ウェブが創る新しい郷土 ~地域情報化のすすめ (講談社現代新書)

著者 :
  • 講談社
3.07
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感想 : 13
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  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061498730

感想・レビュー・書評

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  • (1)「どのようなことを書いた本か」
     地域で生まれた地域プラネットフォームや地域メディアは、企業や政府を含むあらゆる主体が活用する新種のメディアになる可能性がある。
     「岸辺のアルバム」(山田太一)が家族という主体の絆となったように、新種のメディアはweb2.0の情報洪水のなかで、主体による主体のための情報コントロールを行い、主体を主体たらしめる。地域もこの新種のメディアを活用し、旧藩に匹敵するような『主体』になることが考えられる。
     一方、情報社会をさまよう個人から見ると、地域はこれまで同様「郷土」であり、自らのアイデンティティを支える重要な役割を果たすのである。このように地域情報化は、地域活動として人々や地域に活力を与えるばかりか、先駆的な活動として幅広い意味を含んでいる。局所的な熱狂にとどめるにはあまりにも惜しい。
     そこで、まず皆さんに地域情報化を知っていただきたい。そのうえで地域情報化の現代的、一般的な意味を見いだし、そして応用していただきたい。本書がその一助になれば幸いである。

    (2)「特に注目する、ここが『重要な提案』だと考える部分を引用を含めて」
     郷土、あるいは故郷は、日常でほとんど考える機会がない縁遠い存在だが、改めて郷土を考えると、なんとも懐かしく、やりきれない気持ちになる。少なくとも自分の中に、強度が実在していると分かる。
     ただその様子は、小学校時代に何度も唱った『故郷』(岡野貞一作曲、高野辰之作詞)とは随分と違っている。ウサギを負った経験もないし、釣ったのは小鮒ではなくザリガニで、川は臭かった。『故郷』の田園風景とずいぶん異なるものの、二番にうたわれた父母や地元の友達への思いは共感するところ大である。
     郷土は、自分を育て上げてくれたたくさんの人々の顔や、生活環境、自然風土に関する実体的な記憶で構成されたイメージである。『故郷』が書かれた大正時代と、私の幼少期の昭和四十年代とでは社会環境が大きく異なるが、幼い自分に関する個人イメージが郷土を形作っていることに変わりない。赤ん坊は家族を中心とした多くの人間に助けられながら現実空間をいきるものの、生まれ落ちた直後から本人が意識する・しないにかかわらず、web空間と現実空間との間に生きることになる。学童期になるとインターネットに出会い、すぐに能動的にインターネットに関わるようになる。ゲームや音楽に興じ、コミュニケーションをweb空間で楽しむ傍ら、多くの知恵や情報リテラシーを身に着け、やがて成人する。またこの間、現実空間と同様、web空間での礼儀や作法、そして現実空間とweb空間を往還する作法を身に着けていく。モラトリアム期間(成人までの猶予期間)の重要さは、情報社会になっても変わらない。この期間を通じて個人を形造る知識や教養そして行動様式や感受性が育まれる。それには安全で安定した環境が不可欠だが、今後は現実空間だけでなく、web空間上でも同じように安全を確保する必要がある。そのためには、地域にバインドされた信頼における活動の場を用意して、情報リテラシーを体験的に学習させる必要がある。また、本書で紹介をしてきている地域プラットフォームや地域メディアに参加させ、コミュニケーションを直接体験させながら、メディアの良い所や悪い所を理解させる必要があるだろう。
     このように、現実空間とweb空間をまたぐ「地域」は子どもの育成場所として最適である。地域は否定され、実体を失ってしまった。しかし現在、子どもの安全と、二千七年問題で地域が再び要請されている。『子供』の育成場所と、「高齢者」の居場所。人生の始まりと終わりのどちらにも地域は欠かせないという当たり前の事実が、ここでも明らかになった。これからも地域は、郷土『パトリ』として生き続ける。

    (3)「読んだ後に感じた、私の意見」
     この在学中の期間で、自分にとっての地域とは、これからの地域を改めて考え直し、地域のために自分ができる最大限の事を二年間の授業を通して見つけていきたいと思った。(舞姫 20150105)

  • 接続詞が無いから、話の切り替わりが多くて咀嚼できない。書き直して欲しい。

  • 配置場所:摂枚新書
    請求記号:367.7||M
    資料ID:95070014

  • [ 内容 ]
    ネットとメディアで地域の力を取り戻せ。

    [ 目次 ]
    第1章 地域という幻想(境界の消滅 中心の消滅 ほか)
    第2章 地域情報化とは何か(空間をデザインする都市計画 活動の場 ほか)
    第3章 対話の共同体(シニアSOHO普及サロン・三鷹 富山インターネット市民塾
    鳳雛塾)
    第4章 想像の共同体(佐渡のお笑い島計画 PACと住民ディレクター活動地域SNS)
    第5章 Web2・0以降の地域(CGMの限界 生活者のメディア ほか)

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    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

  • 卒論の引用文献

  • だいちゃんから

  • 地域とITの関連性についての話

    購入 2007/3/1
    読了 2007/4/10

  • 郷土(パトリ)という概念を持ち込み、この愛国心にも似た想いこそ重要という出発点を持つ。地域の活性化はどうあるべきか、その中で地域プラットフォームや地域メディア・SNSはどう活性化されるべきか、という提言をした快作。情報化社会の中でどうやって主体性を見出すか、地域のまとまりをどう再生するか、は読み応えあり。

  • 「まちづくり×地域情報化」について書かれている本です。
    とはいうものの、「×」の部分がしっかりと記述されていないのが残念です。

    第一章では、昨今の「地域」という括り(ここでは、地域の共同体という意味)が希薄化してきていることを述べ、そして、さらに子供の安全や2007年問題を景気として、地域の復活が求められているということを述べています。

    第二章では、作者がとらえている「地域情報化」の意味を定義しています。ここでは、空間をデザインする都市計画と集団をデザインする地域情報化という対比で説明されていました。
    従来の都市計画が行政からの一方的な押し付けになってしまっていた一面は確かにそうなのでしょうが、少なくとも近年では、都市計画においてもいかに住民の意見を取り入れていくかといった主体的な住民参加を志向している自治体も多いのではないかと考えます。そういう現状を踏まえると上記の対比は必ずしも成り立たないのではないかと思います。
    また、並列して行政情報化(例えば電子政府など)との対比も記述されており、違う次元の話が交錯しているところも気になりました。

    そうはいうものの、ここで一番言いたかったことは、希薄化している地域の復活のために、地域住民が主体的に地域を設計していくことが重要であり、その手段として地域情報化が使えるのではないかということだと思います。

    第三章・第四章では、地域情報化によってWeb上に創られた共同体を「想像の共同体」としてその先進事例を紹介しています。

    第五章では、Web2.0という特にSNSについて説明をしていました。

    個人的に違和感を感じたのは、現実の居住地としての地域とWeb上で構成されるコミュニティを同一視しているのではないかと思わせる点です。著者の見解でもこの両者は一致しないと冒頭のほうで述べているのですが、先進事例などを見るとこの両者を一致させようとがんばっている事例が紹介されていたような…。

    論証不足で章の間が分断されている印象がやっぱりするなーという新書でした。

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