老子・荘子 (講談社学術文庫)

  • 講談社 (1994年12月5日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (468ページ) / ISBN・EAN: 9784061591578

作品紹介・あらすじ

儒家の人為の思想を相対差別の元凶として否定した老子は、無為自然を根本の立場として不浄の哲学を説く。荘子はなお徹底して運命随順を志向し、万物斉同を根本思想とした。著者は老荘の微妙な相違を検証しながら、「道」と「無」に収斂される壮大な思想体系の全貌を明証する。宇宙の在り方に従って生きんとする老荘思想の根本的意義と、禅や浄土宗などを通して日本人に与えた多大な影響を照射する好著。

AIがまとめたこの本の要点

プレミアム

みんなの感想まとめ

老荘思想の深淵を探ることができる入門書であり、特に現代の混乱した時代において、その思想は強靭な力を持っています。老子と荘子の哲学を通じて、自然と調和した生き方や、運命に従うことの重要性が伝わってきます...

感想・レビュー・書評

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  • 読みやすい内容で、孔子とは違う考えを知ることができました。

    色々考えさせられる部分がありましたが、そのうちの一部を残します。

    人間の争いは、自らを正しいとし、他人を不正と決めつけるところから生まれる。しかしこのような二分法は、知識の人為性から生まれたものであり、ありのままの自然の姿に反するものである。
    「唯と阿と相去ること幾何ぞ、善と悪と相去ること何若ん」目上の人にはハイと答え、ウンと答えてはならないという。しかし、どう答えようと、肯定には変わりがないではないか。善といい、悪といっても、その差は相対的であり、絶対的なものではない。その相対的なものを絶対化すれば、本来善であるものも悪に転化する可能性が多分にある。「天下みな美の美たるを知るは、これ悪のみ。みな善の善たるを知るは、これ不善のみ」。善美もこれを固執して絶対化すれば、それはそのまま醜悪となる。
    それでは自然の道、善悪の差別以前の一なる立場に立てば、どうなるか。「善なるものは、吾またこれを善とす。不善なるものも、吾またこれを善とす」言い換えれば、全てを善しとして肯定するし、全てを不善として否定もする。道は善悪の彼岸にあるからである。「道は万物の奥にして、善人の宝、不善人の保とする所なり」。

  • 老荘思想についての素晴らしい入門書だと思う。こんな時期(コロナ)だからと、パット読んでEvernoteにメモ。死すらも分け隔てない思想というものは凄く強靭だ。

  • 「天網恢恢疎にして失わず」「上善水の如し」といった格言でかろうじて知るところの老子。「胡蝶の夢」のエピソードが有名な荘子。
    堅苦しいイメージのある孔子の儒教がオモテの処世術であるなら、老荘はウラの安心立命の教え、と対比される。
    面白いのは荘子の後世のテキストであるらしい外編・雑編や注釈書において、老荘を儒教に引き寄せた思考が見られる点。宮仕えの官僚として身を立てながら、家に帰れば道家であった人々の心の矛盾がそのまま表れているようで微笑ましい。いつの世も晴耕雨読を夢見ながら、世知辛い世過ぎを強いられた人々が大勢だったのだろうか。

  • 老荘思想の全体像を掴める本。

    老子・荘子の思想と人物像、
    後に続く列子と淮南子、
    黄老思想、神仙思想、道教、
    仏教(禅宗と浄土教)に与えた影響、
    など痒いところに手が届く一冊。

  • 初めて読んだ、『老子』『荘子』。

    本文だけではなく、老子・荘子が生きた時代や、

    思想の背景等も書かれていて、理解が深まる・・・のだが、

    肝心の本文が少し読みにくいとも感じた。
    (マンガ版を読んだ後だと特に。)

  • 高校の漢文で老荘を習った程度の知識で読むにはあまりにも難易度が高すぎた。
    老荘思想の起こりとその変遷、周辺の中国の歴史(特に思想史)、仏教との共通点、相違点を纏めてある本であることは分かった。

  •  職場で上司のことを「荘子のようだ」と称されたので、初めて荘子を読む。
     とはいっても、思想全般というよりは、老子・荘子の思想の概要と、それが伝播する流れについて分かりやすく書かれた本である。

     "無限となるものと完全に一体となり、形なき世界に遊べ。天から授けられたものを、そのままに受け取り、それ以上のものを得ようとするな。 ひたすら虚心となるようにせよ。
      最高の人間の心のはたらきは、あたかも鏡のようである。去る者は去るにまかせ、来たる物は来るままにまかせる。相手の形に応じて姿を写 すが、しかもこれを引きとめようとはしない。だからこそあらゆる物に応じながら、しかもその身を傷つけることがないのである"(P76よ り引用)

     荘子は老子の弟子であり、彼の思想を継ぐものとされているが、この本を読む限りは根は同じでも派生するものは違う、と感じた。
     そして「胡蝶の夢」や「朝三暮四」などの故事成語の元、儒教と対となる道教思想の根本になっているのだな、と感じる。

     さらに言うならば「人は見たいものしか見ないし、理解したいように理解する」のだなぁと。
     この本でさわりを読んだだけだけれども、老荘思想を解説する人は、己の理論を伝えるために、老荘思想を使っているわけで、彼らの言うこと自 体が伝わっているわけじゃない。(著書としての「老子」は伝聞である)
     たとえどんなにいいことであれ、自分が老荘からそれを聞いたとて、まるで鑑のように受け継ぐことはないのだろうと。私に受け取れるものしか 受け取れないんだろうと。そして、他人の説を根拠とすることを、その容易さと説得力の高さにおびえた。

     ぶっちゃけ、この本において、元の人がいくらいいことを言っていようと、それを自分のためにねじまげて利用可能であることが示されている。
     誰かの言葉を借りてるような顔をしながら、それを口にする人のことを気にするべきなんだろうな、と思った。

  • 老荘思想をしるならコレ

  • ・万物斉同
    ・善悪の彼岸 ニーチェとの差
    ・有限無と無限無 あるいは 相対無と絶対無
    ・反儒教
    ・後世の改竄
    ・空
    ・マイスター・エックハルト

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著者プロフィール

1909年京都府に生まれる。京都大学文学部哲学科卒業。大阪大学名誉教授。文学博士。著書に『中国古代神話』(清水弘文堂書房)、『上古より漢代に至る性命観の展開』(創文社)、『「無」の思想』『「名」と「恥」の文化』『神なき時代』『老子・荘子』(ともに講談社)、『老荘と仏教』(法藏館、後に講談社学術文庫)、『中国思想史』(第三文明社)など、訳書に『荘子』(中央公論新社)、『墨子』(筑摩書房)などがある。1986年、逝去。

「2021年 『梁の武帝 仏教王朝の悲劇』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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