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Amazon.co.jp ・本 (320ページ) / ISBN・EAN: 9784061496385
作品紹介・あらすじ
「飛ぶ矢」は止まっている!?
マクタガートの「非実在性」の証明とは!?
過去・現在・未来の「罠」
飛ぶ矢のパラドックスに始まり、マクタガートの非実在性の証明を検証し、新しい形而上学を構想する。
「実在」の第1の意味――
まずは、マクタガートから「遠く離れた」ところから始めてみよう。……古代ギリシアの哲学者であるゼノンとアリストテレス、古代末期のキリスト教者であり哲学者であるアウグスティヌス、初期大乗仏教の確立者ナーガールジュナ(龍樹)、明治から昭和期の国語学者山田孝雄(よしお)。彼らの議論を参照しながら、その「問題」へと接近してみよう。
「実在」とは、まず第一に、単なる見かけ(仮象)ではなくて、ほんとうに存在しているものという意味である。
「ほんとうに(really リアリィ)」という副詞を名詞にすると、「実在(reality リアリティ)」になる。見かけ(仮象)を剥ぎ取った後の「ほんとうの(real リアルな)姿」の中に、「時間」がはたして含まれているのかどうか。それが、「時間は実在するか」という問いの1つの意味である。――(本書より)
みんなの感想まとめ
時間の本質について深く考察する本書は、マクタガートの「時間は実在しない」という議論を軸に、さまざまな哲学的視点からアプローチしています。物理学的な見解を経て、時間が人間の主観と密接に結びついていること...
感想・レビュー・書評
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物理学側からの時間論を読んでから本書を読み始めたせいか、議論がとても人間的に感じられる。時間が主観と密接に関わっていることは確か。人間がいなければ、時間は単なる「変化」でしかないのだけれど、なまじっか人間が記憶力を備えているせいで、過去や未来が生じる。
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マクダガートは論理に拘泥して、ときに詭弁を弄しているようにしか思えないところがある。きっと彼には、時間は実在しないという直感がまずあったのだろう。マクダガートには、アインシュタインが宇宙定数にこだわったと同等の、論理に対する不潔癖さがあるように思えてならない。しかしそれには好意が持てる。
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とはいえ、読み進めるにつれて、マクダガートの議論と反マグタガートの議論がどうでもよく思えてきた。けっきょく、パラノイア的に両者が自説の正当化を行っているからだ。
本書から学んだことは、「時間とは、否定的にしか語れない」ということだった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
時間について、物理・科学側からではなく、哲学側から考察した本。
未来はまだ存在しない。過去はもう存在しない。今、この現在しかないとしても、では未来はどこから来るのか?時間については、誰しも一度は疑問に思い、考えを巡らせたのではないでしょうか。
物理の世界でも、「Time-Space」であり時間と空間は切り離せないものだったり、相対性理論で実証されたように時間は可変だったり、湯川博士は時間も原子のように最小単位があると提唱してたり、ホーキング博士はこの宇宙が始まる前は虚数の時間が流れていたと論じたり、その正体を掴めていません。
前半は、哲学的に時間の「実在」について考察した古典の紹介。この辺りは議論され尽しているからか、とても分かりやすかったです。ここでの結論は「時間は実在しない」。
後半は、前半の論考に対する著者の考えが展開されるのですが、これがまだまだ揉んでいく必要がある段階に感じられ、分かり辛いし、厳密性にも欠いているように感じられました。
(ここでの結論は、読んでのお楽しみ、なのかな?^^;)
時間と言うテーマを使った、哲学的考察の講義の本、というのが実態かもしれません。 -
マクタガートをだしに入不二ワールドが展開される。結論としては,時間は実在するかという問い自体が失効する,ということですね。正直マクタガートの議論は消化不良ですが。
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マクタガードというイギリスの哲学者が論じた「時間は実在しない」という説について、その証明までの道程をたどり、その証明が成功したのかどうかを検証。そしてマクタガード説にの上に、著者の自説「第四の形而上学的な時間」を展開する本。
正直いって、よくわからない事だらけ。読み進めるのに時間がかかったが、その「時間とは何か」という極めて哲学的なテーマについて自分なりに考えることができた。特に「現在」とはいったい何なのかという考察は深遠に感じるし脳みそがちょっと興奮した。小学生の頃だったか、恩師が言っていた「今、今と、今という間に今は過ぎゆく、今という間に今はなし」という諺(唄)を思い出す。
「時間」とは?「現在」とは?「未来」とは?「過去」とは?「実在」とは?・・・哲学者という人たちが、どんな思考をするのかが垣間見れたことが収穫。失礼ながら、何の役にも立たないような気がするし、非常に重要な事のような気もするし、屁理屈ごっこを愉しんでいるだけのような気もしたが、著者自身があとがきに似たような感想を漏らしているので安心した。 -
時間に関する形而上学的考察。結論としての『「時間は実在するか」という問いは、失効する』はちょっと拍子抜け。
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自分の理解力では咀嚼できないほど難しい内容だと思った。また時間をあけて読みたいと思う。
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時間論では避けて通れないマクタガート論文の紹介と検証、そして著者の自論展開という構成というか章立てがスッキリしていて、全体的にはわかりやすくなっている。当然個々の部分はある程度の理解力がないと難しい所もあるが。
特に読み応えがあるのは4章の検証部分でここは力作だと思う。この部分だけでも英訳して世界に発信してみてもいいのではと思うが、既にやっているのかもしれない。5章についてはチャレンジな部分もあり賛否はあるだろうが、印象としてはマクタガートから離脱すると言いつつもAB系列の呪縛からは逃れられず、やはりマクタガートの磁力の強さが感じられた。 -
「時間の非実在性」はどう考えられてきたか◆「時間の非実在性」の証明◆照明は成功したのか◆もう一つ別の時間論-第四の形而上学的な立場
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「時間」に関心がある人は、ぜひお読みください。
(2015年09月15日) -
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マグナダカートの時間の非存在という主張を、入不二が徹底的に検証しながら、新しい形而上学的な時間論を構築してゆく。
飛んでいる矢は静止している、という古代ギリシアからつたわるパラドクスへの鮮やかなテーゼはスマートで面白い。 -
時間は実在すると云う疑問は、我々の直感を揺さぶり、深遠な矛盾へと導く。生命は誕生から死まで、時間と共に流れる。では、一瞬の仮象である我々の生の一時性を、切り取られた時間の一部分として考えるなら、この世の誕生から流れる時間とは、永遠なる全体者なのだろうか。自分が今、生きている事を、流れる時間に重ねてみる問題は、生の一過性から来る、「我々の死は、もう其処まで来ている」と云った恐怖や嫌悪によって、否定され、諦められる問題だと云わざるを得ない。余りに、時間は豊かで力強く、永遠で有り過ぎるのだ。時間は実在するか。それは、私と云う存在が、そもそも限られた生を受け持つが故に、否定される問題だと思われる。しかし、時間を崇める、信仰する事によって、永遠の存在と一体化しようとする営みも一方で、私達は行う。認識主体である人間は、時間と一体化できない故に、切り離された時間を取り戻そうとするのではないだろうか。刻々と流れる時間を感じることは、殆どその者にとって宗教的な次元に属する事なのだと思う。時間の実在は証明できない。この結論をどう受け止めるかは、読者それぞれの生の在り方が、時間と如何に関係するかを考える問題なのだろう。
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図が分かりにくい。時間が実在しないことを示したとされるマクタガートの論文を追い、主張と誤謬を考察して時間の新しい概念を提案している。
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挫
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読み始めるたびに挫折する本。
決してつまらないわけではなく、むしろ面白いのだけれど、どういうわけか毎回毎回中断させられる。
読み始めたのは5年以上前なんだけど、いまだに読み切ってない本。
いまだに時間に関する本を開くと大抵マクダガートが出てくるなぁ。 -
だれもが例外なくさらされている時間という次元について考えるということは自分の存在について考えることと同義である。克服できないパラドックスや無限回帰を通して、人間は自らが超越できない現象を論理の隙間からなんとか観測しようとする。
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[ 内容 ]
飛ぶ矢のパラドックスに始まり、マクタガートの非実在性の証明を検証し、新しい形而上学を構想する。
[ 目次 ]
「時間の非実在性」はどう考えられてきたか
「時間の非実在性」の証明(証明の前半
証明の後半)
証明は成功したのか
もう一つ別の時間論―第四の形而上学的な立場
[ POP ]
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