ゲーム的リアリズムの誕生~動物化するポストモダン2 (講談社現代新書)

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  • 講談社
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レビュー : 110
  • Amazon.co.jp ・本 (352ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061498839

感想・レビュー・書評

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  •  著者の前著『動物化するポストモダン』はオタクの動向だけでなく日本社会全般に当てはまる「『大きな物語』の衰退→物語消費からデータベース消費」という流れに言及したが、当書はオタクの消費活動及び、消費の対象となる作品(「ひぐらしのなく頃に」など)の構造について焦点を当ている。

     リオタールの言う「大きな物語」とは高度経済成長期の日本で「仕事を頑張れば明日は今日より良い暮らしができる」というように国民全体に広く受け容れられたスローガン、価値観のこと。ポストモダンはそのような大きな物語が衰退して、拡散的な小さな物語が生まれ、社会やライフスタイルの多様化が尊ばれる時代である。

     前著の内容と被りますが、ポストモダンの徹底化により台頭したのが「萌え」と「データベース消費」である。漫画やライトノベル、ゲーム、アニメのキャラクターは「眼鏡っ子」、「ツンデレ」、「先輩」、「妹」といった「萌え要素」という単位まで分解され、その萌え要素を集めたデータベースそのものが消費の対象となっている現象を「データベース消費」と表現する。

     ちなみにこうした傾向はキャラクターの自律化や二次創作の増加といった現象を招く。たとえば、作品ごとにキャラクター設定の一貫性に欠け、作者自ら「シリーズものではない」と公言する「東方Project」には二次創作で作られた設定が次の原作に反映されるなど、こうした動きが顕著に表れている 。

     データベース消費が作品内に強く現れることで、ゲーム的リアリズム(ゲームのような現実)が誕生すると言う。それは、

    「ポストモダンの拡散した物語消費と、その拡散が生み出した構造のメタ物語性に支えられている。その表現は、まんが・アニメ的リアリズムの構成要素(キャラクター)が生みだすものでありながら、物語を複数化し、死をリセット可能なものにしてしまうため、まんが・アニメ的リアリズムの中心的な課題、すなわち『キャラクターに血を流させることの意味』を解体してしまう。(P.142)」

    と説明されます。その「ゲーム的リアリズム」が生んだのが「ONE」、「ひぐらしのなく頃に」、「九十九十九」といった作品だとされる。

     ただ、「大きな物語の衰退→現実認識の多様化」の流れを唯々諾々と受け容れるだけでは「人それぞれでいいじゃん」という単なる相対主義で思考停止してしまう。

     自分の取り巻く環境を能動的に変えようとするのではなく、受動的に変化に適応しようとする点で、この唯々諾々と受け容れる姿勢は「動物的」である。ただただ美少女に「ブヒる」ことで消費する「萌え豚」という言葉が人口に膾炙するようになったことと無関係ではあるまい。

     最初に読んだのは4年前だが、この本が『涼宮ハルヒの憂鬱』を読むきっかけになって、そこからいろいろな漫画やライトノベルに触れるようになったことを考えると、不思議な因縁を感る。

     そして、4年前に読んだときに内容をほとんど把握できなかったのに、今はできることが感慨深い。今となっては言いたいことも結構あるが。

  • 美少女ゲームの話はよくわからんが、ライトノベルの分析はおもしろかった

  • Amazonのレビューとかを見ていると、この本に対する態度って二つに分かれるんじゃないか。
    これまでの人生の中で、サブカル的なものに熱をもった時期があったかないか。あったという人は、「なるほど!わかるかも!」になり、なかった人は「わからん!所詮ヲタの文化」になるんじゃないかと。
    筆者が掲げる環境分析の射程内に入る作品が、もう少しポップカルチャーに属するものになってくると発展性があるんじゃないか。
    同期で舞城王太郎とか読んでる人いないしなあ。

  • 前半は大塚英志さんの話をもとに、小説について。
    後半は「物語と現実のあいだに環境の効果を挟み込んで作品を読解する」環境分析的な読解でいくつかの作品について。

  • 物語とメタ物語論の比較とゲーム的物語についての考察は面白かった。
    しかしAIR等の作品単体についての批評ってのは
    それこそ固有の結末(解釈)があるまさにゲーム的世界観だと思うし
    面白いつまらないのシンプルな感想が好きです。

  • 読了。

    美少女ゲームやラノベをたしなんでいる人たちなら無意識に考えていたことを整理しているような内容。
    だからその発想はなかった! と感動するとか言うわけではなく、自分の中の経験をまとめる役に立った感じ。

    作者の手を離れた作品がそれ自体、周囲の似た作品らとの関連に着目して構造的に語るという手法はテクスト論に通じるよなぁとも思った

    後半は具体例として様々なラノベ、ゲームを挙げてメタ性について語っていたが、パラフレーズの繰り返しで言ってる内容が単一すぎて、浅さを感じた気がしないでもない。

  • 10/9
    前作でほとんど語りつくされてるような…
    萌えのリテラシー。

  • 2007/07/10 購入
    2007/07/12 読了 ★★★
    2009/10/01 読了

  • ライトノベル論。

  • 動物化するポストモダンの続き。

著者プロフィール

東浩紀(あずま ひろき)
1971年東京生まれ。批評家・作家。ゲンロン代表。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(学術博士)。専門は哲学、表象文化論、情報社会論。
著書に『存在論的、郵便的』(サントリー学芸賞思想・歴史部門)、『動物化するポストモダン』、『クォンタム・ファミリーズ』(第23回三島由紀夫賞受賞作)、『一般意志2.0』、『弱いつながり』(紀伊國屋じんぶん大賞2015受賞作)ほか多数。『ゲンロン0 観光客の哲学』は第5回ブクログ大賞人文書部門、第71回毎日出版文化賞受賞作。

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