カーニヴァル化する社会 (講談社現代新書)

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レビュー : 107
  • Amazon.co.jp ・本 (176ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061497887

感想・レビュー・書評

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  • 事例は面白いが、全体的に読みづらい。
    データベース化によって社会の輪郭が変化していっていうのは面白い。あと5年でより変わって行きそう。

  • 今(2013年)読むことで、良書だったと評価できる。
    著者の存在はおよそ3年前にPodcastの『文化系トークラジオLife』で知った。氏はパーソナリティを務めており、深夜1時から朝まで1つの議題について論客を集めて語り合うといった内容だ。氏は散漫しがちな議論の流れを、約30分ごとに巧くまとめて楽曲を回していく。
    現在の流れ、持って行くべき着地点を正確に把握しながら、論客の放つ専門用語を見事に咀嚼してまとめる能力は見事だ。

    本書でもその能力が遺憾なく発揮されている。連載記事を新書レベルにまとめたのだから、ある程度つながりが見えなくなったり、説明不足な点も否めないが、それでも読者の想像力を持って補えるレベルのものである。無論、難解な用語は極めて少ない。このレベルまで簡易にまとめた本ですら分からない用語があるのなら、そもそもなぜこの本を手に取ったのかが疑問だ。

    さて、8年前に出版された本書(連載時は更に遡るだろう)が現代社会を見事に予見している点は評価せざるを得ないだろう。
    物理的な機器を用いない「監視社会」は、まさにTwitterやFacebookでの未成年者の非行や、不祥事の晒し上げだ。当時こうしたツールが存在しなかっただけに、この仮定は見事だった。
    そしてカーニヴァル=祭りがデータベースと共犯関係になる、という仮定はこれも先に挙げたSNSによるデモ活動やフラッシュモブが具体例として考えられる。こうした"祭り"には政治的主張が無いという指摘もまさにその通りで、いわゆるネトウヨだとか花王デモ、新大久保でも、就活バカヤローデモといったネット発信の祭りが何の結果も出さなかった(出そうともしていなかった)ことからも明らかだ。

    筆者が予見できなかった部分を挙げるとすれば、「見られているかもしれない」という意識が自己監視を強いる、という主張だ。結局いまのSNSユーザーには「見られているかもしれない」という意識が欠如しており、自ら犯罪を告白しては晒し上げられる人間が少なくない。こればかりはバカとハサミは使いよう、というか、どこかインターネットの広がりは動物的な思考と、短絡的に結果を求める人間を増やしてしまったように感じる。

    そしてこういった人間こそが著者の言う躁鬱状態と自己実現に揺れる若者を増やしているのではないかと思う。
    まさに監視社会を実現させたTwitterとFacebookがある現代を踏まえた上で、改版を書き上げて欲しい。

  • 8年前にかかれた内容がまさに現在進行形で起こっているのを考えると、非常に鋭い視点を持っていると思う。文章として散らかっている感じがして読みにくい感じはする。

  • 面白いけれど、私の知識不足なのでしょうか途中わかりにくかったです。とりあえず読み終えましたが、読みかけてた別の本で知識を補ってからまた再チャレンジしたい。

  • 「なぜ自分探しや自己実現を目指すのか?」という問いを、社会学者が90年代以降の社会および技術から読み解く本。
    たまたま同じ時期に読んだ速水健朗さんの『自分探しが止まらない』とは、同じ文化系トークラジオLifeメンバーということもあってか、ちょうど裏表の関係のような感じ。

    おおざっぱにまとめると
    バブル崩壊で就職しづらくなったし自己分析を通じて意欲や個性やノリをめっちゃ問われるようになったよ

    情報技術の進歩で自分の意欲や個性がデータベース化され場に応じてキャラを変えやすくなったよ

    本当の自分がわからなくなってきた、誰も本当の自分を受け入れてくれない

    よくわからないからカーニヴァル的に非合理的なものと乱舞するしかない、もしくは本当の自分をハイテンションなノリで探し続けるか、さもなきゃ自分探しを諦めるしかない
    、ってとこか。

    どちらかというと問題を分析することに終始していて、「んじゃ具体的にどうすりゃいいの?」というのにあまり言及されていないのが残念というかそれは別の場で語られるべきことか。

    けど、「個性化の進んだ時代となった」「それには経済情勢および技術革新が影響した」「それらに適応して社会が変わらなければならない」というのは、問題提起として重要だと思う。
    例えば就職のマッチング、SNSによる「ありのままの自分でいられる人間関係作り」、自分探しをビジネスにつなげる仕組み…などなど、この知見を活かしてすごしやすい社会にできるんじゃないかな、とも。

    鈴木謙介さんの本や言及には「カーニヴァル化」という言葉が頻出するので、チャーリーファンなら早めに読んでおきたい。
    (俺は読む時期が結構遅かった。実は。)

  • 祭りだ〜

    地域共同体への帰属意識も薄れ、伝統に従うこともなく、一貫性の維持が困難な現代。個人の選択は場当たり的になりつつある。従来の共同体に代わって「繋がり」による瞬発的、暴発的な一時的な盛り上がり(祭り、カーニヴァル)が集団への帰属感となりつつある。カーニヴァル化が政治・経済に与える悪影響として、おもしろくなくなると祭りは放棄されてしまうことがある。

    本書が執筆された2005年に比べTwitterやFacebookが一般化してきた2013年の現在、この傾向はより顕著になっている気がする。

  • 独特の漢文調で読みづらい部分も多々あったが、何とか読み切った。
    いわゆる「社会学の文章」という印象は、『希望難民御一行様』と似ている。
    大量の引用文、精神性の分析、データの活用など。
    内容についても、独自性は高いと思う。興味深い記述もいくつかあったので、整理しておきたい。

  • 7年前の本、炎上文化についてが予見されている。

  • 内容は、面白可笑しい

  • あれ、なんだか読みづらい。。
    話の流れがなんとなく、追いきれない。時々、そう言い切っちゃっていいの?持ってき方が強引では?と思うことも。。
    フィールドワークっぽい第三章からに期待

    三章、最終章はとても面白かった。自分のしらないけれど興味のあった内容を扱っていたし、前章までで敷衍してきたことをギュッと自分の言いたかった主張に繋げることができていると思った。


    ケータイと自己面白かった。ケータイへの依存は自分も体験していたし、なにか人間の(又は現代社会の)、つまりは自分への理解のヒントがあるとおもっていた。
     男女間ケータイ依存の差/近代化に伴う恋愛の嗜癖化→自己への嗜癖化/「共同体」から「共同性」


    「身を切られるほどの痛みが、社会へと接続される、従って社会的に解決されるべき問題として認知されたことは。私自身にはほとんどなかった。」とても共感した
     チャーリー自身としてはどんな答え(解決)を得たのだろうか? 
    「ハイテンションな自己啓発」という体験に根ざすチャーリーの自分語りが最後にあったおかげで、この本を社会学の本としてではなく、私小説的な文学としても読めて、自分はよかったと思ったし、そういう文章は好きです。

    やっぱ本読むのは図書館とか静かな所がいいね、マックとかだと色々うるさくて頭に入んなかった。反省

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著者プロフィール

1976年生まれ、福岡県出身。関西学院大学先端社会研究所所長、社会学部准教授。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター客員研究員。専攻は理論社会学。著書に『カーニヴァル化する社会』(講談社現代新書)、『SQ“かかわり”の知能指数』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『ウェブ社会のゆくえ<多孔化>した現実のなかで』(NHKブックス)ほか多数。

「2019年 『未来を生きるスキル』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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