民俗学の旅 (講談社学術文庫)

著者 :
  • 講談社
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レビュー : 43
  • Amazon.co.jp ・本 (248ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061591042

作品紹介・あらすじ

自らを「大島の百姓」と称し、生涯にわたり全国をくまなく歩きつづけた宮本常一。その歩みは同時に日本民俗学体系化への確かな歩みでもあった。著者の身体に強く深く刻みこまれた幼少年時代の生活体験や美しい故郷の風光と祖先の人たち、そして柳田国男や渋沢敬三など優れた師友の回想をまじえながら、その体験的実験的踏査を克明かつ感動的に綴る。宮本民俗学をはぐくんだ庶民文化探究の旅の記録。

感想・レビュー・書評

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  • 民俗学者宮本常一が、自伝的に自分の一生を描いた一冊。その記述には宮本常一の視線を通した多くの民俗事象が描かれている。
    渋沢敬三の弟子として、在野研究者として長い時を過ごした宮本は、百姓出身であるため他の民俗学者、文化人類学者とは違う切り口で民俗を捉えている。宮本は、柳田国男の民俗学を受け継いだ民俗学者の研究に多くある、基層文化にある信仰を追求する視点とは別の、民衆の生活に必要であったと考えられる民衆の発想を追求しているといえる。多くのフィールドを経験したために得られた分析視点は、彼の父が言った「人の見残したものを見るようにせよ」という教えを忠実に守り、実行していったことにより構築されていったのではないだろうか。
    民俗学を嗜好していく上で、多くの視点を与えてくれる素晴らしい本の1つだと思う。

  • (01)
    宮本自身による自伝であり,一冊にまとめられたのが1978年というから宮本の死の3年前であり,ほぼ宮本の軌跡の全行程がつまっているといえる.
    軌跡の終点は,「若い人たち・未来」という章に蟠っており,軌跡の始点は,「家の歴史」や「祖父」からはじまるというのも著者らしい視点である.宮本常一は,個としての生より前に始っており,その死の以後においても終わっていないという観点を,本書にも確認することができる.
    圧倒的な旅の分量(*02)もさることながら,教員,農業指導,林業や漁業の改良,離島や山村の振興政策など,合間合間で様々な実務に携わっていた宮本の姿がみえている.百姓であるという開き直りは自負でもあり,宮本の人生の幅でもある.そこらじゅうに生きている民は,彼の築いた土台にまんまとのせられている.そのための技術的な裏付けは,宮本の百姓性にあるに違いたない.
    渋沢敬三との関係は複雑であるだろう.本書に,渋沢が悪く書かれることはありえないし,宮本も彼に対して全く悪気はないのだろう.しかし,その食客身分の異常に宮本が気が付かなかったわけではなく,近世以前には伝統的にみられた「食客」のとしての生のあり方が自らの身に体現されている異様を,本書はどこかで感じている.渋沢の可愛がりは注目に値する民俗的な事象である.

    (02)
    地方にあった多士済々との交流も描かれている.ここに登場する人物たちのその名を,読者が本書以外で目にすることは,きっと少ない.しかし,だからといってマイナーな勢力というのもあたらない.地方には地方を基盤としフィールドとし活動を続けている人たちがいるという当たり前のことを著者は,ただ書き留めている.
    民俗学批判でもある.著者は生活誌と民俗学を区分し,前者からの帰納をその民俗学の方法としている.見えたまま,聞こえたまま,感じられたままを,どうにかして記録に留めようという宮本の試みのその後を,民俗学あるいは史学の現在は改めて見つめなおしてみる必要があるだろう.

  • 宮本常一の生い立ちから家族の影響、若い頃の仕事、柳田國男や渋沢敬三と出会いからいかにして民俗学の道に入っていったか良く知る事ができ非常に興味深かった。日本の古くからの文化が早急に失われつつある現代、戦前から戦後にかけて、まだ今よりも地域文化が色濃く残っていた時代、宮本が足繁く通い、話を聞き、残してきた記録は本当に貴重だと思う。古い文化や価値観に興味がある私でも、その存在意義や現代文明との共存の必要性について、はっきりとした自信が持てずにいた。でもこの著書で宮本が言うように、文明の発達とは全てがプラスになり進歩してゆくことではなく、一方では多くのものが退化し失われてゆきつつある。その失われてゆきつつあるものに、人間とは何か、生きるとは何か、という根源的なものが隠されいるのかもしれないと改めて思うことができた。

  • 1978年12月に、文藝春秋から刊行されたもの。宮本常一がどのようにして民俗学の世界に入っていったかが両親のことからずっと語り起こされる。
    解説で神崎宣武が書いているように、この時すでに、地方の地域社会をどうやって活性化するかを考えていることに驚く。「日本を今日のようにまで発展させて来たエネルギーの源泉地であったのだが、その源泉も漸く枯渇しようとしている。」p.245と。猿回しのような伝統的な芸能を引き継ぎ、慣習的な暮らしの記録を受け継ぐこと、民俗資料館を整備すること、すでに考えていらしたんだなぁ、

  • 29ページ。「たとえば日常はまずいものをたべ、祭りや祝い事のあるときは御馳走を鱈腹たべ、腹をこわす者が多いが、休日は普通のものをたべて暴飲暴食にならないようにし、むしろはげしく働いているときにこそ、栄養のあるういまいものをたべるべきである、という信条を持っていた。」

  • 1993年(底本1978年)刊。
    著者は武蔵野美術大学教授。

     漂泊の(いや、日本全国踏破の)民俗学者である著者の自叙伝である。

     これは凄い、と頁を繰る手が止まらずに一気に読破。

     凄い点は2つ。
     一つは家族を全く顧みることなく、金になることをしないで生活し、それを完遂したという事実だ。妻子の苦労はひとかたならぬはずと推察する。
     もう一つは、何を調べ解明するかという基本的な幹をことさら持たないまま、調査をし続け、記録をし続けた。その姿勢自体が、そのまま宮本流の学風と化すという逆説的な研究姿勢だ。
     ここまで徹底するのは空恐ろしい。しかもそれを楽しんで実行しているのも空恐ろしい。これが伝わってくる辺りが、またまた凄いのだ。

     加えて、この生きる姿勢、学ぶ姿勢から、「人は、その気があれば、どこででも、誰(人のみならず本、語りも)を師匠にしても学ぶことができる」と確信できることだ。
     勿論、これが容易な業ではないことは百も承知であるが、こういう実践例を見せ付けられると、何か心に奮い立つものが生まれ、また、自らに対する期待というものも生まれ出そうだ。

     ともあれ、とある生涯学徒の持つ学びに対するエネルギーにあてられたいなら、読むに如くはない逸品である。


     さて、本書には、著者の戦前の調査記録が「戦災」で焼失したとある。
     これは返す返すも惜しい。日本社会の一面が戦災で消えてしまったというのに等しいと言えそうである。まったく取り返しのつかない愚を来してしまったものである。

  • 印象に残った一文
    ~進歩のかげに退歩ひつつあるものをも見定めてゆくことこそ、今のわれわれに課せられているもっとも重要な課題ではないかと思う。~

  • 宮本常一の自伝。柳田国男や渋沢敬三との出会い、民衆の生活自体に関心を寄せる姿勢、渋沢の宮本に対する思いが伝わる部分が印象的だった。

    宮本は明治40年に山口県の大島で生まれた。旅に関心を持ち、とっていた雑誌「旅と伝説」で昔話が募集されたとき、ノート2冊を送ったのをきっかけにして、昭和9年に柳田国男に面会した。その時、会うことをすすめられた民俗学に関心を持つ人たちと大阪民俗談話会を開き、そこに渋沢敬三も出席することになる。昭和11年には、渋沢から求められて周防大島の海の生活誌をまとめた。民俗学の方向や方法が明らかになってくると、調査に出かけて人々の苦労話を聞くことが多くなり、民俗学的な調査だけでなく民衆の生活自体を知ることの方に関心を持つようになる。

    昭和14年にアチック・ミュージアムに入所すると、「苦労ばかり多くて報いられることは少ないが、君はそれに耐えていける人だと思う」と言われて、民俗学の資料を発掘する作業を期待された。昭和28年に結核を再発したときには渋沢がこまかな配慮をし、回復後も健康管理のために旅や他の仕事を受けることを許可制にされるほど気遣われている。昭和19年にアメリカによる都市爆撃のおそれが高くなり、東京を引き上げることになった際、渋沢は「敗戦の混乱によって文化や秩序がどうなるかわからぬが、君が健全であれば戦前見聞したものを戦後につなぐひとつのパイプにもなろう」と話している。

    敗戦前後は、食糧対策のために大阪府の嘱託として農家をまわり、肥料のための屎尿確保や、農業技術を伝達する伝書鳩の役を果たした。昭和22年には、水産資料整備委員会の調査員として主に瀬戸内海を担当することになり、島々をたくさん歩くようになった。

    未来社の雑誌「民話」の編集委員に加わり、そこに隔月で書いた「年寄りたち」が後に「忘れられた日本人」としてまとめられた。

  • 2015.7.17 読了

  • 人は尊敬している人の影響をよく受けると聞く。私のまわりでは尊敬している人というテーマで話してみても、尊敬している人に両親が出てくる人は少ない。そして歴史上の偉人や、尊敬しているひとはいないという人も多い。これは年代なのかは分からないが、親を尊敬するということは自分の親の人生等を認め、すごいと思う部分を見つけ尊敬し敬うということで、父親をそうして尊敬できる著者をうらやましいと思う人は少なくないのではないだろうか。
    そんな著者に、彼の父親が残した言葉というものが本書には登場する。36ページから38ページにわたる10の言葉が載っているのだが、この言葉は彼だけではなく、読み手の私たちにも響く言葉だと思う。

    (1)汽車に乗ったら窓から外をよく見よ、田や畑に何が植えられているか、育ちがよいかわるいか、村の家が大きいか小さいか、瓦屋根か草葺きか、そういうこともよく見ることだ。駅についたら人の乗りおりに注意せよ、そしてどういう服装をしているかに気をつけよ。… ー 36ページ

    こういった言葉が並ぶのだが、どれも「旅」や新しいことに関する言葉である。

    この本を読んでから沖縄にフィールドワークのために行ったのだが、この10か条に気を付けながら歩いてみた。
    どんな家なのか、どんな屋根なのか。普段見ている自分の生活圏との違いは何か、とみていくうちに小さな違いにも気付くことができ、より一層沖縄という土地を見ることができたのではと思う。実際にこの10の言葉を実践するということは、うっかり忘れてしまうなどもあり難しいと感じる。しかし行えば行うほど、人生も旅も充実するのではないだろうか。
    この本を読むのなら、この10の言葉は必ず見てほしい部分である。そしてぜひ一度は実践し、この言葉を重く受け止めてみてほしい。

    そして旅というものは素晴らしいものだと認識させられる本でもあるだろう。
    著者も旅をし、さまざまな場所に行き、その土地をじっくり見て回ることで、たとえば文献などでは得られない、その土地に行ったからこそ得られるものを得ている。
    ただ、私たちは著者と違う。つまりそうそう旅に出ることは不可能だ。新しい場所で何かを発見したいと思っても時間が許さない等あるだろう。
    そこで普段と同じ道であっても、著者の父親の言葉のように、まわりを注意してみることでいつもとは違う発見等あるかもしれない。旅に出ることだけが旅なのではなく、いかに旅にしていかに自分の経験にするかが大切なのだろう。

    最後の章に「若い人たち・未来」というものがある。そこには著者が学生と関わって感じたものが書かれている。

    とにかく自分の眼でたしかめてみることが何より大切である。それも漫然と歩くのではなく、何かテーマをもって歩くようにすすめている。… ー 205ページ

    その中にこのような表現が載っている。
    旅とはこのようであるべきだという著者の意見が載っているのだが、今まで旅行に行ったことがある人は必ずハッとさせられる文ではないだろうか。
    ただ旅行をするだけなら、きれいな景色を見てきれいと感じ、おいしいものを食べてはおいしいと感じるというそのものごとの表面だけを味わう旅になってしまうのではないか。
    そこで、テーマを決め、新たな発見をしていくことで、旅として奥深い旅行になっていくはずである。さすがは旅をつづけた著者ならではの発見と言葉である。ぜひ旅行に行く前にこの本を読み、旅とは何であるかを知り旅行へと出かけてほしいものだ。そうすることで、きっとただの旅行ではなくなり、新たな発見もあり、もしかすると人生に影響する何かに出会えるかもしれない。

    著者はそういった旅、それも長期にわたる旅を繰り返し行っている。それがフィールドワークである。フィールドワークを確りと行うことで、民俗学という学問へつながるのであろうが、本書を読んでいるとこのフィールドワークのやり方も大切だと気づかされるはずだ。きっと何でも貪欲に吸収しようという意識が大事であり、旅を面倒と感じるようではフィールドワークにはならないのだろう。意識ひとつ変わるだけでその旅の価値も変わってくるのであろうと思うと、ただ歩いたり見たりするだけではないという旅は奥が深いと思える。

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著者プロフィール

民俗学者

「2019年 『宮本常一 伝書鳩のように』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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