中国文明の歴史 (講談社現代新書)

著者 :
  • 講談社
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レビュー : 16
  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061497610

作品紹介・あらすじ

もっとも平易でコンパクトな中国史の入門書。中国とはどんな意味か、そしていつ誕生したのか? 民族の変遷、王朝の栄枯盛衰や領土拡大を軸に、中国の歴史をわかりやすく教える。まったく新しい中国史の登場。(講談社現代新書)

感想・レビュー・書評

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  • 中国史について、秦の始皇帝に始まり日清戦争に終わる中国文明の歴史というかたちでまとめる。山川出版社『民族の世界史』シリーズに収録の論文を増補したもので、民族のルーツについての記述が多い。
    固有名詞が注釈なしに多く登場し、初学者にはやや難しかった。ただし、北宋時代に漢民族というアイデンティティが拡大され、現代の漢民族概念も定まった少数民族以外の人々を指すものとして使われているという漢民族についての記述は面白く、中国の多数派民族であるという平板な理解を正すことができよかった。

  • 基本的には岡田氏の他の著作でも触れられていることが多いのですが、この著作に関しては、春秋・戦国時代(中国以前の時代)と秦~南北朝時代(中国史の第一期)がわかりやすくまとまっています。また、いわゆる古代から現代までの歴史の見方を俯瞰するにはいいのではないかと思います。

    ・いかなる種族の出身者であれ、都市に住みついて、市民の戸籍に名を登録し、市民の義務である賦役と兵役に服し、市民の職種に応じて規定されている服装をするようになれば、その人は中国人である。(だから)中国人という人種はなく、中国人は文化上の観念である。

    ・中国の本質は、皇帝を頂点とする一大商業組織であり、その経営下の商業都市群の営業する範囲が、すなわち「中国」だったのである。

  • 民族の成立と中国の歴史◆中国以前の時代◆中国人の誕生◆新しい漢族の時代◆華夷統合の時代◆世界帝国◆大清帝国◆中国以後の時代

  • 極めてオーソドックスな内容。

  • 日本とのかかわりの深い、中国の歴史について
    勉強しようと思って、手に取った本。
    今まで学生時代に学んだときには出てこなかったことが
    出来て、さらに新たことを学ばせていただいた一冊。

    http://goo.gl/OdMnVQ

    ○漢民族とは純粋なものでなく、古来の漢民族激減後、北方民族が何度も入ってきたもの。典型的漢民族王朝とされている宋も実は北方系であり、新北方民族に圧迫され、中華思想が出現
    ○始皇帝の焚書は漢字の統一という目的のため 
    ○支那の語源となぜ中国とよぶのか(呉智英の支那を使うべしという主張は必ずしも正しくないことを知った)

    中国文明の歴史 (講談社現代新書)
    http://goo.gl/OdMnVQ

  • 宮本さんと夫婦なんですね!人類の世界は元モンゴル前と後で大きく違うと感じました

  • 古本で購入。
    中国史復習企画第1弾。

    結論から言うと、あとがきを読めばほぼ事足りる。
    それプラス全8章の内の序章・第1章前半・第2章を読めば充分かと。

    下に引用したテーマのせいか著者の専門のせいか、通史としては偏りまくってます。
    元~清にかなりの紙幅が費やされてる割に、唐なんて5ページかそこらで滅亡しちゃうし。
    ということで、中国史の入門書としてはオススメしない。

    中身はと言うと、
    「近代的な中華民族とか漢族とかいう観念の形成される以前の時代を中心に、現在の中国に相当する地域に生きたいろいろな種族と、彼らの生きた環境について論じる」
    というのが大きなテーマ。

    著者は秦の統一から日清戦争での清の敗北までの約2100年間を「中国文明」の時代と定義し、秦以前に「中国文明」はなく、日清戦争により「中国文明」は断絶、日本版西洋現代文明の時代となり現在に至るとする。

    この本のおもしろいところは、実はこの「『中国文明』の定義」。
    著者は「中国」を
    「皇帝を頂点とする一大商業組織であり、その経営下の商業都市群の営業する範囲」
    「北緯35度線上の黄河中流域の首都から四方にひろがった商業網の市場圏に組みこまれた範囲」
    とし、「中国文明」を
    「商業文明であり、都市文明」
    としている。

    その文明が秦の皇帝制から始まり、日清戦争後の西洋文明の導入で放棄されたから、この期間を「『中国文明』の時代」というわけ。
    「商業圏=中国」っていう見方はおもしろいな。ただ不勉強だっただけかもしれないけど。

    この他、最初の「中国人」夏人と四夷から始まる「漢族」「中国人」の枠の広がり、使われる言語の変遷、なんてあたりもなかなか面白い。

    それにしても、清末からの近代化は「日本を中心とする東アジア文化圏の一部に組みこまれ」るもので、1970年代に始まった現代化とは「実質的にはアメリカ化、日本化」であり、1945年に中断されて以来の「日本文明圏への復帰」という論はちょっとすごい。
    中国の近代化への日本の影響の大きさについては論を待たないけど、ここまで言う人は初めて見た。

  • 中原に始まった中国が、北狄の侵入を受け同化していったという大きな歴史観を展開している。中国の文明史を3期に区分し、それぞれを前期・後期に分けているのはわかりやすい。

    中国以前
    ・東夷は低地人、南蛮は焼畑農耕民、西戎は草原の遊牧民、北狄は狩猟民を指した。北は森林におおわれていたが、元代までにほとんど消滅した。
    ・龍はもともと東南アジアのモンスーン地帯の水神。越人は水難を避けるために龍の文様の入れ墨をした。
    ・王宮を囲む塀は本来、市場の囲いで、入る際に手数料を取り税の起源となった。王宮の塀が発達して都市を囲む城壁となった。中国の本質は、皇帝を頂点とする一大商業組織。
    ・漢字の原型が発生したのは華中の長江流域で、夏人が華北にもたらした。

    第一期
    ・秦の始皇帝が漢字の字体を統一して焚書をつくった。
    ・前漢が滅亡してから後漢によって再統一されるまでに人口が4分の1に減少し、黄巾の乱から半世紀の間に10分の1に減少した。
    ・三国時代の後、内地に移住させられていた遊牧民が五胡十六国の乱を起こして北魏が華北を統一し、漢人は長江の南に避難して南朝をつくった。

    第二期
    ・隋、唐は鮮卑系王朝に由来する。隋の時代に科挙が始まり、漢字の使用能力によって人材を登用した。唐代末には木版印刷が発達した。
    ・モンゴル高原では、7世紀末に突厥(トルコ)第二帝国が独立し、その後ウイグル帝国、キルギズ人、タタル人(ケレイト)の支配へと変遷した。
    ・10世紀初頭には契丹(キタイ)がタタル部族を破り、唐の内紛を後援して滅亡に至らせた。その後成立した北宋とは銀と絹を支払わせる和議を結び、この屈辱への反動が中国人の中華思想の起源となった。
    ・13世紀にフビライが雲南省にあったタイ人の代理王国を征服したため、タイ人は南下してラオスと北タイに広がった。

    第三期
    ・第三期は人口が増加し、華南が開発され、東アジアの他の地域との統合が進行した。
    ・14世紀に明朝は、元朝が支配していた雲南省を征服して中国の一部とした。
    ・1571年にスペイン人がフィリピンにマニラ市を建設してから、メキシコ産の銀が中国に大量に流れ込んだため、中国では消費ブームとなった。その結果、女直人の地域の特産品である高麗人参と毛皮の需要が高まり、ヌルハチは富を蓄積した。
    ・1624年にオランダが台湾南部の安平(現台南市)を占領し、後に北部を占領したスペイン人も追放して全島を支配した。オランダ人は開墾にあたらせるために福建省から中国人農民を呼び寄せて、中国人が台湾に住みつくようになった。
    ・中国人海賊(倭寇)の大親玉の子、鄭成功は1661年に台南に上陸してオランダ人を降伏させ、台湾を占領した。23年間の独立の後、1683年に清軍が台湾に侵攻して支配した。
    ・16世紀以降、トウモロコシ、ジャガイモ、サツマイモなどのアメリカ大陸起源の農作物が渡来して盛んに栽培されたため、人口が急増した。18世紀初めには1億人を突破し、東南アジアへの大規模な華僑の移住も始まった。

  • 少し冗長。

  • そもそも中国とは何か?から、説き起こす。中国には漢民族という単一民族はいない。漢字を使う多民族の集合体。儒教国家のように思われるが、実は道教の方が根深く中国社会を規定している、朱子学は朱熹がそれを儒教の言葉で捉え直したもの。夏王朝はベトナムの方から来た東夷が作った。それ以降も西戎や北狄が入れ替わり中原を支配して王朝を作ったのが、中国の歴史。清王朝の滅亡以降は、中国文明が終わり、日本で漢字化された日本式西洋文明になるという歴史観は驚いた。

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著者プロフィール

東洋史家

「2018年 『真実の中国史[1840-1949]』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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