時間は実在するか (講談社現代新書)

  • 講談社 (2002年12月16日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (320ページ) / ISBN・EAN: 9784061496385

作品紹介・あらすじ

「飛ぶ矢」は止まっている!?
マクタガートの「非実在性」の証明とは!?
過去・現在・未来の「罠」

飛ぶ矢のパラドックスに始まり、マクタガートの非実在性の証明を検証し、新しい形而上学を構想する。

「実在」の第1の意味――
まずは、マクタガートから「遠く離れた」ところから始めてみよう。……古代ギリシアの哲学者であるゼノンとアリストテレス、古代末期のキリスト教者であり哲学者であるアウグスティヌス、初期大乗仏教の確立者ナーガールジュナ(龍樹)、明治から昭和期の国語学者山田孝雄(よしお)。彼らの議論を参照しながら、その「問題」へと接近してみよう。
「実在」とは、まず第一に、単なる見かけ(仮象)ではなくて、ほんとうに存在しているものという意味である。
「ほんとうに(really リアリィ)」という副詞を名詞にすると、「実在(reality リアリティ)」になる。見かけ(仮象)を剥ぎ取った後の「ほんとうの(real リアルな)姿」の中に、「時間」がはたして含まれているのかどうか。それが、「時間は実在するか」という問いの1つの意味である。――(本書より)

みんなの感想まとめ

時間の本質について深く考察する本書は、マクタガートの「時間は実在しない」という議論を軸に、さまざまな哲学的視点からアプローチしています。物理学的な見解を経て、時間が人間の主観と密接に結びついていること...

感想・レビュー・書評

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  • 物理学側からの時間論を読んでから本書を読み始めたせいか、議論がとても人間的に感じられる。時間が主観と密接に関わっていることは確か。人間がいなければ、時間は単なる「変化」でしかないのだけれど、なまじっか人間が記憶力を備えているせいで、過去や未来が生じる。

    ーーー
    マクダガートは論理に拘泥して、ときに詭弁を弄しているようにしか思えないところがある。きっと彼には、時間は実在しないという直感がまずあったのだろう。マクダガートには、アインシュタインが宇宙定数にこだわったと同等の、論理に対する不潔癖さがあるように思えてならない。しかしそれには好意が持てる。
    ーーー
    とはいえ、読み進めるにつれて、マクダガートの議論と反マグタガートの議論がどうでもよく思えてきた。けっきょく、パラノイア的に両者が自説の正当化を行っているからだ。
    本書から学んだことは、「時間とは、否定的にしか語れない」ということだった。

  • 時間について、物理・科学側からではなく、哲学側から考察した本。
    未来はまだ存在しない。過去はもう存在しない。今、この現在しかないとしても、では未来はどこから来るのか?時間については、誰しも一度は疑問に思い、考えを巡らせたのではないでしょうか。

    物理の世界でも、「Time-Space」であり時間と空間は切り離せないものだったり、相対性理論で実証されたように時間は可変だったり、湯川博士は時間も原子のように最小単位があると提唱してたり、ホーキング博士はこの宇宙が始まる前は虚数の時間が流れていたと論じたり、その正体を掴めていません。

    前半は、哲学的に時間の「実在」について考察した古典の紹介。この辺りは議論され尽しているからか、とても分かりやすかったです。ここでの結論は「時間は実在しない」。

    後半は、前半の論考に対する著者の考えが展開されるのですが、これがまだまだ揉んでいく必要がある段階に感じられ、分かり辛いし、厳密性にも欠いているように感じられました。
    (ここでの結論は、読んでのお楽しみ、なのかな?^^;)

    時間と言うテーマを使った、哲学的考察の講義の本、というのが実態かもしれません。

  • マクタガートをだしに入不二ワールドが展開される。結論としては,時間は実在するかという問い自体が失効する,ということですね。正直マクタガートの議論は消化不良ですが。

  • マクタガードというイギリスの哲学者が論じた「時間は実在しない」という説について、その証明までの道程をたどり、その証明が成功したのかどうかを検証。そしてマクタガード説にの上に、著者の自説「第四の形而上学的な時間」を展開する本。
    正直いって、よくわからない事だらけ。読み進めるのに時間がかかったが、その「時間とは何か」という極めて哲学的なテーマについて自分なりに考えることができた。特に「現在」とはいったい何なのかという考察は深遠に感じるし脳みそがちょっと興奮した。小学生の頃だったか、恩師が言っていた「今、今と、今という間に今は過ぎゆく、今という間に今はなし」という諺(唄)を思い出す。
    「時間」とは?「現在」とは?「未来」とは?「過去」とは?「実在」とは?・・・哲学者という人たちが、どんな思考をするのかが垣間見れたことが収穫。失礼ながら、何の役にも立たないような気がするし、非常に重要な事のような気もするし、屁理屈ごっこを愉しんでいるだけのような気もしたが、著者自身があとがきに似たような感想を漏らしているので安心した。

  • 時間に関する形而上学的考察。結論としての『「時間は実在するか」という問いは、失効する』はちょっと拍子抜け。

  • 自分の理解力では咀嚼できないほど難しい内容だと思った。また時間をあけて読みたいと思う。

  • 信州大学の所蔵はこちらです☆
    https://www-lib.shinshu-u.ac.jp/opc/recordID/catalog.bib/BA59922960

  • 時間論では避けて通れないマクタガート論文の紹介と検証、そして著者の自論展開という構成というか章立てがスッキリしていて、全体的にはわかりやすくなっている。当然個々の部分はある程度の理解力がないと難しい所もあるが。
    特に読み応えがあるのは4章の検証部分でここは力作だと思う。この部分だけでも英訳して世界に発信してみてもいいのではと思うが、既にやっているのかもしれない。5章についてはチャレンジな部分もあり賛否はあるだろうが、印象としてはマクタガートから離脱すると言いつつもAB系列の呪縛からは逃れられず、やはりマクタガートの磁力の強さが感じられた。

  • 「時間の非実在性」はどう考えられてきたか◆「時間の非実在性」の証明◆照明は成功したのか◆もう一つ別の時間論-第四の形而上学的な立場

  • 「時間」に関心がある人は、ぜひお読みください。
    (2015年09月15日)

  • マグナダカートの時間の非存在という主張を、入不二が徹底的に検証しながら、新しい形而上学的な時間論を構築してゆく。

    飛んでいる矢は静止している、という古代ギリシアからつたわるパラドクスへの鮮やかなテーゼはスマートで面白い。

  • 時間は実在すると云う疑問は、我々の直感を揺さぶり、深遠な矛盾へと導く。生命は誕生から死まで、時間と共に流れる。では、一瞬の仮象である我々の生の一時性を、切り取られた時間の一部分として考えるなら、この世の誕生から流れる時間とは、永遠なる全体者なのだろうか。自分が今、生きている事を、流れる時間に重ねてみる問題は、生の一過性から来る、「我々の死は、もう其処まで来ている」と云った恐怖や嫌悪によって、否定され、諦められる問題だと云わざるを得ない。余りに、時間は豊かで力強く、永遠で有り過ぎるのだ。時間は実在するか。それは、私と云う存在が、そもそも限られた生を受け持つが故に、否定される問題だと思われる。しかし、時間を崇める、信仰する事によって、永遠の存在と一体化しようとする営みも一方で、私達は行う。認識主体である人間は、時間と一体化できない故に、切り離された時間を取り戻そうとするのではないだろうか。刻々と流れる時間を感じることは、殆どその者にとって宗教的な次元に属する事なのだと思う。時間の実在は証明できない。この結論をどう受け止めるかは、読者それぞれの生の在り方が、時間と如何に関係するかを考える問題なのだろう。

  • 図が分かりにくい。時間が実在しないことを示したとされるマクタガートの論文を追い、主張と誤謬を考察して時間の新しい概念を提案している。

  •  イギリスの哲学者マグダガートによる「時間の非実在性」の証明を追った本。難解でよくわからない。
     ただ,少なくとも相対論に関する正確な理解なしに,時間を哲学することができるとは思えない。マグダガートの時間論には思想史的価値しかないのではないかと思った。

  • 読み始めるたびに挫折する本。

    決してつまらないわけではなく、むしろ面白いのだけれど、どういうわけか毎回毎回中断させられる。

    読み始めたのは5年以上前なんだけど、いまだに読み切ってない本。

    いまだに時間に関する本を開くと大抵マクダガートが出てくるなぁ。

  • 本書の登場人物、マクタガート、ナーガールジュナ、アリストテレスは、詰まるところ『時間は実在しない。人間の心の作用によって時間の存在を認めている』といった感じでしょうか。マクタガートについては、上記とは若干主張が違いますが、おおよそは合っているので一括りにして良いでしょう(笑)
    マクタガートの時間論を隈無く検証し、論点の陥穽を突いて、マクタガートの主張が不十分であると指摘。
    さて、著者はどうか。
    『時間は実在するか』という問いに、『失効している』と答えています。なんと!と率直に思いましたが、それにしても驚愕を覚えます。
    時間以外にも、実在と存在の境界が曖昧なものはたくさんあります。例えば、神の存在や死後の世界とかは最たる典型例なわけで。理屈を並べても実在しているかは分からないし、何をもって実在とするかという『定義の問題』もあります。
    時間は…人間が便宜上造り出したものなのかも知れません。『曖昧な脳、複雑な「私」』にあるように、心という作用も脳のフィードバック構造が生み出したように、心があって、そこから時間という概念を獲得した、というような考え方もあるのではないかと思います。んーしかし分からない(笑)
    本書は再読になります。初めて読んだ時は書いてあることが全然理解できませんでしたが…今回読んでみると、意外にもスラスラ読めました、半分くらいまでは(笑)
    丁寧に書かれているのですが、マクタガートの矛盾が議論されているところあたりからは、もう全然分からない!難解、怪奇、複雑。矛盾の矛盾とか言われても……途方に暮れるばかりでした。

  • だれもが例外なくさらされている時間という次元について考えるということは自分の存在について考えることと同義である。克服できないパラドックスや無限回帰を通して、人間は自らが超越できない現象を論理の隙間からなんとか観測しようとする。

  • 「飛ぶ矢」が止まっているというゼノンのパラドックスは有名ですが、時間というものは、当たり前のようにわれわれが感じているのに、その正体はというとまるでつかめない不思議なものです。
     時間論としては、哲学的時間論の外には殆ど踏み出さない本なので、これが正しいのかはわかりません。たとえば物理学の分野において最新の時間論がどうなっているのか、という話はまったく出てこない。その辺が多少接続されてるともっと面白いのになあと思いつつ、哲学の話として割り切って読みました。
     マクタガートの「時間の非実在性」の証明を解説し、それを整理しながら、著者自らの時間論を導き出し、それによって時間の実在性をめぐる議論に一つの決着をつけよう、というのが本書の試みです。新書ではありますが、普通に修士論文を読んでいるような歯ごたえがあり、また知的興奮の度合いも相当なものです。著者自身の時間論に入ってからは、哲学、特に超越論的な議論の修辞法にある程度慣れ親しんでいないと、まったくちんぷんかんぷんになるおそれがありますが(というか、私はすっかり置いていかれた)、幾つかの議論が次の次元に踏み込む時のわくわく感は、何者にも代え難い興奮の一つですね。
     議論の帰結はある意味至極まっとうでありながら、また同時に拍子抜けするような感覚もあります。私は、時間論についてはまったく無知ですから、どのように判断すればいいのかも、よくわかっておりませんが、ただ一つ、時間の概念については哲学以外のアプローチからも、次々に更新されていくはずであり、本書における「論理的な帰結」は、いずれ変形を余儀なくされるのではないかと思います。というか、個人的に、そうあって欲しい。なんとなく、感情的に納得できなかったのと、別のアプローチがどのように関わってくるのか気になるので。
     とりあえず、一つの決着としては、面白かったです。

  • [ 内容 ]
    飛ぶ矢のパラドックスに始まり、マクタガートの非実在性の証明を検証し、新しい形而上学を構想する。

    [ 目次 ]
    「時間の非実在性」はどう考えられてきたか
    「時間の非実在性」の証明(証明の前半
    証明の後半)
    証明は成功したのか
    もう一つ別の時間論―第四の形而上学的な立場

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著者プロフィール

入不二基義(いりふじ・もとよし):1958年生まれ。東京大学文学部哲学科卒業、同大学院博士課程単位取得。専攻は哲学。山口大学助教授をへて、現在、青山学院大学教育人間科学部教授。主な著書に『現実性の問題』(筑摩書房)、『哲学の誤読――入試現代文で哲学する!』(ちくま新書)、『相対主義の極北』(ちくま学芸文庫)、『時間は実在するか』(講談社現代新書)、『時間と絶対と相対と――運命論から何を読み取るべきか』(勁草書房)、『足の裏に影はあるか? ないか?――哲学随想』(朝日出版社)、『あるようにあり、なるようになる――運命論の運命』(講談社)など。共著に『運命論を哲学する』(明石書店)、『〈私〉の哲学 を哲学する』『〈私〉の哲学 をアップデートする』(春秋社)などがある。

「2023年 『問いを問う 哲学入門講義』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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