正法眼蔵(一)全訳注 (講談社学術文庫)

著者 :
  • 講談社
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本棚登録 : 85
レビュー : 5
  • Amazon.co.jp ・本 (448ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061596450

作品紹介・あらすじ

磨き上げられた迫力ある名文で、禅の奥義を追究した、日本仏教思想史上、屈指の名著『正法眼蔵』。浄土宗の人でありながら、弱年より道元に傾倒、繰り返し繰り返し読み込み、爾来、五十年。味ある名現代語訳、懇切丁寧でわかりやすい注解。人間の真のあり方を求め続けた著者渾身の訳業。道元の主著の真髄とは何か、その本質に肉迫する。

感想・レビュー・書評

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  • まずは1巻目から。
    難解です。
    解説書や他の現代語訳と比較しながら、丁寧に読み進んでいます。
    書いてあることは分かるのですが、理解が及ばない。
    深いです。
    巻末の解説に書かれている以下の文章は、全くその通りです!

    『正法眼蔵』はまだわたしにはすべて解ったわけではない。解ったところはまだわずかである。だが、解ったところはすべて素晴らしいものであった。解らないところはまだ沢山にある。だが、その解らないところもまた素晴らしいであろうと思う。その素晴らしいであろうと思うところを、さらにもう一つ、もう一つと理解してゆくためには、わたし自身がさらに深きところに潜(くぐ)り、深き思想の内部に沈潜することのできる者とならねばならぬ。そのように思うのである。 ー 429ページ

  • 江戸疲れなのか須佐之男疲れなのか、バーバラ・スタフォードが難しくてなかなか進まないし、古事記は楽しく読んでるけど、日向三代に入ってきて、そろそろ政治色が濃くなってきて、ってまさかのふとよったブックファーストで道元
    いつ読むべきかととっておきにしてる本がいくつかあるけど、正法眼蔵はまさにそのひとつ

  • p41 (私訳)世界は仏法(縁起)によって生起している。このため迷悟と修行があり、生と死があり、諸仏と諸生がある。こうした仕組みから離れた時、惑いは消え、悟りは消え、(以下略)。仏道は元々、豊倹といった有無を語る世界から生まれ出て来たものであるから、生滅があり、迷悟があり、生仏(凡聖)がある。こうしたことが分かったところで、花が散れば惜しみ、草が生い茂れば、忌み嫌うのである。

  • 2013.11.06
    いったい、菩提心を行ずるには、その発心や実践を世の人々に知られたいと思ってはならない。むしろ知られまいとするがよい。ましてや、みずから口に称えるようなことは不可である。いまの人は実を求めることが稀であるから、身に行ずることもなく、心に悟ることがなくても、ただ他人がほめたりすると、それが学解(がくげ)・実践の具足した人だと思う。迷いの中で迷いを重ねるとはそのことである。そのような間違った考えはすみやかに捨てるがよい。(渓声山色:P203)・・・・ヾ(_ _。)

    2013.11.05
    仏道をならうというのは、自己をならうことである。自己をならうとは、自己を忘れることである。自己を忘れるとは、よろずのことどもに教えられることである。よろずのことどもに教えられるとは、自己の身心をも他己の身心をも脱ぎ捨てることである。悟りにいたったならば、そこでしばらく休むもよい。だが、やがてそこを大きく抜け出てゆかねばならない。(現成考案:P45)
    ・・・・___φ(・_・*)

    2013.10.29
    栓ずるところ、即心是仏とは、発心・修行・正覚・涅槃の諸仏にほかならない。いまだ発心・修行・正覚・涅槃せざるは、即心是仏ではない。たとい一瞬といえども発心・修行すれば、それ即心是仏である。たとい一微塵のなかに発心・修行しても、それが即心是仏である。たとい無量の年月にわたって発心・修行しても、それが即心是仏である。・・・(即身是仏:P99)

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