近代科学を超えて (講談社学術文庫 764)

  • 講談社
3.46
  • (6)
  • (9)
  • (19)
  • (2)
  • (1)
本棚登録 : 240
感想 : 10
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (228ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061587649

作品紹介・あらすじ

幾多の重要な科学的発見が、必ずしも既成の事実に拠るものではなかったことを検証した著者は、進んでトマス・クーンのパラダイム論の成果の上に立って、科学理論発展の構造の分析を本書で試みた。パラダイムとサブ・パラダイム、サブ・パラダイム同士の緊密な相関関係に着目しながら、科学の縦断的(歴史的)=横断的(構造論的)考察から、科学史と科学哲学の交叉するところに、科学の進むべき新しい道をひらいた画期的な科学論である。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 今まで読んだ村上陽一郎の中で一番難しかった。勉強します

  • 1986年刊行(初出1970~73年)。著者は国際基督教大学教授。還元主義・物理学帝国主義、科学の「即事実性」という近代科学を貫く基本理念の再考と修正を意図し、さらには、西洋近代科学の限界を踏まえた未来像を併せて解読しようとするもの。結論そのもの、つまり還元主義のみならず要素の統合・総合の重要性、科学理論は事実から直ちに導かれるわけではなく、事実を分析・解釈する人間側の判断枠組に影響される点も同感。ただ、後者につき、観測事実の増大化が、判断枠組みを超えて事実の範囲の限定化につながる点を等閑視している感。
    観測事実が増大すれば、判断枠組みを如何様に設定しようとも、観測事実と齟齬を生じる事実を前提とすることはできない。ケプラーが惑星の楕円軌道論を導出できたのは、火星の公転に関するデータを他者以上に多数参照できたことが大きいのではないか、との疑問も。これは21世紀に益々顕著な傾向であるところ。勿論著者の結論に全く異論はないが、事実(特に多数集積した観測事実の影響)を軽視しているようにも読める論の運び方には疑義、

  • トーマス・クーンの範型(パラダイム)などの概念も援用しつつ、科学を基礎づける思考の枠組みについて考察している。

    西欧近代科学は、事実至上主義であり、実験、観察等を踏まえた事実の積み上げから理論の枠組みを作ったように考えられているところがあるが、事実そのものも、ある一定の思考の枠組みから対象として認識された産物であり、実態はまず思考の枠組みがあり、そしてこれを裏付ける事実の観察と進んでいく。

    天動説から地動説へと大きく舵を切ったコペルニクスについても、例えばプトレマイオスやティコ・ブラーエのような優れた観測者というわけではなかった。彼は、新しい近代的概念を開発したというより、ギリシャ時代の考え方に戻って天体の動きを再検討し、地動説に辿りついたというのが実態であった。

    現在、科学は行き詰っており、東洋的思考の再評価などが叫ばれたりもしているが、人間の科学という見地に立って、単純な範型の置き換えではなく、さらに現在の科学を発展させていくことこそ求められていることではないか、と訴えている。

    この本は、多くは1970年代に書かれた論考を集めて構成されたものである。「超えて」という表現、「・・・ではないか。」というまとめ方、あるいはヒューマニズム的な考え方に当時の時代的背景なども窺われた。

  • [ 内容 ]
    幾多の重要な科学的発見が、必ずしも既成の事実に拠るものではなかったことを検証した著者は、進んでトマス・クーンのパラダイム論の成果の上に立って、科学理論発展の構造の分析を本書で試みた。
    パラダイムとサブ・パラダイム、サブ・パラダイム同士の緊密な相関関係に着目しながら、科学の縦断的(歴史的)=横断的(構造論的)考察から、科学史と科学哲学の交叉するところに、科学の進むべき新しい道をひらいた画期的な科学論である。

    [ 目次 ]
    1 科学のなりたち
    2 科学と価値
    3 現代科学の境位
    4 科学技術の前途
    5 科学の可能性

    [ 問題提起 ]


    [ 結論 ]


    [ コメント ]


    [ 読了した日 ]

  • 以前紹介した「新しい科学論」よりは難しい村上氏の論文集でした。科学に対するよくある観点(素朴科学論とでも言えるか)を批判的に検討しています。僕の関心は主に前半にあったので,後半は流し読みで終えました。最初のセクションのタイトル「科学は事実を離れて成立する」を見て「???」が思い浮かんでしまう人は素朴科学論者の可能性大だと思います。現代の科学哲学の領域からするとやや古典的な議論なのかもしれないですが,これが「???」の人にとっては素朴な立場(もっと古典的)からの脱皮に役立つと思います。

  • 科学というものを日本人な視点で俯瞰し、人類の価値観における自然科学というものを語っている。

  •  著者は、わが国における科学史・科学哲学の世界を切り拓いた人物のひとりです。本書は、1970年代初頭に書かれた論文10編に、書き下ろしの終章1編を加えた、科学史・科学哲学に関する論文集です。日本経済新聞社刊の単行本を文庫化したものですが、文庫化に当たって、当初のものに若干の加筆・修正がなされています。

     本書には、現在も活発に言論活動を続けている著者が、科学の本質と今後の科学のあり方について30台半ばの頃に書いた論文が収録されています。具体的には、それらは「科学のなりたち」「科学と価値」「現代科学の境位」「科学技術の前途」「科学の可能性」 という5つの章に分けられています。オリジナルが上梓されてから30年ほど経過しているにもかかわらず、著者の提起した論点の多くは、現在でもなお有効なものばかりです。

     本書の特色は、繰り返しになりますが、現在は科学史・科学哲学界の「大御所」である著者が、まだ30台半ばの頃に書いた論文がほとんどを占めているということです。研究者としてまだ“駆け出し”だった時代の著者の問題意識が、本書を読むとよく判ります。そして、私と近い年齢の頃にこうした論文の数々を書き上げていた、ということに驚嘆させられます。

     その一方で――人のことは言えないのですが――やはり若い時分の文章であるため、著者の近年の本に比べると、やや読みづらい箇所も見られます。

     ですから本書は、著者の考えを知りたいという方がはじめて読むという本ではないでしょう。しかし、著者の本を何冊か読んだ後に、その問題意識の背景や原点を知るためには、ぜひ一読の価値がある一冊だと思います。

  • 福澤一吉氏(『議論のレッスン』)推薦

全10件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1936年東京生まれ。科学史家、科学哲学者。東京大学教養学部卒業、同大学大学院人文科学研究科博士課程修了。東京大学教養学部教授、同先端科学技術研究センター長、国際基督教大学教養学部教授、東洋英和女学院大学学長などを歴任。東京大学名誉教授、国際基督教大学名誉教授。『ペスト大流行』『コロナ後の世界を生きる』(ともに岩波新書)、『科学の現代を問う』(講談社現代新書)、『あらためて教養とは』(新潮文庫)、『人間にとって科学とは何か』(新潮選書)、『死ねない時代の哲学』(文春新書)など著書多数。

「2022年 『「専門家」とは誰か』 で使われていた紹介文から引用しています。」

村上陽一郎の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×