反哲学史 (講談社学術文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061594241

作品紹介・あらすじ

ニーチェによって粗描され、ハイデガーによって継承された「反哲学」は、西洋二千五百年の文化形成を導いてきた「哲学」と呼ばれる知の様式を批判的に乗り越えようとする企てである。この新しい視角を得れば、哲学の歴史も自ずからこれまでとは違って見えてくる。古代ギリシアから十九世紀末にいたる哲学の道筋をたどり直す「反哲学史」。講談社学術文庫『現代の哲学』の姉妹編。

感想・レビュー・書評

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  •  20世紀の、西洋哲学を解体する思想的立場=「反哲学」の立場から、その19世紀末までの歴史を述べた、哲学の案内書的書物。元々、筆者が中央大学の講義で用いたノートを基に書いただけあって、臨場感にあふれ、且つ簡にして要を得ており、大学時代に専攻していたものの遠く離れてしまった私のようなものにも、何だか懐かしくありつつもその大略が掴めるようになっていました。「自然(フュシス)」を対象としていた思考から、「制作物(テクネ)」(=「形相」=「物自体」)が分離しそれを中心とする思考へ、それがヘーゲルで完成を迎えたかと思われたら、その解体へ。壮大な「自然(フュシス)」への回帰の歴史という事なのかな、と思いました。
     あと、付け加えれば、自分が学生時代に難渋しながらも読んだ、カントの『純粋理性批判』の所が極めて分かり易く書かれていたのが、望外に嬉しかったです。改めて彼の他の書も久し振りに読んでみようかという気になりました。しかし、その前に、先ずこの書物の姉妹書の『現代の哲学』を改めて読んでみようと思っています(学生時代に少し授業で使用したので)。哲学の入門書としてお勧めです。

  • ソクラテスに始まる西洋の二元論的哲学史を主要な思想家の軌跡をたどりながら解説し、“プラトン主義”に貫かれた西洋精神を概観して批判的にとらえなおした本。

  • 19世紀までの哲学の歴史をまとめた本。各時代での著名な哲学者の思想のエッセンスをまとめている。後世の哲学者の思想への繋がりも対比しつつ書かれており、哲学という学問を概観して理解するには良さそう。
    入門書の位置づけだそうだが、哲学書に慣れ親しんでいない自分にはやや難解。とは言え、時代を経て生まれていく様々な思想を追っていくと、自身の思考様式を改めるきっかけとなった。歳を重ねると自分の持っている知識の範囲で判断しがち。特に自分の得意分野においてはなおさら。自分が真実と思い込んでいるものから一歩引いてみることで、新しい何かが見えてくるのではないか。書評とは少しずれるかもしれないが、新年で気持ちを新たにするタイミングには良い一冊だった。

  • 哲学というのは私を含めた一般の人々にとってはおそらく難解で近づきがたいものである。しかしながら、この本は、とてもわかりやすく、哲学に苦手意識を持つ私でも最後まで楽しく読むことができた。わかりやすさの理由として第一に、読者の疑問に沿う形で文章が構成されている。用語であれ、論理展開であれ、疑問がわく部分に対し説明がしっかりとされていた。第二に、様々哲学者を比較しながら紹介しているため、思想が相対化され、理解の手助けとなっている。そして、第三の理由としては、二つ目と関連するが、「反哲学」という視点を導入していることである。このことにより、より長期的な枠組みとして哲学史を捉えられる構成になっていると思う。

  • 生涯を通して「反哲学」を標榜されていた著者の反哲学。
    決して難しい哲学の本ではありません。

    木田先生が訳されておられる書籍にはかなり難しいものが多いですが、一般向けにお書きになられる本はとても分かり易くて助かります。
    メルロ=ポンティとか現象学の本も読んではみたいのですが、まだまだ力量不足でその域には至りませんが、木田先生の著書は語り口も好きで結構読ませて頂いております。
    「哲学」の面白さは木田先生のお書きになった本に教えられたことが多く…

    評価したり感想を述べたりするのは
    やはり少し恐れ多い汗

  • 哲学とは何かを体系的に考えるのに大変有用な本。要は、イデアも純粋形相も神も理性もすべては一つの形而上学的(現世とは異なる理想的な世界が存在し、それに向かって世界は進んでいく的)な同じ思想形態であり、西洋哲学、西洋思想はすべてこの思想形態を中心に発展してきたということがよく分かった。実存主義はそれを真っ向から否定するものであり、哲学ではなく反哲学と呼ぶべきものということらしい。とは言っても、旧来の哲学も決して無駄だったわけではなく、人間中心主義的な考え方が現代の科学文明を発展させる礎になったのだろうし、それにより人権宣言も行われたのだろうし、社会の要請の上で成り立つ思想形態なのだと思う。今の実存主義的な考え方も将来はどうなるかわからないのだろう。

  • 存在論を主題に19世紀までの哲学者の思想を紹介していく。

    もっと簡単な反哲学入門にすれば良かったと後悔しつつ、
    何度も読み返しながら時間をかけて読んだが、

    古代ギリシアの思想はありのままの自然主義が主流で、
    ソクラテスはそれを否定しまくった破壊者であり、
    プラトンは全ては理想の形であるイデアの模写だよと言い、
    アリストテレスはそうじゃなくて可能性と現実体だよと言い、
    キリスト教が勃興し、全ては神の意志だということになり、
    デカルトは自分の理性によるものだよ(それも神の意思だよ)と言い、
    カントはそうじゃないものも沢山あるんだよと言い、
    ヘーゲルは理性は成長して変わっていくものだよと言い、
    シェリングとマルクスとニーチェはそれらを否定して、
    そこから20世紀の思想に繋がっていくという話だというのは、
    なんとなくだが、分かった。

    つまり西洋哲学は我々の住む世界はどうなっているのかが主要なテーマで、
    ここから物理学やら経済学やらの学問が生まれたのだなあ。

  • 20世紀の思想家たちは、自らを「哲学者」とは呼ばずに「思想家」と呼ぶ。

    なぜなら、西欧哲学とは唯一無二の思想体系ではないと彼らは考えるからだ。確かに、哲学とは真理を探究する学であると位置づけられる。しかし、その「真理」とは、古今東西の普遍の真理ではなく、西欧哲学史の枠組みの中で真理であるに過ぎない。つまり、良く言えば「ヨーロッパの伝統的知」となるだろうし、悪く言えば「ヨーロッパのローカルな知恵」ということになるのだろう。

    いずれにせよ、西欧哲学を「西欧において発展した知識体系」と位置付け、それを克服することは、それこそプラトン主義vsアリストテレス主義から始まった西欧哲学の流れそのものを克服しなければならない。

    その取り組みこそが「反哲学」であり、その反哲学が対象とする哲学史が本著のターゲットとなる。

    さて、読後にふと思ったのだが、反哲学の試みは我が国思想界においてもなされなければならない取り組みのはず。

    ところが、肝心の「乗り越えるべき何か」が我が国思想界に派ない。日本主義がそれに該当するのかとも思ったが、戦後の言論界・思想界では日本主義など元来が存在しないものとして扱われてきた。

    つまり、現在の我が国の言論界・思想界は「乗り越えるべき何か」が存在しないが故に、何を乗り越えて良いのかもわからず、輸入品の思考を有難く使いまわししているに過ぎないのではないか。

    言論界が、フランス、アメリカの現代思想を有難く押しいだき、その流行に遅れまいとついていく滑稽さ。ニューアカから始まった伝統ではなさそうだ。

  • 西洋哲学史に関する入門書の古典とも言うべき本書は、いまだ色あせず多くの人々に多くの示唆を与えています。「反哲学」とは、哲学を相対化して哲学の歴史を見直すという意味で使われており、別に哲学に対抗した人々の歴史でも哲学史を批判しているわけでもありません。哲学できるほど思考力のない私には著者である木田元先生の深い思考の片鱗すら触れることはできませんが、それまで全く意味のわからなかった西洋哲学、とくにギリシア哲学についてまがりなりにも授業が展開できるほどの知識をつけることができました。

  • ・有機体のなかには、普遍的な物理・化学的な力以外にいかなる力も働いていない。今日この力によって説明しえないばあいにも、われわれは物理・数学的方法によってこの力の特殊な働き方なり働きの形式なりを見いだすか、それとも物質に内在する化学・物理的力と等しい尊厳をもち、引力と斥力に還元しうるような新しい力を想定するかしなければならないのだ。

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著者プロフィール

中央大学文学部教授

「1993年 『哲学の探求』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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