- Amazon.co.jp ・本 (214ページ)
- / ISBN・EAN: 9784061494039
作品紹介・あらすじ
無責任システムを放置したあげく、突如わき起こった「自己責任論」の大合唱。結局、誰が「責任」をとるのか!?-「公」と「私」、「責任」の東西比較、戦後体制の本質。この国の病根を深く洞察した警世の書。
感想・レビュー・書評
-
【書誌情報】
製品名:〈自己責任〉とは何か
著者:桜井 哲夫[さくらい・てつお] (1949-) 近現代社会史、社会思想史、現代文化論。時宗僧侶。
カバー・イラスト:中山 尚子
発売日 1998年05月20日
価格:本体700円(税別)
ISBN:978-4-06-149403-9
通巻番号:1403
NDC[講談社]:361 社会学
NDC[N. D. L.]:302.1 日本(地域研究)
判型:新書
頁数:214
シリーズ:講談社現代新書
国を挙げての無責任システム、横行する自己責任論。日本社会の病根を根源から問い直す。
“丸山真男の「無責任の体系」──丸山は、東京裁判の被告たち(戦争犯罪人容疑)の発言を分析するなかで、「既成事実への屈服」と「権限への逃避」という2つの要素を見いだすのです。まず、「既成事実への屈服」です。すでに始まってしまったのだから仕方がない。個人的には反対だったが、なりゆきで始まってしまった以上従うほかない。こうした発言を分析して、丸山は、「現実」が作り出されるものだというより、「作り出されてしまったこと」、あるいは「どこからか起こってきたもの」とみなされていることに注意をうながします。現実的に行動するということは、過去に縛りつけられて行動するということであり、過去から流れてきた盲目的な力によって流されてしまうものとなる。(中略)次に「権限への逃避」です。「法規上の権限はありません」「法規上困難でした」という発言のなかに、職務権限に従って行動する「専門官僚」になりすませる官僚精神の存在が指摘されます。”──本書より
〈https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000146864〉
【目次】
目次 [003-005]
はじめに――「自己責任」という妖怪 [006-014]
1. 「恋愛」の自己責任とは? 015
自由な恋愛という幻想
社会関係の中に生きる人間
「終身結婚制」とは
「家」という場
性器性愛の結婚観
自分の身体における自己責任
「家」の崩壊
2. 「責任」とは何だろうか 043
「重荷を押しつけられる」こと
約束に対する応答
「責任」という言葉が一般化した時期
無責任体質に関する奥村論文
丸山真男の「無責任の体系」
「タテの究極的な価値」を志向する組織
日本人論の危うさ
3. 「公」と「私」について 075
公を私すること
ヨーロッパ思想上の「公私」
親密な領域と公共空間の区分
私的領域と公的領域の区別の消滅
中国社会における公と私
日本における「公」の重層性
徂徠の「私」と「瘠我慢の説」
「私」は「公」に対峙しうるか
4. 「無責任の体系」は日本的現象なのか 105
ドイツ的個人主義
ドイツ観念論の日本への影響
全体への献身
行為全体の責任を負う者がいない状況
「赤信号みんなで渡れば」の病理
5. 日本は特殊な国なのか 123
近代の純粋主義
日本というシステムは理解不能なもの?
家族の形態と文化的差異
6. 戦後体制はどのように生まれたのか? 141
源泉徴収制度の起源
終身雇用制と生活給
経営と所有の分離
戦時計画経済システムを担った革新官僚
所得の平準化と社会の安定
7. 住専問題から日本の明日を考える 161
住専破綻の経緯
「抑圧移譲の原理」
住専問題における責任
日本のシステムの矛盾集約
市場がメカニズムであるという考え方
世界市場と国民国家
規制緩和と行政革命
結びにかえて 194
あとがき [205-207]
主要参考文献 [208-214]詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
一貫性がない記述もあるが、アメリカが「公」という戦後の自由民主党の認識の一貫性は言いえてると感じた。安倍首相では特にそうである。これだけでも読んだ価値があった。「住専」問題など具体的な記述もまたいい。
-
現代の日本で声高に論じられる「自己責任」という概念を、歴史的・社会的な観点から批判・検討している本です。
「自己責任」というと、イラク人質事件直後に沸き起こった議論を思い起こしますが、その批判的検討が本書の企図ではありません。日本における無責任の体系を批判し、個人に根ざした責任を重視する西洋の社会を理想化した丸山真男や、日本の集団的な権力構造を批判してジャパン・バッシングの旗振役を演じたウォルフレンの議論が、あまりにも図式的だということに重点が置かれています。やや時代遅れの議論を相手にしているという印象を持ってしまいましたが、1998年に刊行された本ですし、また歴史的な視野を広げて「自己責任」の概念を見なおすという著者の基本的なスタンスにも賛同できます。
とはいえ、すべてを自己の内に取り込もうとする資本主義のシステムからのアジールとして家族を守らなければいけないという主張など、著者自身の主張が説明抜きにいきなり語られる箇所もあり、その一方で瑣末的なところに議論が入り込んでいるところもあって、全体としてのバランスの悪さが目に付きます。 -
空虚な中心としての「天皇」は、「空気」と呼び名を変えて、この社会に生き延びている。「空気を読む」とは、天皇制的心性による「御前」会議ごっこだ。「個人は全体のために」という口実で、"全体"を僭称する一部支配層の私益の為に個人を隷属させる全体主義は、最悪の欺瞞的即物主義だ。ロマン主義は政治を含むあらゆる即物主義を拒否する――政治否定の政治的現れであるところの全体主義をこそ、拒否する。
-
[ 内容 ]
無責任システムを放置したあげく、突如わき起こった「自己責任論」の大合唱。
結局、誰が「責任」をとるのか!?
―「公」と「私」、「責任」の東西比較、戦後体制の本質。
この国の病根を深く洞察した警世の書。
[ 目次 ]
1 「恋愛」の自己責任とは?
2 「責任」とは何だろうか
3 「公」と「私」について
4 「無責任の体系」は日本的現象なのか
5 日本は特殊な国なのか
6 戦後体制はどのように生まれたのか
7 住専問題から日本の明日を考える
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
この本。1998年に第1版が出て、2006年の段階でまだ第1版。何でそんなに売れないかというと、要するに何が言いたいのかよく分からないから。特に、第1章「恋愛の自己責任」ここが意味不明。散歩譲って、まだ住専問題はわかるが、それにしたって2000年代にコレを読む価値があるかというと…
著者プロフィール
桜井哲夫の作品





