じぶん・この不思議な存在 (講談社現代新書)

著者 :
  • 講談社
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本棚登録 : 1721
レビュー : 145
  • Amazon.co.jp ・本 (180ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061493155

作品紹介・あらすじ

わたしってだれ?じぶんってなに?じぶん固有のものをじぶんの内に求めることを疑い、他者との関係のなかにじぶんの姿を探る。

感想・レビュー・書評

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  • 2021年積読本消化2冊目。カバーデザインが違う(1996年7月20日第1刷発行)

    難しい…。単語が難しい…。うまく言い表せない。
    ところどころ記号で解読不明だけど読んでいると私の中で用途不明だったピースがカチカチと音を立ててはまっていくのがわかった。きっと時間をおいて読むたびに合うピースが増えていくだろう。

    自分の不安の根源がすこし理解できた。いい加減に、いい歳していまだに自分探しをしている。それををやめよう。もうそういうのを手放して人の中に入って生きていこうとおもった。コロナ等で難しいこともあるけど。

    (勝手に解釈)
    石は磨かれない方が石らしい。磨かれて輝くと美しいけど初めに持っていたものがなくなってしまう。透明になってしまう。『ギヴァー』みたいに同一化されてしまう。探せば探すほど消えてしまうもの→自分 


    物語がおおきな役割を果たす。この本でも『人間の叡智』と同様に、物語が必要だと言ってて驚いた。アイデンティティというのは自分に語って聞かせる物語のこと。(96ページ)

  • じぶんの独創性はどこから来るのか。
    じぶんを見ることは出来ない。
    じぶんの考えも人から与えられたもの。
    他人から見た自分、人格。

    哲学、
    記憶、存在学。

  • 「私とは何か?」という哲学の問題を、やさしい言葉で論じた本です。

    著者は、固有の「私」というものを自己のうちに求めても、何も得られないと主張します。われわれはこの世界に生まれたときから、さまざまな他者とのかかわりのなかに存在しています。そうした他者とのかかわりを通して、ありえたかもしれない自分のあらゆる可能性を捨てていくことで、固有の「じぶん」は成立するというのが、著者の考えです。

    著者は、R・D・レインの『自己と他者』から、ひとりの患者のエピソードを紹介します。彼は、看護婦に一杯のお茶を入れてもらって、「だれかがわたしに一杯のお茶を下さったなんて、これが生まれてはじめてです」と語りました。ただ「誰かのために何かをする」ということ、そしてそれ以上でも以下でもないということは、ふつう考えられているよりもずっと難しいことだと著者は述べます。誰かに何かを「してあげる」という意識が働くとき、相手は単なる行為の客体とされてしまい、他者は自己の内に取り込まれてしまうことになります。こうした関係に陥ることなく、他者を他者として遇し、自己もまた他者にとっての他者として遇されるような関係のなかで、はじめて自己と他者の双方が固有の存在になることができると著者はいいます。こうして著者は、自己の固有性とは「他者の他者」となることだと主張します。

    ところで、自己の固有性は、ともすれば社会のなかで固定化されてしまうこともあります。しかし著者は、そうした状況から外へと出る可能性をさぐろうとします。ここで著者は、われわれの社会から、固有名や戸籍、国籍といった制度をいっさい廃止して、「私」「今」「ここ」のような状況次第で意味内容を変化させることばだけを使って会話する社会を想像するR・バルトの議論を参照しています。そこでは、われわれは固定化された「私」という檻から解放されて自由になるのだろうかと著者は問い、しかしそこでの自己とはいったい何者なのかという問題に直面します。こうして問題がふり出しへともどったところで本書の議論は打ち切られ、読者をさらなる考察へと誘います。

  • めちゃんこおもしろかった。なんというか、この本の内容を全然自分のものにはできていないんやけども、それでもおもしろかった。具体例が多くてすごくわかりやすいし、なるほどなーと思いながら読んだ。

    なんとなく世の中に蔓延してるこの空気。排除の心理とか、なんでそーいうことになるんやろ??と思うことが多々あるけど、そこになんとなく解を得た気がしたり。

    他者の他者としての自分。承認欲求とかさ、人に自分を理解してもらいたいって思う気持ちとかさ。そういう気持ちの理由がわかった。そうすることで自分を見つけるというか。なんというか人に影響を与えたいんやな。私も。みんなも。たぶん。

    じぶん、わたし、というものはほんとうに不思議な存在だ。。

    やさしい文書やったが、しかし哲学はむずかしい。やさしい哲学などないんや。。でも全然飲み込めなくても私は哲学が好きなんだ。。。

  • むちゃくちゃ面白かった。でも難しいテーマだから半分くらいは消化できてなくて、もう一度読んで、自分の中に落とし込んでいきたい。
    いまのこのコロナの状況だったり、SNSの誹謗中傷の件だったりに通じる内容だと思った。1人では生きていけない、という考えに懐疑的だったけれど、初めて少し納得できたかもしれない。


  • ・“遠い遠いとこ、わたしが生まれたよりももっと遠いところ、そこではまだ可能がまだ可能のままであったところ” (哲学者,九鬼周造)

    つねに一定のだれかであるために、ありえた自分をつぎつぎと捨てていくこと、特定の文化や社会的なイメージに自分を合わせていく作業が必要となる。それが、じぶんになるということである。

    でも結局は、我々は自分を自分ではわからないし、顔は直接みることもできず、何をしたいかもわからず、自分は他人の中にしか存在しない。

    それを証明できないと、不安になるけども、実はそれは自由の喪失ではないかもしれない。だれかであることをやめることによって、誰にでもなれる自由がそこにあるということ。”自分がぼやけることの心地良さ” 。

    誰かと親密になる中で、その人の中の自分がぼやけることを畏れたり、どう思われるかを終始気にしているのはとても疲れてしまう。
    誰かが定義する私が、自分になってしまうからだ。でも、その”わたし”はわたしが自分に語って聞かせるストーリーで、同じ人生でも、語り方によって、解釈のあたえかたで物語は変わる。ほんとはなんにでもないから、なんにでもなれる、そう思うと少し心が軽くなりました。

  • 「アイデンティティの衣替え」という言葉が一番しっくりと腑に落ちた。「他者の他者」であるために、様々な他者に合わせて付け替えている面...。そのことによって自身の生を、存在を感じる感覚...。没個性的な自身を詰るのはもうやめよう。

  • 本書のテーマはシンプル。それは「わたしってだれ?」「じぶんってなに?」である。

    九〇年代に流行ったのが「自分探し」。探せばどこかに自分の個性が存在するという前提で、ひとつのブームになった。しかしそんなものが本当にあるのか。

    教育動向の影響もあって、私達は「じぶんらしく」あることばかりめざしてきたのがここ20年。

    しかし、「じぶんらしく」あらねばならないという強迫観念から自由になる方法について考えてみることも大切だと著者は指摘する。

    自分の中を探せばどこかに「じぶん」らしさがあるというのは、単なる幻想にすぎない。なぜなら、固有な個性を表すのが形容詞だから。それは真にオリジナルな個性を表現できないことを意味している。そして「じぶん」という名詞だって一般名詞にすぎない。。

    自分の中を探しても「じぶん」は見当たらないし、単なるフィクションだ。

    だとすれば、どこにその契機を見出せばよいのか。
    著者は、「他者の他者であること」に注目する。

    「他者にとって意味のある他者たりえているかが、わたしたちがじぶんというものを感じられるかどうかを決めるというわけだ。母親に「この子とはそりが合いません」と言わせたら勝ちである。母親はいよいよ子どもを別の存在として認めたのだから。逆に、風邪で数日学校を休んだ後、学校に戻っても何の話題にもされなかった子どもは不幸である。他者のなかにじぶんがなにか意味のある場所を占めていないことを思い知らされたのだから。ときには恨まれ、気色わるがられたっていい。他人にとってひとりの確実な他者たりうるのであれば」。(146項)


    著者の文体は、専門書においてもエッセイのような柔軟さがあるが本書も非常に読みやすい「考える」本。できれば、中学生、高校生のうちに読んでおきたい一書。

    「自分探し」の落とし穴か抜け出すヒントが沢山ありますよ。

  • 課題書として読んだ一冊。なかなか面白かった。
    「他人の中の他人であるじぶん」の考え方は興味深い。

  • 古都昌子先生 おすすめ
    2【一般】104-W

    ★ブックリストのコメント
    自己と他者について、考えたり、悩んだりする時に読んでみてください。「じぶん」探し、「じぶん」再発見につながるのでは‥
    と思います。

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著者プロフィール

1949年 京都府生まれ.
[現職]大阪大学文学部教授.[専門]哲学,倫理学.
『モードの迷宮』ちくま学芸文庫,1996.『じぶん・この不思議な存在』講談社現代新書,1996.『ちぐはぐな身体』ちくまプリマーブックス,1995.『人称と行為』昭和堂,1995.『見られることの権利』メタローグ,1995.『だれのための仕事』岩波書店,1996.

「1997年 『原理論』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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