聖書VS.世界史 (講談社現代新書)

  • 講談社 (1996年9月20日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (254ページ) / ISBN・EAN: 9784061493216

作品紹介・あらすじ

天地創造から6000年で人類は終末を迎えると聖書はいう。では、アダムとエヴァより古いエジプトや中国の歴史はどうなるのか。ニュートンの時間概念はどうなるか。聖書と現実の整合性を求めて揺れ続けた西欧知識人の系譜。(講談社現代新書)


西欧は聖書の描く人類史とどう格闘したか。聖書では人間の歴史はアダム以後6千年で終末を迎える。ではエジプトや中国の古い歴史は何なのか、ニュートンの時間概念はどうなるか。西欧の世界観は揺れ続けた。

みんなの感想まとめ

聖書と歴史の交錯を探る本書は、キリスト教の教義がどのように西欧の歴史観に影響を与えてきたかを詳細に描写しています。天地創造から始まる聖書の歴史観が、エジプトや中国の古代史とどのように対峙し、変容してい...

感想・レビュー・書評

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  • 聖書をどう読んでも、天地創造からイエスの誕生までの間は5000年しかありません。
    聖書に矛盾しないように「歴史」を記述しようとするとき(普遍史)、イエスの誕生以前のイベントをその5000年に収納しなければならないという問題が発生します。
    この「5000年問題」に例外はありえません。
    なぜなら、天地創造以前には「時間」そのものが存在しないから。

    ところが、新たな文献の発見、地理的交流範囲の拡張(中国や北米)、自然科学の興隆、啓蒙主義の登場といった事件が突きつける、時間を遡るべき”新証拠”が、「5000年問題」を揺るがします。

    かくして、「聖書年代学というベッドにあわせて…(歴史)の時間を切り詰めよう」とする(「科学vsキリスト教」p204)、普遍史サイドの苦闘が展開されることになります。
    聖書ではご丁寧にもキリストの復活という「お尻」も決まっているので、過去のイベントを余裕をもってパッケージングしていると、すぐに「終末」が来てしまうことになります。
    あちらを立てればこちらが立たず、並大抵の工夫では収まりません。

    連続する王朝を並立していたことにする(鎌倉・室町・江戸の各幕府が同時に存在していたことにするような無茶な話)ぐらいは可愛いもので、都合の悪い国はなかったことにする、大した事業を行わなかった王を抹消する「ファラオの大虐殺」(本書p165。しかも犯人はあのニュートン)、◯◯王と☓☓王は実は同一人物だった、バージョン違いの聖書をもってくるなど、なんでもあり。
    しかもそこへカソリックvsプロテスタントの闘争も影を落として、大論争となります。

    21世紀に、しかもキリスト教化外の地に生きる者にとっては単なるつじつま合わせのための荒唐無稽な話に見えるかもしれません(実際、必死の辻褄合わせですが)。
    しかし、普遍史論争における両陣営のプレーヤー達はいずれも、当時の宗教・思想・科学界のスーパースターであり、そこから文献学などの学問が発達し、我々が使っている暦が生まれ、さらには始まりも終わりもない無限の「時間」が承認されたことも考え合わせると、ヨーロッパの思想風土の分厚さを再認識することになります。

    18世紀の終わりとともにヨーロッパにおいては普遍史は止めを刺されますが、話はそこでは終わりません。
    メイフラワー号とともに普遍史の残り火は新大陸を目指し、その構造を変えながらアメリカにおいて命脈を保ったのです。
    してみると、アメリカにおいて進化論教育の是非がいまだに論争のタネになることの遠因は、はたしてこれであったかと、想像を逞しくしたくもなります。

    さらに。
    アメリカでしぶとく生き延びた普遍史(的なるもの)は、翻訳歴史教科書の形を借りて、こんどは太平洋を越えて我が国へ渡ってきます。
    筆者の言葉を借りれば、「神代の歴史から叙述を開始する日本史の記述と『パーレー萬國史』(引用者注:アメリカで書かれた普遍史ベースの歴史書)は、神話を歴史に組み込むという点では同じ構成を有しており、両者は、共通の精神構造に基いているといえる」(本書p251)。
    この精神構造が妙な形で発現して、「(皇国史観を)取り戻す」ことにならなければ良いのですが…。

    人間の知性がキリスト教を乗り越えてゆく、歴史学における聖俗革命をめぐる一大ロマン。
    自然科学リーグの大奮闘を描いた姉妹編「科学vsキリスト教」とあわせて読むと、楽しさ3倍です。
    (本書に紹介されているキテレツな地図も良いですが、「科学vsキリスト教」に紹介されている穴居人や野蛮人のイラストは最高。)

    2冊合わせて、星4つ。オススメ。

  • 神様が七日で世界、そしてアダムとイブを作った。
    そこから始まる聖書の中の「歴史」観がどのように広がり小さくなっていったか。そんな本。
     だいたいの流れ
         ↓
    キリスト教の黎明期、キリスト教の正当化のために
    聖書より(古い)エジプトやメソポタミアの歴史をこねくり回しながら聖書に入れる
    そんな教父たち。
         ↓
    「海の向こうには何があるの?」「アジアの向こうはどうなってるの?」
    アジア人は首無しふたなり人間なのぉ!←(やや語弊あり)という世界観を
    最近の欧州人の心に植えつけた偉大なる聖書ベースの地図の話
         ↓
    大航海以後、欧州人の「世界」が広まった。新大陸を聖書的にはどうみなすか?
    中国の歴史ってめっちゃ古!という矛盾を解決してきた人たち。それに納得できなかった人たち。
    宗教改革やルネサンスを経た欧州に!聖書的歴史観の危機が訪れる!!!!
    パスカル、ホッブス、モンテーニュ!あなたの歴史観きかせてね!
     ニュートン「エジプトの歴史長すぎ、大して何もしてない王様は省く。異論は認めない。」
         ↓
    エジプトのこととか聖書のバージョンによって年代違う。マジで泣きそう。
    聖書は聖書、歴史は歴史。そんなアウトな考えをし始めた時から、「世界史」のはじまりはじまり

     聖書ってどれだけ西洋人の思想を支配してきたんだろう。凄いと思う

  • 西洋古代~近代におけるキリスト教的歴史観、「普遍史」の発展と衰退とを解説した書。聖書に基づく人類史として生み出された普遍史が現実の歴史をどのように記述していったのか、その二者の間の齟齬をどのように処理しようとし、そして瓦解していったのかを詳説する。
    本書は、聖書に基づく西洋の歴史観である普遍史を、主に近世~近代における動揺の時期を中心に紹介したものである。キリスト教的歴史・世界理解の方法とも言える普遍史は、天地創造やノアの洪水などの聖書の記述を軸に(西洋人にとっての)普遍的な人類史を組み立てて行こうとする試みであった。アダムに始まる人類の歴史は預言者ダニエルの説いた四つの帝国を経て黙示録の終末に至るものであり、その中においてキリスト紀元や「化物世界誌」といった概念が西洋人の世界観として構築されていった。
    しかしその一方で、聖書の記述と現実の歴史との間には易々と解消することの出来ない齟齬・矛盾が存在していた。古くは創世紀元を大きく超過してしまうマネトのエジプト史に始まり、聖書の想定していない「新大陸」や中国文明の発見、果ては文献的研究の進展に伴う聖書の記述そのものの信憑性疑義など、歴史を経るにつれ普遍史の権威は大いに揺らいでいく。多くの学者がこの齟齬を解決しようと様々な理論・歴史記述を呈するも根本的な解決には至らず、遂に18世紀のシュレーツァーを以ってして普遍史は「世界史」へと瓦解していく――その一連の流れに焦点を当てて解説しているのが本書である。
    本書の内容で興味深かったのは、「聖書に基づく」普遍史において聖書の記述の取捨選択が行われてきたという事実と、中国史など聖書の枠外にある地域・文明を聖書の記述の中に包摂しようとした諸々の試みである。聖書にも記述のあるはずの新アッシリア帝国や新バビロニア帝国が(『ダニエル書』に基づく四世界帝国論を説く)普遍史においては無視されている件や、また中国史の古さを解決しようと中国の歴代皇帝を聖書の登場人物に対応させていく(例:伏犠=アダム)といったことは、まさに自らの文化・価値観の下で他者をどのように描写するか(その過程で他者をどのように改変していくか)ということと深く結びついていると感じられた。

  •  著者は現さいたま大学名誉教授。本書は古代ローマ時代に発した聖書を絶対視する史観(「普遍史」)が、伝統的西欧世界がその外部の受容を余儀なくされた中世以降、中国史やエジプト史などの聖書と不整合な史実からチャレンジを受け変容していく過程を詳述したもの。

     ホップス、スピノザ、シモンらの文献批判による聖書記述の相対化、ニュートンが発展させた理神論による時間・空間の「無意味化」などの〈外からの圧力〉だけでなく、著者の専門である18世紀ドイツ・ゲッティンゲン学派が展開したカトリック/プロテスタントの対立を巻き込んでの〈内からの圧力〉により普遍史観が自己崩壊した、というのは中々説得力があって面白かった。

     中世以前の普遍史観による異郷の生物や文化(中国・日本も当然ここに含まれる)の想像力たくましい描写がいかにもエキセントリックで、ここを読むだけでも結構楽しめる。なお本書が執筆された90年代は、記紀などの神話を義務教育に取り入れようという保守的機運が高まった時代であり、本書終章で神代の記述が歴史学から排除されずに残っていた19世紀日本の状況に触れるのはこういった背景もあってのことと推察。

  • OK2b

  • 中世の修道院を舞台にした映画を見てたらよく、えらい修道僧などが一本のろうそくの光だけをたよりに、夜っぴてせっせと何か書きつけている。あれはいったい何をしているんだろうとかねて疑問に思ってたら――歴史を改竄してたのね……とほほ。
    その必死さはまさに『1984年』のビッグブラザーなみ。なにしろ聖書の設定ありきで人類史を矛盾なく説明しようとしたら、アタマ(人類創生)が決まっちゃってるもんだから、それより古いエジプトや中国の正史も、無理からにその中に詰め込まなくちゃならない。それからおシリ(その6000年後の終末)も特定されていて、そうなるともうローマ時代末期の時点でさえ、人類の終末は目と鼻の先に迫ってきちゃってるのだ。Oh,my God!

    ……今回のレビューは、本書でも登場する啓蒙思想家ヴォルテールの言葉で締めておこう――われわれの歴史とは公認された作り話に過ぎない。

  • 興味深いが、少々マニアック。

  • 20190130

  • 第一章 普遍史の成立
    第一節 聖書の描く人類史
    第二節 キリスト教年代学と普遍史の成立
    第二章 中世における普遍史の展開
    第一節 キリスト紀元の発生
    第二節 中世における普遍史叙述
    第三節 中世の化物世界観と普遍史
    第三章 普遍史の危機の時代
    第一節 ルネサンスと普遍史の危機
    第二節 宗教改革と普遍史の危機
    第三節 大航海時代と普遍史の危機
    第四節 中国史の古さの問題と普遍史の危機
    第五節 科学革命と普遍史の危機
    第六節 年代学論争
    第四章 普遍史から世界史へ
    第一節 啓蒙主義的世界史の形成
    第二節 普遍史の崩壊
    第五章 普遍史と万国史
    第一節 『史畧』と『萬国史畧』
    第二節 明治政府と万国史

  • 新書文庫

  • 聖書の記述に基づいて書かれた「普遍史(Universal History)」はいつから「世界史(World History)」となったのか。年代学そのものの歴史を辿る。それは、ヨーロッパの人々が世界をどう理解してきたかを辿るということ。
    ローマ期には、"人類史6,000年間"の観念が定着し、年代には創成紀元が使われるようになる。
    キリスト紀元は、もとは復活祭の日を決めるという教会行事上の必要から、525年に発生した。
    聖書の記述と矛盾するエジプトや中国の歴史の古さの問題は、やがて年代学論争に繋がった。
    18世紀頃には普遍史の息の根は止められ、世界史の叙述がなされるようになる。

  • 薦められて購入。

    キリスト教権威のよりどころである聖書が、次々に現れる科学的事実といかに争い、あるいは妥協し、最後には敗北する歴史。

    独善かつ排他的な新興宗教として出発したキリスト教が、迫害を乗り越えてローマ帝国皇帝を洗脳し、世俗界を支配するためには「武器」としての理論武装(言いくるめ)が必要だった。

    論理矛盾があろうと科学的事実を突き付けられようと、自分だけが正義だと言い張り、相手を論破しないと生き残れなかった西欧キリスト教世界と、調和と良心に従い受け入れられるものは受け入れた日本。勝てるわけがない。

    南鮮に似非キリスト教が多いのも納得。

  • 正直言って当方の素養の無さからくることだが、面白いかどうかの議論の前に内容を咀嚼し切れない。
    従って評価を下す立場ではないとは自覚しつつ、野心に溢れた書物ではないかな?
    欧州中心主義の思考はよく分かりました。

  • 聖書を文字通り字句通りに理解する時代にあっては、エジプトそして中国の歴史の古さをどう解決するかを真剣に悩んだということは確かに考えられることです。創造紀元で年数を数え、ADやBCという考え方が意外と新しい時代のものであるということは想像もしなかったことで、新鮮でした。6世紀のディオニシウスという修道士が525年にキリスト紀元を導入し、3月25日(日)を復活祭と定めた、そして3月25日が天地創造の日、受胎告知日とも考えられていたということも初耳で興味深いことです。また新大陸発見のキリスト教への影響、法王が「インディアンも私たちと同様の真人間」と1537年に宣言する意味も、教会が揺さぶられたからだと思う。そこにまでノアの大洪水が及んでいたのかという深刻な問題だったからである。中国史に洪水が登場しないことも同じ問題を教会に与えていた。今では考えられない話しです。

  • 聖書が語る歴史と、教科書的な世界史が矛盾していることについてずっと気になっていた。なにしろ世界的なベストセラーである聖書に記載された歴史なのだから、矛盾をどのようにこれまで理解、解消されてきたのか知りたかった。
    結果として解消は諦められたのですね。中国やエジプトが説明のつかないほどとんでもなく古い歴史を有していることを発見し聖書に取り込むことを諦め、歴史家の解釈によって年表がずれてしまう創世記起源の年号を諦め…
    これが18世紀のことだということは、19世紀に「神は死んだ」と言われる前に神は瀕死の重傷を負っていたのかもしれません。その前後に地動説の市民権獲得もあるわけですし…

  • 「聖書に出てくる世界&人間の創造と、それより古い中国史etcの
    折り合いをつけるために西洋人が四苦八苦する話」と聞いて
    おもしろそう!とお借りしたら、かなり難解でした。
    でも年末年始の課題図書と位置づけて読破。

    ニュートンが329名のファラオを「虐殺」することによって
    エジプト史の膨大な長さと聖書のつじつまを合わせた、
    という所から私はやっとエンジンがかかった感じ。笑

    世界史って、当たり前のように自明の年号だと思っていたけど
    (だからこそ暗記できたりしたんだろうけど)
    そこには何を信じるか(ここではキリスト教の価値観とか)が
    色濃く出てくるもので、今わかっている歴史っていうのも
    かならずしも固定されたものとはかぎらないんだなというのは
    大きな発見でした。

  • テーマは、誰でも一度はふっと興味が湧く事柄です。
    でも読み物としてはちょっと退屈でした。
    中国の歴史が聖書よりも古いので西欧の人たちは困り果てた、というあたりの話が面白かった。

  • なぜこの本を買ったのか、読みながら不思議になってしまった。思い返してみると「キリスト教史」「神学史」を知りたくて数冊買ったうちの一冊だった。しかし、自分の目論見と別に、キリスト教がどういうふうに聖書に基づいて世界史を取り込んだか、のようなことが書かれていて、正直「別に」という感じだった。この書自体の質の可不可ではなく、私の興味という点ではハズレ。

    11/12/13

  •  キリスト教がどのように世界の歴史を認識してきたのか、という過程について論じた本。聖書の世界の歴史は”普遍史”(Universal history)と訳される。

     周知の通り、キリスト教はローマ帝国でその地位を磐石とするまで、帝国や異教徒から迫害を受けてきた。その対抗手段の一つで作られたのが普遍史で、教父・アウグスティヌスが天地創造→人々が原罪を背負う→救済→”神の国”実現の過程として作る。

     中世には神聖ローマ帝国のフリードリヒ1世(バルバロッサという通称で有名)の叔父にあたるオットー・フォン・フライジンク司教がローマ帝国の後継者として中世普遍史を完成させる。

     普遍史の転換期が訪れたのは近世。天動説や自分たちの世界の外には化け物が住んでいるといった既存の価値観が否定され、聖書の世界観、歴史観が危機を迎える。モンテーニュが『随想録』で中世普遍史の絶対性を否定し、ヨーロッパとアジアを相対化したように。

     中国史を研究したマルティニは『中国古代史』で中国の神話上の伝説的存在だった伏羲の代から史実に認定するなどして普遍史を再編しようとしたが、この動きは時代の流れから見れば、蟷螂の斧に過ぎなかった。

     啓蒙思想家のヴォルテールの時代となると人間の理性、進歩史観といったことが強調され、19世紀にシュレーツァーが『世界史』で人類史を6000年とし、天地創造を否定することで、ようやく歴史の叙述と信仰が切り離された。

     全体として、キャッチーなタイトルと異なり、実直な内容の新書である。この本に登場する歴史の当事者たちは、自分たちの知りうる世界の外に別の文明、文化体系を持つ人々が存在するという事態に直面してきた。私はこの本を読んで、そういうことに思いを馳せた。

  • [ 内容 ]
    天地創造から6000年で人類は終末を迎えると聖書はいう。
    では、アダムとエヴァより古いエジプトや中国の歴史はどうなるのか。
    聖書と現実の整合性を求めて揺れ続けた西欧知識人の系譜。

    [ 目次 ]
    第1章 普遍史の成立
    第2章 中世における普遍史の展開
    第3章 普遍史の危機の時代
    第4章 普遍史から世界史へ
    第5章 普遍史と万国史

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