塩の道 (講談社学術文庫)

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  • 講談社
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レビュー : 49
  • Amazon.co.jp ・本 (220ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061586772

感想・レビュー・書評

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  • 本書では塩が題材になっているが、かつての日本の流通が、たとえば密林やサバンナの生態系、ヒトの腸内環境のような精緻なバランスを連想させる。それは当時の必要に応じた暮らし方の一部に過ぎないとも言えるのだけれど、現在の効率的なのに大量の廃棄物が出る社会にはない美しさだ。いたずらに過去を美化するわけにはいかないが、「必要なものを必要な分だけ」手に入れる良さを、少しでも維持していきたいという気持ちになった。義務感ではなく、そのほうが美しいと感じるから。

  • 2014.9記。

    生きるために欠かせない「塩」と、人々はどう関わり合ってきたか。
    著者はまず、「八百万の神」を祀る習俗の日本において「塩」そのものを祭った神社がない、という事実に着眼して筆を起こす。

    容易に塩を得ることのできなかった古い時代。山奥の人は薪を川に流す、川下の人はそれを拾って海水を茹で、塩に変える、それを山奥に返す。まさしく、流通経済が塩を媒介として育っていた。昭和初期くらいまでは薪のことを「塩木」と呼ぶ地域があったという。

    また、人々は山中で立小便をすることを厳しく戒めた。理由は、狼が塩をなめに来るため。以前読んだ「イマドキの野生動物」という本の中で、現代でも、野生のシカが道路凍結予防に散布される塩を舐めて大繁殖している、というエピソードが載っていた。我々は「立小便禁止」を近代的道徳の範囲でしか理解せず、古の知恵を失ってしまっているのかもしれない。

    最後に、結局回答が言及されていない「塩が祀られない理由」についての私個人の仮説。つまり、塩は一種の貨幣、「交換を媒介する手段」としての側面を持っていたから、という発想はどうだろうか。貨幣も、神社で神様として祭られているという話は聞かない。そして、網野善彦氏の歴史学の知見を借りれば、交換=経済を媒介するものは、モノと所有者との関係を断ち切る(「無縁にする」)性質を持っている(例えば市場)。
    「浄化」という機能も含め、塩には貨幣や市場に通じる交換手段としての「無縁性」があり、よって八百万信仰の外にあったのではないだろうか。なんか、我ながら結構いい線いっている気がしてきたが、多分違うしまあいいや。

  • 傑出した名著。宮本氏のたぐいまれな観察と失われゆく習俗への愛情にあふれている。

  • 塩が貴重だった時代、山に住む人にとっての塩。

    その塩を活用するための日本人が編み出した暮らしに密着する知恵と工夫。

    「日本人と食べもの」の内容に関心がありましたが、どの章をとっても、どの節をとっても、得るものが多かったです。

  • 民俗学の古典ともいうべき本ですね。
    勿論、今、読んでみると古臭いネタも多く、
    非現実的な話もあるのですが、(何故か三陸の人たちが自分たちのところで塩を作らず、わざわざ遠くから塩を調達しようとしてたり(´∀`;))
    戦後の時代にこの本にあるような論文が書かれたという事実を、
    時代背景を考えながら、読んでみると、やっぱり宮本常一という人は、
    凄くバイタリティに溢れていた人なんだろうなと思えます。

    そのような意味で元気の出る本ですね。

  • 塩がいかにして作られ、運ばれてきたのか。
    塩は神として祭られたことがないという話から始まり、山奥に住む人が苦労して塩を手に入れていた話や、塩を運ぶために道が作られたという話などが続きます。

    塩だけにとどまらず、日本の食べ物や道具や暮らしなど、興味を掻き立てられることがぎっしりと詰まっていました。

    宮本常一さんは実際に自分が見聞きしたことを書き記しているからか、文章に血の通っているような温かみがあって好きです。

  • 本の題は『塩の道』ですが

    Ⅰ塩の道

    Ⅱ日本人と食べ物

    Ⅲ暮らしの形と美   の3部から成る。


    塩を通して、また稲作を通して日本の成り立ちを読み解こうとする。


    塩は糖と違って、自分の体の中では生成できない。しかしながら、

    塩は循環機能を保つためには必須のものだから、この塩を手に

    入れるために古くから交易が行われていた。その塩の道をたどり

    暮らしの変化を見つめてゆく。


    稲作は稲の作り方だけが流布したのではなく、家族、技術や高床式

    の家と一緒になって日本にやってきた。それが後々の日本の文化と

    なって定着してゆく。単に食べるだけの自給ではなく、仕事をするた

    めに、その地で自給して生活をたてていくといったスタイルは古くから

    あったのではないでしょうか?といったところを探ってゆく。


    高床式の家はやがて、障子や畳といったものを生み出してゆく。生活

    様式は変化してゆくとともに、日本独特の美も生まれてゆく。


    もう一度、長い歴史の間に生み出されてきた独自の文化を再評価しよ

    うではありませんか?

  • 歴史
    ノンフィクション

  • 最晩年の講演3編を収録。語り口からして良いです。

    「塩の道」
    製塩法や塩の交易の移りかわり。
    日本では塩は基本的に海水から作る(外国では塩井、岩塩の利用も多い)。単純に海水を煮詰める方法から、揚浜・入浜といった効率的な生産方法がおこり、瀬戸内などで大量生産されるようになる。原始的な少量生産をしていたころは本格的な塩の交易はなかったと考えられるが、集中生産されるようになると塩の道をたどって交易されるようになる。運搬については牛の果たした役割が強調される。馬と違って、細い山道もこなし、道草を食いながら移動できるので活躍した。塩を運んでいった先で牛を売って人間だけ帰るなんてことも。険しい山道は人間(ボッカ)が運んだ。塩魚も運ばれたが、これも塩の補給が第一義であった。初日は舐めるだけで、一尾をさらに3日間かけて食べた。

    「日本人と食べもの」
    トウモロコシは戦国時代の終わりくらいに日本に入ってきた。民間の力で、ヒエに代わって九州から関東にかけての山間地に普及したのではないか。サツマイモとともに飢饉を逃れる力になった。
    ソバとかアワとか北から早く農耕が発達したのではないか。
    日本からクリ山が姿を消したのは明治30年代から。鉄道の枕木として伐採されてしまった。トチの木、タコ穴が女系で伝承・管理されていた例も。備荒食。縄文以来の山地民の文化。
    中国の人口増減、前漢末6千万→後漢初1.5千万→後漢末5千万→三国時代0.6千万→南北朝末2千万→→→安定するのは明代になってからby岡田英弘教授。ホントか?
    米は最初は田植えをしない乾田式だったろう。舟によって内陸に伝播。調理法は土器に焦げ付くと始末に終えないので、煮るのではなくかまどと甑で蒸すことから始まったのだろう。すると囲炉裏の自在鉤では甑は扱えないので、そちらは山地民の文化。
    江戸時代は藩単位の食物自給自足が基本。飢饉が起こると周囲の藩は津留をしてしまう。
    米を食う生活の方が魅力的なのになぜ山地に住むか?・・・山地の産業がある、林業、狩猟、採鉱。山地に住んで現地で自給自足する。
    もともと発酵食品は壺で作っていた。関西に「たが」の技術が入って、桶・樽で酒が作られるようになる。その酒が東国へ来る。もちろん空樽を送り返す手間は取れない。それらを再利用して練馬の大根の漬物や、銚子の醤油づくりがはじまった。

    「暮らしの形と美」
    馬に乗らずに引くというのは世界的に見て特殊な風俗。貴族は割りと上手に馬に乗っているところから見て宮本先生は騎馬民族渡来説推し。もともと蝦夷地にはたくさん馬がいたらしいこともポイント。
    大きな木材と墨縄による直線構造でできあがった家屋。
    わら細工による軟質文化。

  • 「塩の道」「日本人と食べもの」「暮らしの形と美」
    文献だけでなくフィールドワークで得た情報が、リアルに立ち上がってくる。

    塩は必要不可欠なものだから、山の民は灰(麻を白くする)と交換したとか、牛を使って運ぶと道草を餌にできるし、ついでに向こうで牛も売れる(馬は管理が厳しかった)とか、当時の生活が垣間見れておもしろい。
    また、塩の摂取の仕方も現実的で興味深かった。塩イワシは必ず焼く(煮たら塩が散る)し貴重品だから四日かけて食べる、わざとニガリのある悪い塩を買って分離させ豆腐作りに使う、塩が不足すると新陳代謝が悪くなって吹き出物が出たり目が悪くなる、等々。
    動物も塩を欲するから、野宿をする場合は必ず火をたく(そうしないと翌朝牛が獣に喰われている)、小便を壺にためたり立ち小便をするとオオカミが舐めに来るから駄目、という話に驚いた。

    わらじは消耗品で三日に1つ破れるから一年に百足は作らなければならない、ということさえ実感としてわかなくなってしまった今、こういう生活に密着した記録は非常に貴重なものだと感じた。

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著者プロフィール

1907年山口県周防大島生まれ。日本各地でフィールドワークを重ね、特に移動する人びとに注目し多くの民俗誌を残す。おもな著書に、『忘れられた日本人』『海に生きる人びと』『家郷の訓』など。1981年没。

「2018年 『辺境を歩いた人々』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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