明治十年 丁丑公論・瘠我慢の説 (講談社学術文庫)

著者 :
  • 講談社
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本棚登録 : 90
レビュー : 11
  • Amazon.co.jp ・本 (146ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061586758

作品紹介・あらすじ

近代日本の代表的な思想家福沢諭吉は、本書「丁丑公論」において西南戦争の賊軍の首魁であった西郷隆盛を、西郷の行動は横暴に対する抵抗であったと弁護し、明治新政府を痛烈に批判した。また「瘠我慢の説」において、明治維新の際、徳川幕府側に在って歴史的な役割を演じた勝海舟と榎本武揚の2人をとりあげ、その挙措と出所進退を批判した。福沢諭吉の思想のバックボーンをなす抵抗精神と自由独立の精神を知る上に不可欠の書。

感想・レビュー・書評

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  • 丁丑公論は、西南戦争に敗れた西郷隆盛の名誉挽回の論説。アメリカ南北戦争を引き合いにする点など、興味深い。当時の世論というか、世相というようなものにも想像が及ぶ。痩我慢の説は勝海舟、榎本武揚が幕臣ながらも新政府にも関与する様への疑問の投げかけだ。それらを本人らに直接問うている点、公正明大な公開討論の風もある。ただし本人らの回答は確かに承ったのみで反論の記載はなかったところは大人の対応なのかどうなのか。

  • 『ぼくらの頭脳の鍛え方』
    文庫&新書百冊(立花隆選)116
    近代日本

  • 「明治十年丁丑公論」西南戦争で戦死した西郷隆盛を擁護し,彼を生かせなかった政府を批判している.「西郷は天下の人物なり.日本狭しといえども,国法厳なりといえども,豈一人を容るるに余地なからんや.日本は一日の日本に非ず,国法は万代の国法に非ず,他日この人物を用るの時あるべきなり.これまた惜しむべし」.

    「瘠我慢の説」維新のときに幕軍に属しながら,維新後,新政府で高い地位まで登った勝海舟と榎本武揚への批判の書.勝の返書は相当おこっているのがわかるが,私には勝の方が一枚上手のような気がする.福澤の批判はもっともなところもあるけれども,勝は「いいたいやつにはいわせておけ」というくらいの開き直りがある.こういう人に何を言っても無駄.

    ところで,福澤と西郷と勝と並べて見ると,私には福澤と西郷の精神的な距離の方が,福澤と勝のそれよりもずっと遠いような気がする.福澤と勝は合理主義という共通の行動規範をもっているように思われる.一方の西郷隆盛はヒューマニズムと言ったものを感じさせるけれど,それは福沢諭吉にはあまり感じられない.これは私の先入観かもしれないが,この2つの論が私の腑に落ちないのはこういったところにもあるのではないかと思う.

    他に「旧藩情」.これは未読.

  • 卓越した西洋理解のもとに啓蒙活動を進めていた福澤先生であるが、その武士的エートスが垣間見られる著作。

  • 面白かった。
    名より実、要は人が幸福に生きて行けることが重要であるという考えに共感します。とはいえ「不如意は人生の常にして」…ですよね〜〜。
    スパスパ斬る感じのハッキリした論調も快でした。
    次は福翁自伝が読みたいなぁ

  • 11/09/30。

  • 内田先生オススメの一冊。
    西南の役の西郷を擁護した「丁丑公論」、勝海舟と榎本武揚の変節を嘆いた「瘠我慢の説」、それぞれ世論の向こうを張っての論考だけに、筆者の気合が感じられて、つい「そうだよなあ」と納得しながら読んでしまう。
    最後の「旧藩情」は、幕藩体制時代の武士の生活ぶりがリアルに感じられる小篇。

  • 毒があって面白い人。

    「行蔵は我に存す。毀誉は他人の主張」
    by勝海舟
    これが一番響いた。

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著者プロフィール

1935~1901年。豊前中津藩(現・大分県中津市)下級藩士の次男として生れる。19歳の時、長崎に蘭学修行におもむく。その後、大阪で適塾(蘭方医、緒方洪庵の塾)に入塾。1858年、江戸で蘭学塾(のちの慶應義塾)を開く。その後、幕府の使節団の一員として、3度にわたって欧米を視察。維新後は、民間人の立場で、教育と民衆啓蒙の著述に従事し、人々に大きな影響を与えた。特に『学問のすすめ』は、17冊の小冊子で、各編約20万部、合計で340万部も売れた大ベストセラー。その他の著書に『西洋事情』『文明論之概略』『福翁自伝』など。

「2010年 『独立のすすめ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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