋はこの、シニフィアン→シニフィエ→バロールへと重点が移っていったということになるのではないか?と思われる。無論それぞれの定義がずれたりそれぞれの意味合いがずれてしまい侵食しあったりなどしているのでややこしいし、同じ問いが別の形で繰り返されたりもしているのでなおややこしいのだが、簡単にまとめると、まず、シニフィアンに焦点が当たる。これはシニフィエという意味はその場その場で変わりうるし体系だてるのが困難なのでシニフィアンが重視されたのである(乱暴だけれど)。その後、シニフィアンには意味が含まれないという限界にぶち当たり(当たり前の限界)、シニフィエへと重点が移るがやはりシニフィエをまとめきれずに難儀する。おまけにシニフィエは誰がどの場面で使うかによって変動するのでバロールが重要視されるようになる。そして、結局のところ何がわかったのかと言われれば言語を捉えることは非情に難儀するということであり、シニフィアンシニフィエバロールそれぞれにある種の記号論的分類や分解がなされるものだからなおのことややこしい(ややこしいをどれだけ連呼したのかわからないくらいややこしい)。ちなみに哲学において言語学がこれほど重点だって述べられているのは、それまでの哲学は真理への志向性が強かったが、現代はその真理が言語によって述べられているだけだといった理由によっているのだろう。つまり言語という前提なくしては哲学は成立しえないのである。だが、それに対して、デリダは言語学について議論していく中でも哲学的な命題にぶち当たると述べている。哲学が言語によって成っているから言語学を追求しているのにそこに哲学が必ず入りこむのだから元も子もなくなっているという始末だ。おまけにアメリカ学派はコンピュータ理論で言語を説明しきろうとしているのだから、哲学の機械化みたいな感じでなんとも嫌らしい、と言うほうが嫌らしいのだろうか?

  • 言語学入門というより、20世紀の言語学史。

    ラングとパロール、音素と形態素、構造、言語行為説など、言語学の重要概念の解説は、割と少な目かも。
    どちらかというと、学史を整理した本だと考えた方がいいかもしれない。

    だとしても、読んでよかったと思う。
    その考え方がどういう背景を持っているか知ることができるから。
    例えば、ソシュールがどのような学問的伝統の中で、それにどう抗ってあのようなことを考えたのか知ることができる。
    プラーグ学派、コペンハーゲン学派なんて、名前しか知らんかったけど、ここで音韻、音素の方面で形式化を進めた、主観を排して分析する方法を試行したということも朧気ながら理解できた。

    それから、現代の言語学にとって、意味を扱う方法の確立にかくまで苦労していたということもわかる。
    科学主義の時代、それを切り捨てることで学問にするという動きがある一方で、やはり意味を扱わないのは言語の重要な側面を切り捨てることにもなる。
    この問題、やればやるほどドツボにはまるようでもある。
    が、一方では人工知能のかかわりで、どうしても意味の問題を外すわけにはいかない昨今。
    本書が書かれた90年代半ば。
    そのころから、状況は変わったはずだ。
    今なら、どんなページが付け加わるのだろう。

    良い本なので、一つだけ、要望したい。
    指示語に準じるフレーズ(「後者」「もう一面」など)がどこを指しているかわかりにくいところがある。
    自分の読み方が甘いせいだったら申し訳ないけれど、何度読み直しても確定できないところが数か所あった。
    あと、文献リストも欲しい。
    「強制的観察」って、ヤコブソンのどの本に出てくるの?
    あ…要望は二つだった。

  • 94円購入2013-01-10

  • 再読。ソシュール言語学から構造主義、記号論への展開について、論理的なストーリーによりまとめられている。西洋思想を理解する上でもオススメの一冊

  • 1995年刊行。

     ソシュールに始まる言語学につき、欧州構造言語学・アメリカ構造言語学、構造主義(レヴィ・ストロース→構造主義カルテットのフーコー、アルチュセール、ラカン、バルト)、記号論、生成文法(チョムスキー)から意味論、語用論に拡大していった。このプロセスを簡明に説明し、一気読みが可能。
     この一冊で判ったなどと私のような素人が言えるはずもないが、少なくとも端緒の書としては非常に意義深いものと思う。

     ところで、アメリカ構造言語学が欧州のそれとは独自の展開を見せたのは、北米原住民の言語理解の必要性があったため、とのこと。

  •  規範文法、文献学、比較言語学といった旧来の言語を扱う学問分野から離れ、言語そのものが何であるかを問い始めたソシュールから始まり、そこから音韻論を中心に発展したプラーグ学派、コペンハーゲン学派というヨーロッパ構造主義言語学の起こり、一方で新大陸で発達した未知の言語の記述に立脚したアメリカ構造主義言語学とそこから出てくるレヴィ=ストロースの人類学、さらに記号論、そしていよいよ生成文法、最後は語用論、社会言語学といった範囲まで、20世紀言語学の発達を概観するもの。構造主義から「構造をいかに動的なものとするか、あるいはいかに開くか」(p.149)という流れ、意味を徹底して捨象してきた生成文法から「自己限定の果てにその外部を指し示すように」(p.200)という流れが分かる。
     おれが大学2年か3年の時に頑張って読んだ本だったが、たぶんこのブクログを始めるよりも前に読んだ本で、レビューが書かれていないこともあったし、最近言語学の勉強をしていないのもあって、今回あらためて読んだ。「入門」といっても容赦ない。色んな言語学者の名前が次々に出てきて、ただこんな感じです、で終わるのではなく、それなりに思想の要点が分かりやすく書かれているが、難しい。おそらく本当に言語学や思想史を知らない人が読む本としてはキツイんじゃないかと思った。
     印象的なのは「ソシュールのペシミズム」(p.39)。言語を研究対象にする時に、それを語るのに必要な言葉自体が研究対象になってしまうという、どうにもならない感じが伝わって来た。「言語を問う言語、あるいは言語学を問う言語学者というものの姿」(p.39)の苦悩、というのが分かる。比較言語学のような「言語を自律的な学問にする功績は、同時に、言語を実態的にとらえすぎる危険性をはらんでいた」(p.48)とか、「比較言語学はそれ自身が自己批判をして、一般言語学という立脚点を必要とするようになっていた」(p.49)というように、何か捉えやすいものを研究対象とすると、そんなに分かりやすくていいのか、みたいな批判が出てくるものなんだろうか。まずは音素から、その分布が云々と研究を始めると、そんなの分類論だと批判する人が現れ、意味はよく分からないからそんなの扱いません、と考えると、それを批判する形で、いや意味も考えましょうよ、という人が現れる、という感じだろうか。
     大学の時にチラッと聞いた多くの言語学者の名前が出てくるけど、当時から全然おれが整理できてないということに改めて気付き、いつかは自分の中で体系化できるように、もっと勉強したいと思った。(16/09/22)

  • 丸山圭三郎の高弟で、言語学のみならず哲学にも造詣の深い著者が、20世紀の言語学の潮流をたどりながら、言語学における革命が思想界に与えたインパクトを解説している本です。

    ソシュール言語学の影響を受けた、ヤコブソンらのプラーグ学派やイェレムスレウらのコペンハーゲン学派など、言語学プロパーの潮流はもちろん、からバルト、クリステヴァらへと引き継がれていったフランス現代思想への影響、さらにはブルームフィールドのアメリカ構造主義言語学からチョムスキーの生成文法に至る流れにもきちんと目配りがなされており、バランスのとれた入門書です。

    とはいうものの、やはりフランス現代思想に近い領域で仕事をしている著者ですので、とくにチョムスキーについての解説が不十分だという印象は否めないように思います。もっとも生成文法に関しては町田健らの手に取りやすい入門書も出ているので、個人的には著者が得意とする言語学と現代思想のつながりについて、もう少し突っ込んだ解説をしてほしかったように思います。

  • 意味というか象徴をとりあつかう実践者としては、言語学から学べることは多い。
    本書はその概論というか歴史を俯瞰したもの。
    そもそもの言語というものが思考のインフラであるがゆえに思弁には難しい対象ではあるが、初心者向けに丁寧に記述されていると思う。
    数回通読すれば概観は把握できるでしょう。

  • 授業で使用。

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著者プロフィール

1950年生まれ。中央大学理工学部教授。フランス文学・思想専攻。著書:『メルロ=ポンティと言語』、『20世紀言語学入門』、『日本語の復権』、『知の教科書 ソシュール』、『日本語を叱る!』、『メルロ=ポンティ 触発する思想』、『猟奇博物館へようこそ』ほか。訳書:ミシュレ『海』、ルピション『極限への航海』、プリエート『実践の記号学』(共訳)、メルロ=ポンティ『フッサール「幾何学の起源」講義』(共訳)、ドゥルーズ『哲学の教科書 ドゥルーズ初期』ほか。

「2015年 『知覚の本性 〈新装版〉 初期論文集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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