ゲーム的リアリズムの誕生~動物化するポストモダン2 (講談社現代新書)

著者 :
  • 講談社
3.54
  • (70)
  • (130)
  • (199)
  • (21)
  • (8)
本棚登録 : 1363
レビュー : 104
  • Amazon.co.jp ・本 (352ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061498839

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • オタク論でありポストモダン論であり文学論。
    ラノベにも美少女ゲームにも触れたことのない人にとっては理解しにくいかもしれない。そういう人でも理解しやすいように本文中で詳しく説明されているが、やっぱり実感としてわかるかどうかは大きな違いだろう。

    本書は2007年に出版されたが、2016年現在、ここで予言されていた新たな文学のあり方が当時よりも顕在化、加速化している気がする。メタ物語的な想像力に支えられた物語、読者を物語の中に参加させる手法は今や定番でありふれたものだし、当時よりもずっと、物語外の世界の権力は物語そのものを押しのけて肥大している。
    物語外の世界(読者/消費者/プレイヤー)に重心を置き物語外の物語を膨らませる手法すら、今はデータベース化されている気がする。さらにいえば物語外の物語すらデータベース化されている。
    というのは、まず物語は重要ではなく主役はコミュニケーション、あるいは手軽に自分の欲しい感情(泣く/ときめき/きゅんきゅん/義憤/切なさ)であり、物語はそのために偶然に選択された使い捨ての道具であるように思える。そしてコミュニケーションや感情の内容に意味はなく、コミュニケーションをすること自体、感情を発生させること自体に意味があるように思える。だから簡潔に手っ取り早く記号的なコミュニケーションと感情を手にするために、物語外の物語すらシンプルであることが好まれデータベース化された、と考えるからだ。

    昨今の氾濫する物語群とその環境を見て、元オタクの元少年の私はそう考える。
    でもたぶん、思春期時代の自分がこの文章を見たら憤慨するだろうなと思う。今の私にはもうわからないが、外から見るよりもずっと繊細な時代ではあるから。

    でも外から見ると、物語もそれに対する読者の反応も、反応の仕方や文面まで含めて驚くほど画一的なんだもの……。某web漫画アプリとか見ていると、次のきゅんきゅん、その次のきゅんきゅん、また次の使い捨てきゅんきゅんを求めてあくなき徘徊を繰り返す肉食獣みたいに見えて。そして同時にその無限のきゅんきゅんを共有する仲間とのコミュニケーションが至上の喜びに見える。

    あと美少女ゲームをやってるオタクが「純愛」と「浮気」の矛盾した欲望をどちらも満たせるっていうのは面白いと思った。確かに個別ストーリーは純愛なのに、プレイヤーはいろんなキャラシナリオ楽しめるから浮気心も満たせるよね。

  • やろうやろうと思っていたEver17のネタバレは心が痛いが、やってなかったのが悪いから仕方ない。本の中で記されている「ライトノベルの可能性」というものが今や認められず、萌え記号データベースの消費として閉塞してしまっている現状はなんとなく残念。2007年に読んでおきたかった本。

  • 本書に限らないことだけれど、本書を読んで改めて感じたのは、批評ってのは結局「後追い」でしかないのかなぁ、ってことで、いろいろ啓蒙ぶった言説を開陳していらっしゃるけれどそのほとんどが既に感覚として共有され尽くしていることで、本書はその共有感覚を明文化して追認する意味しか認められない気がする。もっともそれを認めた上で頭の中を整理する分には有用だけれど、批評家がそうやって一生懸命現状を明文化して見せている間にも舞城王太郎のような器用な書き手は次の新しい一手を繰り出しているのだろう。

  • この人の文学観は一体どうなってるんだろう? 自然主義的手法で書かれた小説イコール文学、という括りにはちょっとついていけない。小説のメタ性を崇拝視しすぎだし、「文学とかアニメとかゲームの垣根を取っ払った広い視野で批評を!」なんて言ってる割には、この人の視野が決定的に狭い。前著はまあまあだったのに。

  • で?

  • ライトノベルを読んだこともなければ、キャラクター小説も未経験、とどめは美少女ゲームもやったことないあたしには、本書の内容はチンプンカンプンでした。

    もう少し実社会との接点とか、現実社会の抱える病理、青少年の行動などとの絡みを期待していたんですけど、そういうところは皆無というか、あたしにはさっぱり読み取れませんでした。

    現在の文芸界の潮流を鋭くえぐった評論と言われるのかもしれませんけど、ここまで深読みしなくてもいいんじゃない、本はもっと気楽に楽しむためにあるものでしょ、とも思います。

  • 大まかに前半が理論的な内容で、ゲーム的リアリズム自然主義的な読解に対する環境分析的な読解等が説明される。後半が環境分析的な読解による具体的な作品批評、という構成。
    後半により、かなりクリアに色々理解できた気がする。俺はこの本で主に取り上げられている類の小説、ラノベとか舞城王太郎は殆ど読んでなくて、数少ない接点である例えば西尾維新原作の漫画とかは何となく圧倒される感じだったけども、なんかその圧倒される理由の構造的な部分が理解できた。

    この本が書かれた2007年は、ゲーム的リアリズムは虚構の世界に軸足があったように思えるけども、現在(2018年)は現実がかなりゲーム的になってきていて、現実が糞ゲーに思えて、政府を始め社会を動かす人組織仕組み全般をゴミ運営として捉えているのかな、と考えながら読んだりしていた。

    そういう流れで、最後の方の、

    "私たちは、メタ物語的でゲーム的な世界に生きている。そこで、ゲームの外に出るのではなく(なぜならばゲームの外など存在しないから)、かといってゲームの内に居直るのでもなく(なぜならばそれは絶対的なものではないから)、それがゲームであることを知りつつ、そしてほかの物語の展開があることを知りつつ、しかしその物語の「一瞬」を現実として肯定せよ、これご、筆者が読むかぎりでの、『九十九十九』のひとつの結論である。"

    っていうのに何故かとても感動した。

  • 動物化するポストモダンの延長で今それを体現している文学について書いてある本。ライトノベルや今の前衛的な作品のメタさゲーム世代の感覚や感性がよくわかると思う。結構な射程のある本だと思うし随分とスッキリした。

  • なるほどなぁと思いながら読んでしまった。ラノベ、美少女ゲームも売れるには訳があるんだとわかった。

  • この感覚、この感覚が、自覚的に本を読み出した初めの頃に抱いていたものだったことを忘れてはいけない。

全104件中 1 - 10件を表示

ゲーム的リアリズムの誕生~動物化するポストモダン2 (講談社現代新書)のその他の作品

東浩紀の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
村上 春樹
パオロ・マッツァ...
有効な右矢印 無効な右矢印

ゲーム的リアリズムの誕生~動物化するポストモダン2 (講談社現代新書)に関連する談話室の質問

ゲーム的リアリズムの誕生~動物化するポストモダン2 (講談社現代新書)を本棚に登録しているひと

ツイートする