構造主義科学論の冒険 (講談社学術文庫)

著者 :
  • 講談社
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レビュー : 19
  • Amazon.co.jp ・本 (286ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061593329

作品紹介・あらすじ

科学とは、客観的に実在する外部世界の真理を究めていく学問であるとされてきた。その理論を唯一の真理として現代科学はとめどなく巨大化し、環境破壊などの破滅的状況をもたらした。本書で著者は、これまで科学的真理とされてきた理論を根底から問い直すために、フッサールの認識論やソシュールの言語論を踏まえ、多様性を重んじる構造主義科学論を提唱する。あるべき科学の未来を説く必読の書。

感想・レビュー・書評

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  • 久しぶりに読み直して、むちゃくちゃ分かりやすくなっててじぶんに感動しました。

  • 何度目かの挑戦で何とか読み終えた。前半のソシュール言語学やフッサール認識論あたりでつまづいてた。わかりやすく書いてくれてるのに難しかったー。

    著者の主張をまとめると、「科学理論って外部世界に唯一の正解があって科学者はそれを”発見”するのだと思っている人が多いけど(素朴実在論)、そうではなくて頭の中に創り上げ”発明”するものだよ。外部世界なんて無くても自分のコトバと自分の経験する現象があれば客観的に記述できるんだから(構造主義科学論)」
     
    そう言われればそんな気がしてくる。これが構造主義ですか。話としてはおもしろかった。ところが最終章は一転して日本社会に対する不平不満ばかりで全く同意できない。この章だけは無くても良かった。

  • 「ホンマでっか!?TV」に出演している池田先生の博学ぶりにはおどろくばかり。
    生物学が専門なのに、哲学、物理学まで理解している。
    テレビからでは、想像もつかないほどすごい人だということがわかる。

  • [ 内容 ]
    科学とは、客観的に実在する外部世界の真理を究めていく学問であるとされてきた。
    その理論を唯一の真理として現代科学はとめどなく巨大化し、環境破壊などの破滅的状況をもたらした。
    本書で著者は、これまで科学的真理とされてきた理論を根底から問い直すために、フッサールの認識論やソシュールの言語論を踏まえ、多様性を重んじる構造主義科学論を提唱する。
    あるべき科学の未来を説く必読の書。

    [ 目次 ]
    第1章 科学とは何か
    第2章 現象と記述
    第3章 古代ギリシャの科学
    第4章 同一性としての形相と実体―物理学の歴史
    第5章 生物学における形式
    第6章 科学と社会

    [ 問題提起 ]


    [ 結論 ]


    [ コメント ]


    [ 読了した日 ]

  • 著者の提唱する「構造主義科学論」の立場とは何かを解説した本です。

    著者は、構造主義科学論の立場を説明するに当たって、古代ギリシア時代以来、外部世界の実在をめぐってさまざまな議論を戦わせてきた哲学的認識論を簡単に振り返っています。その上で、知覚現象は一人ひとり異なっていますが、そこに共通に現われるコトバが、それぞれ異なった知覚現象をコード化する仕方に同型性があると著者は主張します。このコードの同型性が著者の考える「構造」であり、これに依拠することで、外部世界の実在を認めなくても自然科学の客観性を認めることができるとされています。

    さらに、物理学の量子力学や大統一理論についても簡単に触れて、構造を超えて客観的な実在の同一性を求めようとする試みとその挫折が、物理学の歴史を動かしてきたという見方が語られています。一方、著者の専門である生物学については、生命現象の本質を記述することはできないけれども、そこに生命現象の時間的な本質が現れているという仮説が語られます。

    科学理論における「同型性」をどのように理解するかというところで、著者の提唱する「構造主義科学論」に対する評価の分かれ目があるように思います。個人的には、著者の立場はソシュールの言語論に依拠しているために、科学理論における「同型性」の概念のうちに不必要な問題を持ち込む結果になっているのではないかという気がしています。

  • 何とか読み終えました。何度も読んで、なんとしても理解したい、そう思わせられました。

  • 科学万能主義がはびこっていたバブル末期(本書の原著は1990年刊)に、科学の「真理性」と「客観性」にダメ出しを喰らわせた、ある意味で凄い本。とはいっても、決して非科学的な神秘主義を唱えているわけではなく、「真理性」や「客観性」を追求しなくても科学は構築できると主張しているだけなので、バブル期ならいざ知らず、現代では多くの人が本書の内容に納得できると思う。まあ、それだけ現代科学への信用が失墜しつつあるということでもあるのだが…。クーンやポパーやファイヤアーベントの難しい本を読まなくても、その辺の話題が一通り押さえられているのはありがたい。また、著者によれば、科学と宗教は、物語の記述形式こそ違うものの、人々がそれを信じるメカニズムは同型だと説明している。つまり、「科学教」という表現は、皮肉でもなんでもなく、言い得て妙なわけである。繰り返しになるけど、1990年に一般向けにこれを書いたというのは、やっぱり凄いと思う。

  • これはものすごい本だった。
    科学とは何か、どのような営為か、を根底から考えるのに最適だと思う。
    科学と宗教・迷信、帰納主義、反証主義、規約主義、ソシュール言語学、デカルトの実在論、カントとフッサールの認識論、ウィトゲンシュタインなど哲学・科学史を俯瞰し、構造主義科学論を提唱しています。
    構造主義の科学への適用と言えばいいのでしょうか(間違ってたらすみません)。
    第一章「科学とはなにか」、第二章「現象と記述」だけでも読む価値あると思います。

    2つ引用します。

    「実はコトバとは変なる現象から普遍なる何かを引き出すことができると錯覚するための道具の一つなのです」(p70)

    『形式の記号にコトバの形で表記されている同一性(シニフィエ)を代入したものは普通「構造」と呼ばれます。私の意見では、「科学とはこのような構造によって現象をコードする試み」なのです。』(p104)

  • よかった!

  • 外部世界は存在しない?!

    認識はすべて頭の中。
    経験も自分の中だけにしかない。
    世界は自分の中に含まれてしまうかのような…
    認識は発明するもの。すでに頭の中にあるパターンを見つけること。

    一方、現象は発見するより仕方のないもの。
    出かけて行って見つかるものは、自分なんかじゃない。もしかしたら、それまで知らなかった現象。
    まさに冒険しに出かけたくなる。

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著者プロフィール

1947年生。生物学者。早稲田大学国際教養学部教授。構造主義生物学の立場から科学論、社会評論等の執筆も行う。カミキリムシの収集家としても知られる。『ほんとうの環境白書』『不思議な生き物』『オスは生きてるムダなのか』『生物にとって時間とは何か』『初歩から学ぶ生物学』『やがて消えゆく我が身なら』など著書多数。

「2018年 『いい加減くらいが丁度いい』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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