東と西の語る日本の歴史 (講談社学術文庫)

  • 講談社 (1998年9月10日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (340ページ) / ISBN・EAN: 9784061593435

作品紹介・あらすじ

日本人は同じ言語・人種からなるという単一民族説にとらわれすぎていないか。本書は、日本列島の東と西に生きた人々の生活や文化に見られる差異が歴史にどんな作用を及ぼしてきたかを考察し、考古学をはじめ社会・民俗・文化人類等の諸学に拠りながら、通説化した日本史像を根本から見直した野心的な論考である。魅力的な中世像を提示して日本の歴史学界に新風を吹き込んだ網野史学の代表作の1つ。

みんなの感想まとめ

地域特性に基づいて日本の歴史を新たに読み解く本書は、東日本と西日本の文化や社会の違いがどのように歴史に影響を与えてきたのかを探求しています。一般的な教科書的理解にとらわれず、多様な視点から縄文時代から...

感想・レビュー・書評

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  • 親父の本棚から持ってきた本。「東と西」という地域特性や地域事情という観点から日本史を読み解き直す、という本。背景的な課題意識として、一般的に語られている教科書的な日本史理解はあまりに「日本」や「日本人」という意識からのみ語られ過ぎていて、そのことが現在の日本国内の問題や世界の中の日本を考える上での眼差しを曇らせてしまっているのではないか、という点がある。

    さまざまな日本史研究を引きながら縄文時代から一貫して語られておりとても面白かった。これまで学んできた自身の日本史理解の厚みが増した気がする。

    縄文時代には植生などの環境の違いにより、東日本の方が豊かであった。発見されている遺跡も大きく、大きな集落、社会が築かれていたと思われる。

    だからこそ弥生時代、水稲文化が入ってきたときに九州から西日本への稲作の伝播スピードに比べて東日本ではそのスピードが遅くなった。そこには文化の対立があった。これ以降、西日本の稲作重視、東日本の畑作重視が続いていく。

    大和朝廷内やその後の武士政権との政治的軍事的対立の背景には必ずといっていいほど、西日本と東日本の対立が見え、それは大化改新や大海人皇子と東国との結びつきにまで遡ることができるし、その後の防人制度にも東国の精兵という当時の事情が見える。

    単純に東と西という対立だけではなく、東日本・九州の連合と西日本と東北の連合という構図もしばしば現れるという理解も面白く、平将門や藤原純友、鎌倉幕府の成立や承久の乱、建武新政や室町幕府、奥州藤原氏、応仁の乱や戦国時代など、各時代の節目的な出来事の背景理解が深まる。

    さらに、西の海軍と東の騎兵の違いや、東のイエ的文化西のムラ的文化の違い、各時代における朝鮮や中国との関係など、さまざまな面を重層的に説明していて面白く読めた。

    これらの違いは現在の日本でも多かれ少なかれ残っているものであり、特に地域課題解決に取り組む場合にはその地域の事情や歴史に目を向けながらやっていく必要があるので、そうした活動に身を置く場合にも想像力を失わずに臨むためにこうした歴史的な理解力を養っておくことには価値があると感じる。

  • 日本の先史時代から江戸辺りまでを東西に着目して書かれた本。言葉や習慣、社会の成り立ち方やその地方で有力な勢力など異なるところはいろいろある。それがなぜかなと考えて調べて、いろんなことが繋がってくるのを見つけるのは楽しいのだろうなぁというのが伝わってくる。

  • 日本の歴史・習俗を東と西に分けて研究した結果の本。
    言葉と習俗が東と西とで違うという、日本人であれば誰しもが実感することから始まり、縄文・弥生の時代まで遡って話しは始まります。そのうち東が馬、西が船を中心に移動を行なってきたこと西は船を使って朝鮮半島とのつながりが強いことを記して行きます。

    その後、平安時代の平将門のらん、藤原純友の乱を経て、源平合戦ののち、東国に西国(畿内)とは異なる政治勢力が作られ、これが東西で権力を分散させてきたことを表していきます。一方で、蒙古襲来に伴い、東国の武士が九州をはじめとした西国に移ることにより、東の習俗が西に持ち込まれたことも記述されています。

    このように、長い日本史の中で東西がどのように異なっているのかを丹念に記載しており、読み応えがありました。

  • 東の馬、西の船、東の縦繋がりと西の横繋がり等、日本列島に住む人々の生活や考え方の大きな違い。
    日本民族と一つに纏めることがいかに無理なことで、不自然なことか。
    人間の生活領域の広がりを感じた。

  • いろんな意味で興味深い本でした。
    東日本と西日本の味覚や言語の文化的な差だけでなく、横の繋がりの西日本、縦社会の東日本、と社会構造まで古代から違っていた、という「へぇ~」な事実が新鮮でした。
    また「百姓≒農民」で「百姓=平民」というのも、結構ビックリな事実であると同時に今まで不思議に思っていた自分の父方の家業の謎が一気に氷塊したのでした。うちの父方は、「百姓で名主だった」と伝え聞いていたものの、少なくとも明治~昭和初期の期間中、銀行業がメインで農業にはノータッチ。明治初期の頃のご先祖は、みな香港風邪などで若死にしてるので、江戸時代の家がどんな状態だったのかが伝わってなかったので、「百姓=農民」と普通に考えていたため「ハテ、豪農だったから、余った金で明治に入ってから銀行を起業したんかい? でも明治の頃のご先祖様って早死にしてるし、若くしてそんな才覚あったんかいね?」と謎に思っていたのですが、家業が江戸時代にまで遡るのなら、両替商→銀行家という流れなら、あり得る、とすんなり納得してしまいました。
    そんな意味でも、興味深い一冊でした。

  • カテゴリ:図書館企画展示
    2017年度第7回図書館企画展示
    「大学生に読んでほしい本」 第3弾!

    本学教員から本学学生の皆さんに「ぜひ学生時代に読んでほしい!」という図書の推薦に係る展示です。

    青島麻子講師(日本語日本文学科)からのおすすめ図書を展示しています。
        
    展示中の図書は借りることができますので、どうぞお早めにご来館ください。

    開催期間:2018年1月9日(火) ~ 2018年2月28日(水)
    開催場所:図書館第1ゲート入口すぐ、雑誌閲覧室前の展示スペース

    大学入学直後に読んだ本です。地元の友人とのみ過ごしていた高校までとは異なり、大学には様々な地方出身者が集まっており、言語・食事・風習など、種々の違いに直面しました。
    皆さんも、かつての私と同じく日本人の多様性を意識しだしている時期でしょうか?
    この本は、「東のイエと西のムラ」「東の弓と馬、西の海と船」「東の畠作、西の水田」…など、歴史を紐解きながら、日本列島の東と西に生きた人々の差異を説き明かしてくれます。

  • 日本の東西文化の違いについて記した、壮大な網野史観の本。縄文時代から江戸時代まで、それぞれの時代における東西の政治文化の特徴や傾向を史料や考古学の観点から丁寧に示していくことで、やはり東西には明確な違いがあるとしてもよいと謙虚に主張している。私のようなド素人が読んでも、1つ1つのトピックの妥当性が判断できず、「ふーん、そうなのかも」という感想しか持てなくて情けない限りなのだが、それでも知的好奇心を十分にくすぐってくれる良書だと思う。
    ちなみに、本書によると西日本と東北は親和性があり、東日本と九州も親和性があるらしい。そして、この傾向は少なくとも平安時代には見受けられる。この場合の西日本と東日本の境界は、ざっくりと福井県ー岐阜県ー愛知県を結ぶラインだと思って差し支えない。
    私がこれまで名古屋・福岡・川崎で合計40年生きてきた感覚として、関西地方や中国地方はどこか「本質的に違う」と感じるところがある一方、福岡にはそれなりに馴染むことができたという経験からも、本書の主張にはかなりの部分で共感できた。

  • 2014/08/24 読了

  • 再読:平成26年1月29日
    気になった箇所が。

    P269  ・・・若狭の小浜には、応永十五年(1408)、「亜烈進卿」という名のパレンバンの「帝王」の遣わした「南蛮船」が着岸、「生象一疋黒、山馬一隻、孔雀二対、鸚鵡二対、其他色々」を日本国王に進上している。・・・

    という記述が・・パレンバンから若狭まで来てたなんてすごいですね^^


    http://bookclub.kodansha.co.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=1593439
    東と西の語る日本の歴史
    著者: 網野善彦

    発行年月日:1998/09/10
    サイズ:A6判
    ページ数:340
    シリーズ通巻番号:1343
    ISBN:4-06-159343-9
    定価(税込):1,155円

  • 古本で購入。

    フォッサマグナを境とした東と西をそれぞれ独自のものとして捉え、如何なる相違が存在し、互いにどう関係してきたかを述べていく。
    環境考古学の成果によると、東西の文化の相違は既に2万年前にはその根を持っていたとか。
    細石刃文化から見ると、東には北方の亜寒帯的要素が、西には南方の温帯的要素が強く結びついていたという。
    こうした地域差は縄文時代に入ってからも歴然と受け継がれていく。

    東と西の相違は多岐にわたる。
    東の「畠作」と西の「水田」。
    東の「馬」と西の「船」。
    東の「馬を操る盗賊」と西の「海賊的武者」。
    東の「主従制・惣領制国家体制」と西の「座的結合・職能国家的性格」などなど。

    東国の独自性を主張し、在地領主のイエ的・家父長的な支配を強調してそれに基づく主従制原理に貫かれた武家政権を軸に中世国家を捉えようとする研究者たちの多くが東出身。
    対して、座的な構成を持つムラ、村落の平民百姓を支配下に置く荘園・公領の支配者、公家、寺社、武家などによって相互補完的に形成される権力として中世国家を理解しようとし、「日本国」意識を強調する研究者の多くが西出身。
    このように、中世史研究者の中においでも東と西の相違は鮮やかなのだという。
    ちょっとトンデモ説のようではあるが、話としてはおもしろい。

    また東国と九州、西国と東北の結びつき、というのもおもしろい。
    南北朝期の日本列島を巻き込んだダイナミックな動きが、これを前提にしていたというのは初めて知った。

    多くの研究を引きつつ(書かれたのが30年近く前なのでだいぶ古いが)展開される東西の相違・独自性は、実におもしろい。
    ただ、「なぜこれほど東西で異なるのか」というところまで言及されていないのが惜しい。

  • ・正月に餅を食べない民俗は、雑穀や畑作をその年の幸福や豊作を象徴しており、その根底に焼畑耕作がある(坪井洋文)。
    ・大型の前方後円墳は、4世紀後半には会津地方まで、5世紀には仙台平野から北上川流域に広がった。
    ・9世紀に官牧が生まれ、その中の馬牧は上野を除く関東と駿河、遠江に、天皇に貢進する勅旨牧は甲斐、武蔵、信濃、上野に設けられた。
    ・中世における東国の年貢はほとんど例外なしに繊維製品だった。陸奥は当初金と馬だったが布に変わり、出羽も絹に変わった。西国諸国の年貢は米だった。

  • 日本史を東と西の違いで分けてみるとこうも違うのか、という驚きと、いかに日本には多様な民族・部族が存在・関係しあっていたかを教えてくれる本だ。いわゆる教科書的な日本史が(シンプルなコンセンサスを記述する必要があるとは言え)いかに狭い範囲で記述されていたか思い知らされた。文庫だが、その中身の濃さには脱帽。

    日本列島の東西の違いは、旧石器時代にまで遡るという。例えば、狩猟採集が主軸であった縄文時代までは、ブナを中心とした冷温帯落葉広葉樹林の広がる東日本と、シイ・カシに代表される照葉樹林の西日本では、東日本の方が人口が多かったそうだ。また文化面から見ても、縄文土器は東の方が圧倒的に多様で複雑な文様だったという。ところが、いわゆる弥生時代になって、水稲文化が九州を経て西日本に入ると、西日本には数十年で一気に広まったが、おそらく稲の北限の問題で東日本には一向に稲の文化が馴染まなかった。ここで、東西の優勢が逆転するのだ。この時点で、北海道、東日本(東北、東国)と西日本(畿内、北九州)そして琉球列島という、地域に分かれてくると考えられるのだと言う。そして本書では、扱いきれないということで、北海道と沖縄は除外されているのだが、それにしても、東日本と西日本でこれほどまでに差が見えてくるとは驚きである。

    この後、著者の専門とする中世に至るまで、懇切丁寧な引用とともに、東と西の勢力図や民俗の違いが説明される。例えば・・・

    文化的に分裂した東日本と西日本も古墳時代になると、一斉に古墳が広まり、少なくとも古墳については東西の差が薄まる、という事態が起き、この時代が「日本人単一民族説」の原点になりやすいこと。西日本に大和王朝が成立する時期には、東国の蝦夷、九州南部の異民族・隼人(はやと)などがいたことが分かっていること。製鉄技術はタタラで有名な西国とは独立して東国にも起きていた可能性があること。豊かな馬の産地であることを背景に、弓馬で闘う東軍と、活発に用いられた海路(朝鮮・山陰・九州・瀬戸内など)とクス(紀伊半島・船の材料)などの木材のおかげで水軍が発達した西日軍、これが源平の違いに発展していく・・・。

    民俗的に見ても、興味深い。年貢を米と定めているのが西日本で、繊維・家畜・瓦・油、その他地元の名産品など多様性があるのは東日本。これは、稲作文化と畑作文化を反映しているという。また、職人のあり方についても、職人が一座を形成するムラ文化が西日本で、棟梁の名の下に一対一の主従関係を結ぶイエ制度が東日本。これは、昔、日本史で習った、東国武士のあり方と全く同じではないか、と驚いた。

    また、どの時代を見ても、常に、さまざまな地域で朝鮮半島と密接な交流があり、その結果、文化面でもよく似ていたことがよく分かる。朝鮮半島と日本列島の関係史を丁寧に見直しても良いのではないかと思った。

  • ようやく読み終わった。100頁頃まではダラダラだったが、そこから一気に読み進められた。やはり一気に読んだ方が、内容が掴みやすい。歴史に中立などありえない。歴史を叙述するということは、ある世界観や認識の体系に自ら与することである。東日本のイエ系社会、父系社会と、西日本のムラ系社会、母系社会の対比。韓国、中国、北方との、日本各地の地理的に対応している部分との交流の歴史、それが江戸時代の鎖国という体制下で閉ざされたこと。日本の政治家たちは、恐らく史観を持ち、大局を見据えた政治判断をしてきたのだろうと想像する。統一日本という形を作るには、鎖国はやむを得なかったのではないか。しかし、それが現代日本に至るまで、排他的風土を遷延させてきた一因かもしれない。一方で、交流というと聞こえが良いが、侵略を受ける可能性もあったのであろう。そして、現代でも、国際秩序という規範の下では、軍事増強、核問題、資源確保など、国の線引きを前提に派生する問題は山積している。地球的視野という考え方は、一人一人の地域住民が持ち得るのだろうか。

    そんなことに想像を巡らせた、読了後の感想。

  • 西と東で違うのはうどんやそばのスープの濃さだけじゃないのよ。

  • 網野善彦先生の本です。
    歴史や考古学、民俗学、社会学など、著者の意識の幅広さがよくわかります。
    文庫版前書きでも書かれていたとおり、琉球やアイヌは話題にしていませんが、それでもあまりある内容。
    日本の東西の文化の違いは、縄文時代から分かれていたとか凄すぎる。

  • 日本の東と西では、簡単には埋められない違いがあるのでは?ということを様々な例で提示してくる好著。例えば、関西の系図には女性の名前も、出自も嫁ぎ先も記載があるのに、東国ではほぼ男性のみ。家族のありかたにも東西の違いが明確にでているようです。

  • 購入済み

  • なくなったと思ってたら後輩君が返してくれた本。
    コメントは改めて。

  • 網野善彦さんの本で「日本の歴史をよみなおす」が面白かったので、読んでみることにした一冊。こちらは少し学術色が強いので、日本史を良く覚えていない僕には難しかった…が、読了後の気分はよいです。<BR><BR>
    この本で網野さんは、東と西では言語・社会・文化の成り立ちに違いがあり、現在僕らが思うような単一民族的な「日本」という感覚がなかったことを様々な資料を使って教えてくれます。<BR><BR>
    日本の歴史が面白いと感じられる一冊。また別の著作が読みたくなりました。

  • 西の国と東の国との対立と牽制の中から、日本の歴史を見る。西の国と東の国の方言の違い、習俗の違い、考古学の西と東、古墳の西と東の違い、東国と東北の「蝦夷」の征服と対立。■東の陸上軍としての源氏と西の海賊的武者としての平氏、東国のイエ的社会と西国のムラ的社会、縦支配の東国と横支配の西国、職人世界の西国と職能世界の東国、などなど、日本史の再検討と再体系を提示する興味深い歴史的具体的な論文的エッセイ。■筆者にとっては、奥州藤原氏が繁栄を極めたのか、また何故源氏に滅ぼされなければならなかったのか、その点について、理解しかねていたところ、網野善彦が、東国と西国の認識の枠組みを提供してくれたことのよって、系統だって理解できた。■東国は、九州との類似性が強く、そして、西国は、東北との繋がりがあるのだという。それは、歴史的に明らかにしていく後世のものたちに委ねられた「歴史」の像の建設にある。つまりは、「歴史」は、まったく持って「現在」のことでもあるのだ。国家が出仕上がって行く過程で、中国から東南アジアまでの行き来をするであった海洋貿易によって立つ日本が、海を国境として認識していくことになったという網野の視点は、国家の存在様式を考える上で、非常に重い指摘だ。■西国は、「日本化される」以前の状態は、朝鮮や中国との交易によることが大きく、朝鮮文化との同一性が強かったのである。西国のムラ的な繋がりは、横への繋がりが強く、上からの中央的な「秩序」の権力の構造に適応していなかったのである。応仁期以降、堺の自治、京都、奈良、倉敷、大阪などなど独自の非中央的な地域文化が発達する。■これは現代であっても、通じることだろう。非営利的な特定法人に対しても税の負担を求めることなったが、どうもそれについて納得できないのだが、話がそれた。
    ■応仁の乱以後、職人国家としてしての東国のあり方と西国の非人と職能、「職人」たちの諸国を自由に通行交易できる特権が、室町期に「特権」を「由緒書き」として特定の権威ある人物と結び付けて持つようになる。■東国は源頼朝であり、西国は、神話伝説上の天皇、皇后、皇子であることが多い。年貢の納め方の東国西国の違い、非水田的な絹、布などの繊維製品によって納めた東国と米年貢で納める西国、曹洞宗の広まった東国と一向宗の広まった西国、西国と東国の社会のあり方が、同じ日本でこれほどに違っていることに驚いた。そうした「大人」の読む歴史的視点を提供してくれている。

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著者プロフィール

1928年、山梨県生まれ。1950年、東京大学文学部史学科卒業。日本常民文化研究所研究員、東京都立北園高校教諭、名古屋大学助教授、神奈川大学短期大学部教授を経て、神奈川大学経済学部特任教授。専攻、日本中世史、日本海民史。2004年、死去。主な著書:『中世荘園の様相』(塙書房、1966)、『蒙古襲来』(小学館、1974)、『無縁・公界・楽』(平凡社、1978)、『中世東寺と東寺領荘園』(東京大学出版会、1978)、『日本中世の民衆像』(岩波新書、1980)、『東と西の語る日本の歴史』(そしえて、1982)、『日本中世の非農業民と天皇』(岩波書店、1984)、『中世再考』(日本エディタースクール出版部、1986)、『異形の王権』(平凡社、1986)、『日本論の視座』(小学館、1990)、『日本中世土地制度史の研究』(塙書房、1991)、『日本社会再考』(小学館、1994)、『中世の非人と遊女』(明石書店、1994)。

「2013年 『悪党と海賊 〈新装版〉』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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