<むなしさ>の心理学 (講談社現代新書)

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  • 講談社
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レビュー : 20
  • Amazon.co.jp ・本 (212ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061493728

感想・レビュー・書評

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  • 私自身が典型的な「幸福のパラドックス」にはまっている人間なのだということが、よくわかった。何か足りない、何か面白いことないかな、もっと、もっと、もっと…果てしない欲求が、むなしさや満たされなさを作り出し、幸福を求めるものは永遠に幸福になれないんだって。それが納得がいっただけでも、読んで良かった。システムがわかると、自分が辛くなった時に自分のことを分析出来るはず。もっと若い時に色々知っておけばよかったなんて言っても仕方ないので、いつからでも勉強勉強!

  • 人生に漠然としたむなしさを感じてしまう若者が増えている現代に、フランクルの実存分析やケン・ウィルバーのトランスパーソナル心理学の立場からどのような回答が可能かということを論じた本です。

    自分にとって人生がどのような意味をもつかを問うのではなく、自分が人生から何を求められているかを見つめるというフランクルの考え方や、個人的な自己を超えたより大きな生命とのつながりを見いだしていこうとするトランスパーソナル心理学の立場は、それなりに興味深いものに思えました。ただ、本書で考察されている「むなしさ」には、ウルリヒ・ベックの再帰的近代において個人がみずからの人生の意味を与えなければならないという状況によってもたらされたとはいえないでしょうか。もしそのように理解することができるとすれば、社会的な問題を個人の心理の問題に還元してしまうことには、大きな問題があるのではないかという気がします。

  • 卒業論文でフランクルを使うきっかけとなった本。
    物質的にも社会的にも高い水準にある現代人が陥る「むなしさ」を取り挙げ、その実例を踏まえながら、いくつかの解決策を提示している。

    人生に意味や目的がないということは、非常に恐ろしい。
    真剣に考えだすと、世界が灰色どころか陰鬱な闇黒に呑込まれていく。
    人生を問うた後に辿り着く、「人生に意味がないから、生きてても仕方がない。」という感覚が本著の「むなしさ」である。

    このような「むなしさ」を解決するには、生きる意味の発見が必要であり、本著では『夜と霧』でお馴染みのV.E.フランクルとトランスパーソナル心理学のケン・ウィルバーが紹介されている。両者ともに、人生の意味は人間の認識を超えて存在していると述べているが、これが果たして解決策になるだろうか。

    人間の認識を超えた意味や価値を信じることは、最早宗教の領域であり、心理学ではない。また、超越的な人生の意味への信仰は単に頭や理論で分かるものではなく、仏陀が悟りを開いたかのごとく体感的に実感しなければならない。
    そのための方法論のようなものも軽く触れられていたが、完全に遂行するには俗世間を棄て去り、全身全霊で立ち向かわなければならないだろう。「むなしさ」は現代の人間一人一人が抱えなければならない宿阿であり、生涯をかけて挑まなければならない問題なのかもしれない。

  • むなしさは、高度成長期が終わり生活に困ることがなくなってから顕在化しだしたというがその点に関しては疑問が残った。
    それとオウムのときは生まれて間もない頃だったのでもちろん何も覚えていなしい、時代の雰囲気と言われても実感が持てなかった。昔は分からないが現在の若者は生きる意味などは深く考えずにそれなりにうまく生きている気もする。


    欲望には際限がなく、そのため満たされることはない。なので、自らが欲することをするのではなく人生自らに欲することをせよ
    との提言は納得するものがあった。

  • 借りたもの。
    社会の中で強制される生き方に、自己との不一致から生まれる不満が募り、〈むなしさ〉が募る。
    個人的には無気力は物資が豊かになった現代故に生まれた、というのは腑に落ちないのだが……
    何であれ、かつて「輝かしい未来」と思われた物資が豊かになることだけが人の幸福ではなかったという事だ。
    〈第2章 むなしさの時代〉では世代毎の風潮の変容と共に何故この様な価値観が生まれたのか、流れを簡潔に書いているが興味深い。

    若者のいじめや引きこもり、それは生きる意味の“実感”が持てない事を指摘。
    「”あなたのため“」と親に言われても、それは社会に“与えられた”規範に過ぎない。自分の意志で生きている、選んでいる実感がない事が〈むなしさ〉の正体。
    レゾンデートル(存在価値)ではなくアイデンティティー(‎自己同一性)を、そしてそれを超える視点を促している。
    人に必要とされたい、誰かの力になりたいという魂の叫び。
    それは自分の幸せを追い求めるのではなく、他者と世界の幸福を想い行動する〈つながり〉だった。

    書かれた時代故か、オウム真理教への言及がチラホラ。
    現代人が抱える暗い面を表立って言えない風潮、頑張っても認めてもらえない理不尽さ……それを受け入れてもらえた喜びと与えられた使命感から、それを個人的なものとして心に留めず社会全体と捉えた時、普通に生活している人々を見下し、排他的になった――
    その指摘と解釈に納得するものがあった。

  • 別にこれといって不幸の原因があるわけではないけれど、どうにも倦怠感があって生きるのが虚しい。それはどうしてか?
    という内容です。完全に古い本ですが、普遍的な内容です。

  • 満たされなさとはどこから来るのかどう受け止めていくのか、そんな本かなあと思っていたけれど、テーマはさらに掘り下げ、生きる意味とは、如何に生きるか、禅問答のようなところに突き進む。というか全体を通してそのようなテーマであった。著者の到達した悟りともいえるようなこたえ。というか、十年もの歳月は、ひとつのことを思い悩むには長い。末に辿り着いたのだからやはり悟りなのだろう。。フランクルの人生の方から貴方に意味を問いかけてくる、それ(答え)はすでに貴方の中にあったというのも、なるほど腑に落ちる。なにやら哲学的な感じでありました。スっとした。

  • 諸富さんはもういいかな…と思いながらも、図書館で目についたので借りてみました。
    裏表紙の諸富さんの写真が若い!ということで、少し前の本です。
    諸冨節はまだ控えめで、割りと一般的なことが書いてあるように感じました。
    読みやすくて良かったです。

  • 自分の生きる意味は何なのか。この問いに答えが見つけられず、むなしさを感じている人が増えていることに対しての本。

    家事などの時間が減り、それだけ心について考えるゆとりが増えたともいえるだろう。
    幸福を得ても、なお追い求めてしまうから、筆者の言うとおり、満足できるだけの「生きる意味」は見つけられないものなんだと思う。

    そこに、発想の転換。
    自分がここに存在しているのは何かしらの必然で、やるべきことは最初からある。自分を必要としている人はいる。それだけで、頑張れるのではないか。
    フランクルの心理学、トランスパーソナル心理学にこのあたりからつながっていく。

    人間の普遍的な問いに、わかりやすく答えている本だと思う。

  • むなしさ 1980年から始まる?

    自分は何のために生きていくのだろう

    フランクル「自分の幸福の追求」
    ⇔内田樹 究極の利己的にあれ

    わかることに答えられる必要はない
    頭で理解できることではない

    自分の意識のもちよう

    自分の考えだから変わっていく

    共依存、日本人の5人に一人がうつ

    自殺率→母親になった段階で減少する

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著者プロフィール

明治大学教授

「2018年 『孤独の達人 自己を深める心理学』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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