マルクスその可能性の中心 (講談社学術文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (254ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061589315

感想・レビュー・書評

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  • マルクスの仕事を、古典派経済学という形而上学によって隠蔽された「起源」に向けての遡行として読み解く試み。

    人間は平等だという思想の背後に、弱者のルサンチマンを見いだしたのはニーチェだった。このようなニーチェの思想を、「自然」と「社会」の序列を転倒したと理解するのは誤りである。単なる優先順位の置き換えは、価値の序列が存するという前提に対する根源的な疑いではない。ニーチェの洞察が優れているのは、「平等である」ということの理解を私たちがどのようにして獲得したのかという「起源」への問いが隠蔽されることで、はじめて平等という価値に基づく一つの遠近法が成立したということを見抜いたからにほかならない。

    著者は、「等価交換」という経済学の前提を「起源」に向けて問うてみせたところに、マルクスの仕事の真の意義があると主張する。ひとたび「等価交換」に基づく思考が成立した後では、あらゆる生産物がその形式のもとで相互連関を形づくることになる。こうした洞察は、ソシュールが言語学にもたらした革命と同様の意義を持っている。「価値」という実体はどこにも存在しない。あるのは、シニフィアンとしての等価形態と、シニフィエとしての相対的価値形態の体系における差異の戯れだけだ。マルクスの唯物論がめざすのは、「価値」の形而上学を否定することにほかならない。

    このほか本書には、武田泰淳の『司馬遷』に歴史的秩序の「起源」への問いを読み取った論考と、漱石の文学のうちに「自然」や「文学」という制度の「起源」への問いを読み取った論考が収録されている。

  • マルクスを知らずに読んでしまったのが間違いだった。
    面白かったんだけど、多分面白いのはマルクスの資本論で語られていることがほとんどで、この人がいう「マルクスがまだ語っていない部分」の面白みは分からなかった。
    比較から生まれる価値の創造の話、価値の依存関係の話、それにどっぷりつかってしまっているわたしたちの価値観の話、は、やっぱりマルクスの発見だよね。
    だからマルクスの資本論を読んでからまた読もうと思う。

    あと、気になったのは、「○○はこう語っている」+引用とその解説で頻繁に文脈がちょん切れること。程度問題だけど解説が長く本題に戻るのが遅いのでだれる。

    漱石の話は、意識していない部分で階級制が見えるんだよってのはわかった。

  •  書物が表示する世界や知識が古びると、それに応じて書物も古びる。このとき書物は古典となる。古典は、古びた世界や知識を無視して、その可能性の中心において読むほかない。自明で平凡でありふれているはずなのに奇怪であると驚き、ごく一部分に関して異議を唱え偏差が強調された。偏差によって強いられたこの視点こそ人間の主体性と自由が生じる根拠なのだ。

    『哲学史におけるエピクロスとは一つの「概念」である。マルクスは、この概念をうちこわそうとするとき、概念そのものの成立の現場に立ちあっていたのである。』16頁

  • [ 内容 ]
    マルクス=ヘーゲル主義の終焉において、われわれは始めてマルクスを読みうる時代に入った。
    マルクスは、まさにヘーゲルのいう「歴史の終焉」のあとの思想家だったからだ。
    マルクスの「可能性の中心」を支配的な中心を解体する差異性・外部性に見出す本痛は、今後読まれるべきマルクスを先駆的に提示している。
    価値形態論において「まだ思惟されていないもの」を読み思想界に新たな地平を拓いた衝撃の書。
    亀井勝一郎賞受賞。

    [ 目次 ]
    1 マルクスその可能性の中心
    2 歴史について―武田泰淳
    3 階級について―漱石試論1
    4 文学について―漱石試論2

    [ 問題提起 ]


    [ 結論 ]


    [ コメント ]


    [ 読了した日 ]

  • マルクスの著作をなにひとつ読んだことがないので、正直、マルクスについて柄谷が述べていることは十分に理解できていないと思う。

    しかし解説で小森陽一も触れていたように、柄谷がマルクスを通して、差異のなかにある同一性を見出し、それからむしろこちらの方が重要なのだが同一性のなかにおいて微細な差異を比較し、そこから再び同一性を発見する、という過程を論じ、さらには同時にこの『マルクスその可能性の中心』というテクスト全体において体現していることは、おぼろげながらも感じられた。

    決して簡単に読めたわけではないが、それでも(引用に登録してあるが)、「革命」がなにかを「創出」することではなくすでにおこっている「変化」に追いつくことである、というくだりや、死と不在を葬式と関連づけながら「葬礼も死の一部なのである」と述べたくだりには、思わず居住まいを正さずにはいられなかった。

    こうした一節/一説に出会えただけでも、読んで良かったと強く感じ入る。

  • 今の時代にあえて『資本論』を読もうと思ったとき、読者は「価値」や価値形態、剰余価値、労働と労働力、といったマルクス主義の用語を発見し、読書の苦労に対する満足感を一時は得られるかもしれないが、しかし直ちに、それだからどうだというのだという疑問にかられるのではなかろうか。私はそうであった。資本論一巻は、普通に呼んだのでは、古典派と同じ労働価値説の立場から搾取の存在を示して見せただけの著作である。そんなこと今となっては改めて証明されるまでもなく誰でも知っていることであり、問題はその先にあるのだとうことは、社会生活を営んでいればおのずと明らかである。

    柄谷のマルクスの読み方は、「転倒の転倒」という平凡極まりない読み方しかできない読者にとって、非常に心強いものである。ヘーゲルにとらわれているマルクスを、柄谷と一緒に開放し自由に羽ばたかせているような気分に浸れる。そんな節操ない迂闊な読者であるからマルクスもまともに読めないのだといわれればそうかもしれないが、今の私には柄谷の著作が楽しいのだ。

  • 柄谷 行人 2冊目読破。
    かなりファンになってきた。

  • 9/4
    貨幣と言語の類似性。
    しかしポカーン。

  • 柄谷を読むといつでもその知性に圧倒される気持ちになる。「マルクス…」を昨日(09.02.06)読み終える。これはマルクス主義擁護ではなく、むしろ、マルクス主義が完全に終わった今だからこそ、先入観なくマルクスという偉大な哲学者の思想をゆっくり読める環境になった、ということを述べている。柄谷がマルクスに注目するのは、これほど西洋の伝統にあった思想を根本から解釈しなおした人はいなくて、そこにマルクスの最も豊かな可能性がある、ということ。いわゆる「マルクス主義」は、そういう根本の問いには注意を向けずに、本来のマルクスから離れた二流の何かだ、と柄谷は暗に示唆していると思う。

  • 126

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