- Amazon.co.jp ・本 (234ページ)
- / ISBN・EAN: 9784061588523
作品紹介・あらすじ
経済学者として優れた業績を残した著者は、昭和7年から同22年にかけて慶応義塾の塾長を務め、誰からも敬愛された大教育者であった。本書はその小泉が「平常心づいていること」を、平明にして力強い文体で記した珠玉の人生論である。晴雨を問わぬ誠実と勇気を説く各篇は、英国流の爽快なスポーツマン精神に根ざし、読む者の品格と気骨を陶治する。
感想・レビュー・書評
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https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/739963詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
慶応義塾の塾長を務めた著者の訓話を集めた本です。
多少、修身道徳的な説教臭さは感じられますが、親しみやすく、それでいて格調を失わない、名文だと思います。
本書からもうかがい知ることのできる著者の人徳には、深い敬意を覚えます。もっとも、旧士族の道徳について、「明治期において多少とも世の表てに働いたものの家庭は、多かれ少なかれこれと同じようなものであったと思うのである」と述べることのできる境遇で育ったという幸運もあるのでしょうが。 -
元上司からいただいた本。折に触れて読み返したい。
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さらっと読め、味わい深い良質なエッセイである。内容では、決議の尊重や言論の自由、国語改革への意見などだが、印象的なのは、「社用族」「畏怖と自由」である。「畏怖と自由」は共産主義が人が人に対して厳しいこと、それが社会主義の国で人が生きにくいことの本質であるとしている。「社用族」では人の金で飲み食いする者を戒め、戦後の賠償能力がないと言いながら、本国でもなかなか乗れぬ英国車を乗り回し、スコッチを消費することを赤面すべきであるとする。マルクス主義が力を得ている原因として、人が「愛するより憎むことによってよく結ぶ」としている点は本質をついていると思う。唯物史観についても、人の「責任をとりたくない」という気持に根ざしていることを指摘している(五十歩百歩)。福沢諭吉や英国の文化についても、多く言及し、都会的で自由や野球を愛する昭和のジェントルマンが書いた書物だなと思う。健全でしなやか、強い理性を感ずるが、当時の共産主義者や田舎者にとっては、「どうせ、こちらのことは分からない」という一抹の疎外感を抱かせたかもしれない。
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高橋先生推薦の一冊。
著者プロフィール
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