カーニヴァル化する社会 (講談社現代新書)

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本棚登録 : 983
レビュー : 107
  • Amazon.co.jp ・本 (176ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061497887

感想・レビュー・書評

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  • 「『再魔術化』とは、ひとくちにいえば、非合理なもの、神秘的なものと、私達の生活の結びつきを強化するべきだ、あるいは今現在、そのような結びつきが強化されつつあると考える議論だ」 ー 152ページ

    本書で用いられている「再魔術化」とは若干対象が違うのだけど、このことについて最近よく考えている。

    何かに没頭しようとする(没頭しなければならない)際、そこに至るためになにかの物語を用意しなければいけない。

    たとえば昇進。たとえば社会福祉。たとえば金。たとえば何か。

    このあたりのことはとてもわかりやすくて、非常に近代的な理由付けだ。物語は外に開かれていて誰にでも理解できるし、世間的にも認められている。

    しかしそこに失われているものがあると感じている人は確かにいる。近代的すぎるものは質感がつるつるしすぎていて、ともすれば滑り落ちてしまいそうになる。

    その時、より非合理で「魔術的」な理由を好む人というのが存在する。何かよりファンタジーなものになりきって、自分とそれを重ねあわせて、そして現実を執行する。たとえば僕の身近でいえば巫女だとか魔女だとかシャーマンだとか自覚して、それを現実世界に適用させる人のことをここでは想定しているわけだけど。

    この心性の変遷というのはとても興味深い。「魔術」的な思考パターンはより個人的だし、外には開かれておらず、社会的には認められていない。人前で言うのだとしたら、時には白い目で見られることもあるだろう。

    しかしより個人的かつ絡みつく類のものになりうるのではないか、と思う。それは特に開かれていない分、社会的なレールに乗っている/乗っていないということを気にする必要がない。つまり同調圧力に乗る必要もないし、なにより自分が形作っているという実感を持つことができる。

    これからそういう人が多くなるのか、そのへんはよくわからないけれども、特に女性を中心にそういう人って増えるのかなと思う。進化した中二病、みたいな。あるいはそのままただの中二病というだけなのかもしれないが、そこにはある種の価値があるのだ。

  • 「なぜ自分探しや自己実現を目指すのか?」という問いを、社会学者が90年代以降の社会および技術から読み解く本。
    たまたま同じ時期に読んだ速水健朗さんの『自分探しが止まらない』とは、同じ文化系トークラジオLifeメンバーということもあってか、ちょうど裏表の関係のような感じ。

    おおざっぱにまとめると
    バブル崩壊で就職しづらくなったし自己分析を通じて意欲や個性やノリをめっちゃ問われるようになったよ

    情報技術の進歩で自分の意欲や個性がデータベース化され場に応じてキャラを変えやすくなったよ

    本当の自分がわからなくなってきた、誰も本当の自分を受け入れてくれない

    よくわからないからカーニヴァル的に非合理的なものと乱舞するしかない、もしくは本当の自分をハイテンションなノリで探し続けるか、さもなきゃ自分探しを諦めるしかない
    、ってとこか。

    どちらかというと問題を分析することに終始していて、「んじゃ具体的にどうすりゃいいの?」というのにあまり言及されていないのが残念というかそれは別の場で語られるべきことか。

    けど、「個性化の進んだ時代となった」「それには経済情勢および技術革新が影響した」「それらに適応して社会が変わらなければならない」というのは、問題提起として重要だと思う。
    例えば就職のマッチング、SNSによる「ありのままの自分でいられる人間関係作り」、自分探しをビジネスにつなげる仕組み…などなど、この知見を活かしてすごしやすい社会にできるんじゃないかな、とも。

    鈴木謙介さんの本や言及には「カーニヴァル化」という言葉が頻出するので、チャーリーファンなら早めに読んでおきたい。
    (俺は読む時期が結構遅かった。実は。)

  • この本で言われていることは、この2011年においても実感、納得できることばかり。1章から3章で語られている社会状況の変化が、日本で「カーニヴァル」が発生するベースを醸成してきたとチャーリーは言っている、そこは正しいと思う、その流れは近年加速しているのではないか。そこには世界の均質化、フラット化がものすごい勢いで広がっていることもあると思う。アメリカで金融緩和が行われたら、即オーストラリアのマーケットにお金が流れこむ、政策・経済が急激にグローバル化したことにより、市民社会の思想伝播もまたありえない速度で行われた。その結果が、中東で起こっている独裁政権に対する運動なのかなと。あれをカーニヴァルと呼ぶ事に対して異論があると思うけれども、チャーリーがp.139にて書いている「カーニヴァルそれ自体にサステイナビリティを欠いている」という点で一致を見ているかなと思う。カーニヴァルでは蜂起し、破壊することはできても、創造、安定することは難しそうだ。担い手は同一でも、手段は異なる必要があるのだろう。日本でもそろそろ政治的な意味を持つカーニヴァル(=デモ)が起こってもいいような気がするけど・・・あ、心ある若者は物理的行動にでなくともいい武器を手にしていることを十分に知っているのであった。

  • 刊行当初、話題になっていたと思う
    読まなくてはと思っていて、図書館に行ったらあったので読む

    正直、まだ全てを理解はできていない
    好きなマンガ「日本沈没 一色登希彦 版」の中では、現代社会に対する考察が、色々な視点で度々なされているのだけれども、その背景とも言えるものの一部がなんとなくわかった気がする

    一応、内容を自分なりにまとめると
    現代社会における社会現象は、思想や内容とは関係なく「盛り上がれるかどうか=祭り」という内実のものなっていないか
    このことについて「ニート、フリーター」、「監視社会」、「データベース」、「携帯電話」といったキーワードを用いて論理を組み立てていく、と言った内容
    しかし、現代社会がそのような状況にあるいうことを良い悪いでは語らないように、あくまで現状の把握のための切り口の一つとなるように語られている

    うーん、社会学の本というのは実はそんな読んでいなくて、難しかったけど、かなり刺激的な本だった
    特にフリーターやニートに関するくだりが印象的だった

    手元に欲しい一冊だった

  • 私が得たものは、
    ◎切り取られる私
    ◎背景としての他
    ◎仮面の密着性
    かなあ。
    まあ全然関係ないこともありますけど。

    私が私がっていうのも、厄介なんだなあと思った。選択の幅がありすぎるっていうのもこわいものなんだなあ。
    自由に責任はつきものだけれど、その責任をどこに向けて果たすのかがわからないし、責任を果たすことそのものの意義がなくなっている気がした。

  • これがきっかけで(動機ではない)編入学してしまいました。<BR>
    人生変わりました。

  • とりあえず若者はみんな読めばいいとあたしは思うわけです(笑)。監視社会論のおさまりがちょっと悪いかなという気もしなくもないけど、若い子のどうしようもなさをすごくうまくすくいあげてくれる人だよなーと思う。一時期真剣に鈴木先生に恋してました(笑)。

著者プロフィール

1976年生まれ、福岡県出身。関西学院大学先端社会研究所所長、社会学部准教授。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター客員研究員。専攻は理論社会学。著書に『カーニヴァル化する社会』(講談社現代新書)、『SQ“かかわり”の知能指数』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『ウェブ社会のゆくえ<多孔化>した現実のなかで』(NHKブックス)ほか多数。

「2019年 『未来を生きるスキル』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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