ゲーム的リアリズムの誕生~動物化するポストモダン2 (講談社現代新書)

著者 :
  • 講談社
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本棚登録 : 1464
レビュー : 110
  • Amazon.co.jp ・本 (352ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061498839

感想・レビュー・書評

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  • 批評家・東浩紀氏による文芸評論っぽい本。現代的な「リアリズム」について、きわめて刺激的な議論がなされている重要な作品です。

    本論ではいわゆるサブカルチャーに焦点を当てているのですが、もともと著者は哲学や古典文学などハイ・カルチャーへの親和性がとても強い方であり、一方で社会学者と勘違いされるくらいに現代社会というものを深く思考されている方でもあります。そういったいろいろな対立軸が、著者独特のクリアな文体によって新書一冊にまとめられている。特に優れた仕事だと思っております。

    わたしがもっとも引き込まれたポイントは「半透明」というキー・ワード(P.92~)でした。柄谷行人氏の議論に接続する形で提出されている概念であり、"近代の理想を前近代的な媒体に反射させ、その結果を取り込んだという屈折した歴史のゆえ"、つまり近代小説の言葉ではないまんが・アニメ的な表現技法の模倣による表現技法を指して使われています。ライトノベルやセカイ系といったサブカルチャーにとどまらず、現代に溢れるあらゆる表現に対してもおもしろい視点を得られる、射程の長い概念だと思われます。

    著者らしい明晰な筆致で描かれているためか、amazonのレビューを見ているとサブカルチャー側からもハイカルチャー側からも突っ込まれたりしているようです。ただ、そもそも本書が世の中であまり言及されていないこと自体、言論界全体がどうもピントがずれていることの証左のような気もします。『動物化するポストモダン』(講談社現代新書)と比べても、より深められた議論になっているように感じますし、著者の作品に触れてみたいという方にはいちばん最初におすすめできる一冊だと、個人的には思っています

  • きっかけは舞城。「九十九十九」を読んだが理解が及ばないためその解説本の感覚で手に取った。

    近代性が失われた「大きな物語」不在の時代において、なぜ物語におけるキャラクター化が進行するのか。明治期の自然主義文学や戦後の手塚漫画などのキャッチボールから生まれたことが述べられる。文学や漫画の歴史に詳しくもないので、そんなものなのかなとも思う。

    キャラクター化の進行とクローズアップにはきっと多面的な要素があると思う。商業的に成功するには、より理解しやすく、より簡潔でなければならないわけで、データベースから構築されるキャラクターのパターン化を通して読者に対して人格や性格の把握というある意味面倒な読み込みをパスさせているように思う。
    また「大きな物語」がどんどん相対化される時代にあって、セカイそっちのけで話が進んだり物語がメタ化されてしまえば、キャラクターに比重を置いたり焦点を当てたりしたくなるのは作家として当然の帰結だとも思うし。

    ループについて実作品を解説する項が多数あったが、近代を超えた理解のもとではニーチェの永劫回帰といい、時間が合理的な単線を流れないのはお決まりなのだろうか。

  • やっぱり男のおたくと女のおたくはちがうのか。そんなことばかり考えながら読みました。恋愛を主題とすれば、まあ半径5メートルくらいの世界で良いし、もともと戦闘が主題になる少年漫画とか、男性向けコンテンツが持ちやすいスケールの大きな世界観というのは必要ないわけで、つまり女性向けの作品にはこういう世界観に関する解釈ないし議論はしにくいのかな、って。manが人間を意味していたことはほんとうに大きい。でも、プレイヤー視点に関する議論を読んで、世界に対して傍観者であるという認識はもはや女性だけのものではなくなったのだと感じました。もともと女性が傍観者だという感覚を持つのは、欲望の主体ではなく対象であるような認識を強いる社会構造によるものではないかと思いますが、自分が主体となって世界に影響できるんだというような感覚を持ちにくい現代社会にあっては、もはや性別に関わらず傍観者としての感覚を持たざるを得ない。だからなにを主題にしているかによらず、現状認識として同じところにたどりつけるのではないか。とりあえず舞城王太郎よみたい。

  • 東浩紀の著作「動物化するポストモダン」の第2弾。
    今回はライトノベルを中心とした現代文学論。
    相変わらず深読みと拡大解釈が繰り広げられているが、「動物化1」で提示されたデータベース化の話や、読者(あるいはプレイヤー)の視点の構造について、具体的な作品を基に解説しているため、かなりわかり易くはなっている。
    といっても例として挙げられる小説・ゲームをほとんど読んだことがないため、理論的にしか受け取れない部分が多い。この本の読者層は概ねそれらを体験しているのだろうか、いや・・・。
    例示されている小説にも読んでみようと思わせるものがいくつかあったので、実際に読んでみれば理論を体感できるのかもしれない。
    そして、多くの文章が大塚英志の著作から引用されているが、本来の論点がどこにあるのか明示されないままに進んでいると思われる部分がある。これも引用元を読んでみるしかないのだろうか。

    それでもなお疑問に思うことは「二次創作」という概念について。
    文中では「二次創作」という一つのカテゴリーがつくられているように感じるが、これは「サブカルチャー」のような「補集合」的な言葉でしか無く、東浩紀が例示しているライトノベル、ゲームでさえ「一次創作」であるということは言い切れない。「オフィシャルな二次創作」という言葉が使われるように、単純に出版元の話でしかないのであれば面白くない。
    この辺りは話を進めるにあたって曖昧にしておかなければならないのだろうか。
    「一次」「二次」という概念は、この作品を「一次」としたときにこのイラストは「二次」と捉えられるというような限定的な適用となるのではないだろうか。


    徐々にこの類いの書籍を読む自分の意図がずれてきている気もするが、サブカルチャーと言われる範囲の知識を得るというよりも、それらがどのように議論されているかに興味がシフトしてきているのかもしれない。読者としての視点と、更にメタなプレイヤーとしての視点が剥離してきたように感じる。

  • ラノベを文学のなかに位置づけた画期的な理論書。

  • オタク世界をちょっとかじっただけの自分でしたが、「なるほどなぁ」と楽しく読めました。
    舞城王太郎さんを知るきっかけにもなった一冊です。
    「九十九十九」の最後の方の見立てのくだりがすごく好きです。


    ん、これは「九十九十九」の感想になっている…?



    この本のおかげで
    →メフィスト賞巡礼
    →西尾維新


    って読書領域が広がりました。
    そう考えるとなんとなく懐かしい気分。

  • ポストモダンとは、社会の構成員が共有する価値観やイデオロギー、すなわち大きな物語の衰退で特徴づけられる。1970以降の時代。個人の自己決定、多様性の肯定。
    衰退とは、共有化せよという圧力が低下していること。小さな物語へ。


    ラノベとは、キャラクターを環境にして書かれる小説。

    半透明性。
    ゲーム的リアリズム。
    メタ物語的。

  •  東浩紀が「動物化するポストモダン」の続編として書いた一冊。

     大きな物語を失い、キャラクター、データベースを消費するようになった現代。それは純愛でありながら、何度もプレイすることによって多くの女性を攻略できる美少女ゲームの矛盾に代表される。しかし、2000年代に入り、メタなストーリーにより大ヒットしたライトノベルや美少女ゲームなどのサブカルチャー作品は、メタ化によってそういった点を指摘し、データベース消費的な現代を反映している。多くのサブカルチャー作品を挙げながらの説明は説得力がある。
     2010年代の現在から見ると、推しメンを選ぶAKB48の大ヒットもこの流れに沿ったものかもしれない。

     非常に重要で現代を考える上での一つの羅針盤になる様な論説であると思うが、私の頭が悪くてよく分からなかった部分も多い。
     大きな物語を失った私達はどうあるべきか。その答えはこの本には書かれておらず、自分で考えていくしかないのだと思う。

  • 本書にも言及のある通り、社会と物語との関係について述べたもので、ラノベや美少女ゲームが考察の中心。
    キャラクター小説、データベース消費、まんが・アニメ的リアリズム、ゲーム的リアリズム、想像力の二環境化、自然主義的読解、環境分析的読解、コンテンツ志向、コミュニケーション的志向、文体の半透明性。
    本書で言及される世界に初めて立ち会う人でも分かるくらい説明が丁寧でありつつ、その主張は斬新。
    前半の理論編は個人的にかなり参考になった。
    背景知識が豊富な著者なので説得力がある。宇野氏がゼロ想で批判していた点も見直してみたい。

  • とびとびで読んだのと、僕自身がラノベや美少女ゲームに興味がないため、ちょっと理解しづらかった。今度、清涼院流水や西尾維新あたり読んでみよう。あと、舞城王太郎か。

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著者プロフィール

東浩紀(あずま ひろき)
1971年東京生まれ。批評家・作家。ゲンロン代表。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(学術博士)。専門は哲学、表象文化論、情報社会論。
著書に『存在論的、郵便的』(サントリー学芸賞思想・歴史部門)、『動物化するポストモダン』、『クォンタム・ファミリーズ』(第23回三島由紀夫賞受賞作)、『一般意志2.0』、『弱いつながり』(紀伊國屋じんぶん大賞2015受賞作)ほか多数。『ゲンロン0 観光客の哲学』は第5回ブクログ大賞人文書部門、第71回毎日出版文化賞受賞作。

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