動物化するポストモダン オタクから見た日本社会 (講談社現代新書)

著者 :
  • 講談社
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レビュー : 252
  • Amazon.co.jp ・本 (200ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061495753

作品紹介・あらすじ

オタクたちの消費行動の変化が社会に与える大きな影響とは?気鋭の批評家が鋭く論じる画期的な現代日本文化論。

感想・レビュー・書評

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  • 一般にライトノベルはキャラが立っていることがとにかく重要と言われているので、私にはラノベは面白くないだろうなと思って手を出していない。食わず嫌いと言われても仕方ないが、物語が二次的であるような小説に興味が持てないからだ。

    なぜラノベが発展しているのか、この本を読んでちょっと納得できた。もう物語が不要で、萌え要素があればいいというひとたちが出てきているらしい。それが本当で、主流になっていくのだとしたら、わたしが面白いと思うようなコンテンツが新規に生まれることは少なくなっていくだろう。自分が旧世代の人間であることを確認してしまった。

  • 現代思想専門だった東浩紀だけにポストモダンの行方をシミュラークル、データベースという切り口でオタク文化を分析するその手腕はまさにオタクたちの待っていた人だろう。

    オタクのコミュニケーションが自発的なものであり、いつでも離脱可能だという指摘は現在のネット社会を予見していてさすが東浩紀だと舌を捲かざるを得ない。

    新世紀エヴァンゲリオンという無限にシミュラークルを作りだす装置のからくりをいま読み返してみて2001年の段階で看破していたことも彼が白眉である証拠だろう。

    しかし第三章においての解離性人格障害をシミュラークルとデータベースで説明するというのはあまりに稚拙すぎる。
    この章はなくてもよかっただろうと思う。

    現在の東の活動はオタク文化分析のフィールドからかなり離れてしまったしおそらくもうそれほどオタクという現象に魅力を感じなくなっているのだろう。

    確かに東の分析から現在のオタク文化が進展して考察するに値するものであるとは思えない。

    これから本書を読む人は2013年の時点においてはそれほど目新しいことは書いていないことを自覚しつつ再確認するという程度にとどめておくべきであろう。

    現代思想という言葉が風化しつつある現代日本においてはもはや本書は役割を終えた感はあるがここから西欧のポストモダニズムへの興味が少しでも湧いてくるならばそれだけで本書を読んだ価値はあるかもしれない。

  • まぁ、当のオタクたちはそんな難しいこと考えてないし考える必要もないのだけど、歴史の積み重ねで今が在る以上、考察の余地があって、ある程度の傾向は読みとれる。

    データベース化した深層世界(大きな非物語)から、消費者はそれぞれ好きかってに読みとって解釈しシュミラークル(小さな物語)を形成する。

    たくさんの神話とかがマジで信じられていた時代はけっこう昔に終わっていて、「生きる意味とか価値」が色々な理由をつけて語られるようになった。

    正直、多分みんな「生きる事」に意味とか価値ってないってことに無意識的には気付いている。だからこそ自殺とか後を絶たないわけで。

    そうなったときに人間は動物化(欲求のみに生きる)する。これがアメリカ型消費社会。

    「欲望」って動物的な「欲求」とはまた違って、「欲望されることを欲望する」性質がある。つまりみんなはみんなに嫉妬されたいわけだ。

    全然整理してまとめられてないけどこのようなことをかいてあって、心にのこった。


    うーん・・・多様性を受容できないと、今の世の中生きていくのはけっこうしんどいのかもしれないな。

  • 「オタク」を語るのは難しい。

    それは、オタクに対する人びとの評価は両極端に二分、分断されるから。
    そうした世界に馴染まない人にとっては、オタク的世界は、語るどころか目を向けることさえ難しいシロモノで、逆にそうした世界に親和性の高い人びとは皆、「俺の方がわかってる」という意識を捨てられない。

    というのも今は昔、15年も前の話。2001年に上梓された『動ポス』は、あの「涼宮ハルヒの憂鬱」以前の世界のお話である。スマートフォンとSNSは、ガラケー的世界とPC的世界の壁を破壊し、「オタク」という呼称は、以前よりもずっと(少なくとも「キモヲタ」を自称することができる程度には)市民権を得た。


    恐ろしいのは、それだけの年月を経てなお、本書のモデルが有効だったりするところ(ポストモダンに取って代わる概念が出てきてない以上、当然のことなのかもしれない)。

    たとえば「データベース消費」のモデル。東によれば、データベース消費における作品は個々の要素の組み合わせに過ぎず、そこに「物語」(ストーリーではないことに留意)は必要ないという。
    登場人物のキャラを見てみよう。「金髪、つり目、貧乳(CV:釘宮)」と並べれば、彼女がツンデレであることは容易に想像がつく。類型化されたキャラやストーリー、「日常系」の氾濫、公式の2次創作化というように、我々は作品そのもの、というよりも、その向こうにある深層(=データベース)を消費しているように見える。


    オタク的世界とすっかり離れてしまってからもう、随分と時間がたった。自分はもう「選民意識を持った当事者」ではありえず、我が物のように語れるほどの文化資本も持ち合わせてはいない。

    だから、本書が予言したオタク的世界の分析は自分の手に余るけれども、オタクから見た日本社会がどれほどの妥当性を持つのか、オタク的世界の浸食が何をもたらしたのか、考えてみたい問題は多く見つかった。

  • 大塚の「物語消費」をアップデートする形で東が提唱する「データベース消費」
    オタクのキャラ萌えに代表される、作品や商品の背後にある世界観やシステムといった<大きな物語>と遊離して、キャラクターを単独で消費し、勝手に感情移入を高めていくというもの。ちなみにキャラクターはあくまで<データベース>から生み出されたシミュラークルに過ぎない。
    そして東はそうした「動物化」に警鐘を鳴らしている。

    賛否両論あるみたいだけど、すごく面白い。
    完全には理解しきれてないかもしれないけど
    「物語消費」「データベース消費」を用いて身近なモノを
    もっと消費社会論的に解明していけそう。
    「ゆるキャラ」とかね。。

  • 90年代後半から顕著になったサブカル生成やその受容を、萌え要素とデータベース型消費というフレームワークを提示して状況を整理。
    その上でヘーゲルの卓越した読み手であったA.コジェーヴの「動物」という言葉を用いて、シミュラークルの氾濫を享受する人々における人間性とは何かを問う。

    読み返すとやっぱりゼロ年代の思考枠組みはこの本によって成立したんだなあ、とあらためて思う。本が出た当初、データベース型消費については腑に落ちたけど、後半の動物的・解離的人間像をリアルな課題に思うことができなかった。
    それはある意味で自分が子供だったというか、それまで生きてたパラダイムへの純粋な没入だったとはいえ。

    この人間的な人間像と動物的な人間像の対立は『一般意志2.0』の底流を流れるテーマ。特に前者のカント的主体論を前提とした人間論では捉えられない問題系の噴出について、東さん自身も考えつづけているんだろう。主体以前の主体、例えば子供、動物。

  • 読み物として大変面白い
    内容はポストモダンとやらをオタク文化を介して、ざっくりと解説
    哲学や思想もろくに知らない自分だが、わかりやすい解説で容易に飲み込めた
    また、ヌルいオタクの自分にはオタク文化の解説も興味深かった

    ただ、全く科学的ではない、全て著者の主観的なものを書いてるだけだ
    議論の軸となるツリーモデルやデーターベースモデルとやらも著者独自のもので裏付けはない
    オタクの有り様や消費行動も客観的な調査によるものでない著者の主観的なものだ
    どこまでいっても、著者の頭の中を見せられてるだけだ

    大切なのは、これを読んだだけで分かったつもりにならずに
    もっと自分で検証することが必要だろう

  • オタク文化とは、戦後占領による文化的断絶に対する対抗する意識であると同時に、その起源はアメリカからの文化流入に発している。つまり複雑であり、それはそのまま戦後の文化動向につながる。
    大きな物語の消失したポストモダンにおいて、オタク的消費行動とは、データベース消費行動である。データベースの中の要素を任意に組み合わせることで、無限に二次創作”シュミラークル”が生み出される。そこにおいて二次創作と原作との差異はない。もはや作家性は失われている。そして今最も優性なのが”萌え”というデータベースであり、そこから”キャラ萌え”という商品が無数に生まれてくる。
    ここまでは理解できた。ただそういう図式によらない作品はありうるだろうしそれが”カルト作品”なのではないかと思う。商業主義から見捨てられてなお、熱心な支持を獲得できる作品だ。
    その先、”動物化する””解離”というのは理解できない。そもそも欲望と欲求の差異で人間を定義するというのはおかしい。社会性の動物を探れば欲望的行動は出てくるはずであるし、そもそもそのような一面で人間性を決定できるだろうか。また小さな物語に対する欲求と大きな非物語に対する欲望が解離しているというのもよく分からない。
    10年後の現在、サブカルの世界は新しい局面を迎えているのだろうか?あまり進歩がないというのが現実だろう。

  • 高校で課題として配られた本。今思えば先進的な授業。

  • 副題に「オタク」と入っているので、そこに惹かれて、という流れも多いのかもしれないが、本題はあくまでも「ポストモダン」。後半部分はとくに頭をなやませながら読み進めた。シミュラークル、データベース...おもしろかった!もう一度ゆっくり読みたい。

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著者プロフィール

東浩紀(あずま ひろき)
1971年東京生まれ。批評家・作家。ゲンロン代表。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(学術博士)。専門は哲学、表象文化論、情報社会論。
著書に『存在論的、郵便的』(サントリー学芸賞思想・歴史部門)、『動物化するポストモダン』、『クォンタム・ファミリーズ』(第23回三島由紀夫賞受賞作)、『一般意志2.0』、『弱いつながり』(紀伊國屋じんぶん大賞2015受賞作)ほか多数。『ゲンロン0 観光客の哲学』は第5回ブクログ大賞人文書部門、第71回毎日出版文化賞受賞作。

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