民藝とは何か (講談社学術文庫)

著者 :
  • 講談社
3.53
  • (8)
  • (8)
  • (22)
  • (1)
  • (1)
本棚登録 : 174
レビュー : 21
  • Amazon.co.jp ・本 (200ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061597792

作品紹介・あらすじ

「民藝」とは、民衆が日常に使う工藝品である。民家、民具、民画を総称して「民藝」と呼ぶ。「民藝品たること」と「美しく作りたること」には、固い結縁があり、質素こそが慕わしい徳である。このように清貧の美を説いた筆者の理念とは?昭和の初頭に創始され、現在にまで受けつがれる「民藝運動」の精髄を知るための格好の入門書。大文字版。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 民藝とは、運動である。
    民の協働としての運動である。
    とても面白い視点を与えてくれた、と思う。
    芸術というものが権力を志向するのに対して、民藝は協働を呼ぶ。現代のシェアリングエコノミーにも通じる、何かがここにはある。

  • 名もない人が、生活のために拵えたもの。

    過剰さも、個性もいらない。無駄なものがないからこそ、美しい。

    わたしは、芸術なんて無駄なもの、ないならないで過ごせるもの、個性的で唯一無二のもの、でもなかったら、寂しくて自分の心が求めるもの。という風に思っている節がありまして、

    その対極にあるものが、民藝なのだろうと。

    わたしは今、そのような民藝にとても強く心を惹かれています。

  • ・なんで読んだか?
    アートについて深める一冊。

    ・つぎはどうする?
    ぶるーおすすめの「日本の手仕事」を読む。柳宗悦と彼の民藝論についてもっと理解したい。

    ・メモ
    民藝の美しさ。その美しさをつくるもの、その美しさが意味するものについて。その美しさは農にもバッチリ関連する。

    ふだん使いするもの、誰でも日々用いるもの、毎日の衣食住に直接必要な品々、それが民藝品

    姿は質素であり頑丈、形も模様も単純。つくるときの状態も極めて無心になる。材料も天然物であり、その土地の物質。目的も実用品で、日々の生活に必要なもの
    貴族的なものは真逆
    作りては職人と芸術家にわかれる。

    『なぜ特別な品物よりもかえって普通の品物にかくも豊かな美が現れてくるか。それは一つに作る折の心の状態の差異によると云わなければなりません。前者の有想よりも後者の無想が、より清らかな境地にあるからです。意識よりも無心が、さらに深いものを含むからです。

    主我の念よりも忘我の方が、より深い基礎になるからです。在銘よりも無銘の方が、より安らかな境地にあるからです。作為よりも必然が、一層厚く美を保証するからです。個性よりも伝統が、より大きな根拠と云えるからです。人智は賢くとも、より賢い叡智が自然に潜むからです。人知に守られる富貴な品より、自然に守られる民藝品の方に、より確かさがあることに何の不思議もないわけです。華美よりも質素が、さらに慕わしい徳なのです。身を飾るものよりも、働くものの方が常に健康なのです。錯雑さよりも単純なものの方が、より誠実な姿なのです。華やかさよりも渋さの方が、さらに深い美となってきます。なぜ民藝品が「美しい民藝品」となる運命を受けるか、そこには極めて必然な由来があると云わねばなりません。

    美への認識はすべて直感であり、直感において観ることは思うことよりも先である。

    美のためにつくられたものが、用のためにつくられたものよりも美しかったことはない

    用を忘れて美だけを求めるとき、それは「美術品」になっても「工藝」にはなりえない。用美一如である。

    平常心の自然さから美しさが生まれる。民藝品の美は生まれる美であり、つくられる美ではない。

    工藝美は社会美であり、工藝の問題は人類の道徳の問題である。ラスカルはいった、美は道徳である、と。
    商業主義では美しい品はうまれない。利を第一とせず、用を第一とし、ギルドという組合で結びついた人間がつくるもの。個人個人の作品ではなく、統一ある一時代の作品であり、一民族の作品である

    民藝館では、それが上等のものか普通のものかにこだわっていない、それが美しいかどうかだけを見ている

    美術品、fine artが、純粋藝術、pure artと実用品、practical artになった。
    モリス(william morris)以降、造形美は美術と工藝 arts and craftsになり、藝術家artistに対し、職人あrtisanになった。
    藝術ばかりが評価されてきた。近世の作品の基礎は、①個人の上に成り立つ。自己の表現をおいて深い美はない。②自由を出発点とする。一切の拘束から開放されずして真の美はない。③純粋に美を追えば追うほど、その作品は藝術度を増す。実用性からの離脱を伴う。しかし、個人的なものよりも超個人的なものにもっと大きな深い美があるのではないか。近世の美術には異常なものも多く、虚無的なもの、悪魔的なもの、醜悪なものにさえ美の対象を求めた。美の世界の自由主義は多くの秩序を破壊した。そして、美は人間の生活そのものを深め温める日々の伴侶であった。

    民藝の美は、①実用性。美が用途と結合し、生活に即して生まれてくる。美を健全にする。茶道は「生活の美学。」②多量につくられ廉価であること。美しいものをたくさん安くつくることが必要。社会的、経済的に満足させるもの。③平常性。常態の美。何か変わったものを求めると、異常なものや病的なものに美を見出そうとしてしまう。民藝はnormal artであり、natural artである。最も自然な状態にある美が一番美しい。④健康性。最も多く社会の幸福を約束するものでないといけない。民藝品は一番の働き手であり、健康的でないといけない。⑤単純性。質素であり簡単であること。単純美。⑥協力性。近世では他の誰にもできないような仕事であってこそ個性の表現とされ作者の名を誇っていた。民藝では名乗らない。作者の不浄な野心や欲望を拭い去り、無心な清浄なものにしてくれる。大勢の人の協力の仕事である。民藝品は、各々持ち場があり、協力して仕事が完成される。個人で美を生むのではなく、大勢で協力して美を生むことが大切。個人の名誉より全体の名誉を重んじるべき。⑦国民性。民藝は国民の生活を反映するから、国民性が最も鮮やかに示される。民藝は地方的工藝に依存する。地方にこそ特殊な材料の所有者であり、独特な伝統の保持者であるから。国民的伝統の上にこそ、強固な国民的美が発露される。国民的な作品ほど普遍的要素を含むものはない。国民的なものは、どこの国のものとも並在し調和する国際性をもっている。国家的なるものをお互いに尊敬しあうことで、将来の世界の平和がある。民藝の美学は私にかかる新年を呼び起こしてくれる。

  • しばらく前に日本民藝館の展示を見に行った際、館内の売店で見つけた本。

    本書は、民藝運動の創始者である、柳宗悦(やなぎむねよし)による、民藝論の入門書です。
    著者自身が民藝学概論、と位置づける表題の小編と、やはり民藝の概念や良さについて、簡潔に語った随筆がいくつかおさめられています。
    原本は1941年に刊行されていますが、現代仮名づかいに改められ、文字の大きさや組み方も新しく、読みやすい仕上がりが有り難い。

    本書における著者の主張は終始一貫していて、民藝品は、大衆が用いる工藝品として、大量に、廉価に、簡単な手法で、実用的であるために不要な装飾を省き作られたことで、無心の健康的な美がやどっている、それはいにしえの茶人達が愛した美であるーーとしています。
    そして、「ここに用というのは、単に物への用のみではないのです。それは同時に心への用ともならねばなりません。」という言葉に、東京帝国大学哲学科を卒業した宗教哲学者でもある著者の人となりが、象徴されているように感じました。

    展示を見た後、たまたま売店で1つ700円くらいの湯呑みが気に入ったので買って帰ったのですが、帰宅後いつものマグカップでなくそれでお茶を飲んでみると、これまたいつものティーバッグの番茶が、自分比で3倍くらい美味しい。
    「私!いま!お茶を飲んでるーー!」という気分が腹の底から湧いてくるというか。
    「心への用」って、ひょっとするとこういう気分なのかな。

    本書が執筆されてから、80年近くが経過した現代には、無印良品も100円ショップもあり、民藝品が、廉価の、無名の品々であるとは、一概には言えません。
    でも、湯呑みで番茶を飲むことが、単に水分を補給するためだけでなく、ひと息つく時間になったり。
    団扇であおぐことが、ただ汗をひかせるためだけでなく、炎天下を歩いてきた自分への労いになったり。
    民藝の品々を見ていると、日々は単なる通過点ではなく、今を感じながら生きる喜びこそが大切なのだと、語りかけられている気がします。
    どれだけ経済、社会、生活が変化しても変わらないことは何か、本書の言葉が伝えてくれているように思いました。

  •  
    ── 柳 宗悦《民藝とは何か 1941 昭和書房 20060910 講談社学術文庫》
    http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/4061597795
     
     柳 宗悦  美学 18890321 東京   19610503 72 /兼子の夫
     
    http://www.aozora.gr.jp/cards/001520/files/51821_47989.html
    …… 全32573字の中に「美」の文字が406回も用いられる。
    (頻出率 1.24643109324% = 40600/32573)
     
    (20160629)
     

  • 民藝とは民衆が日常に使う工芸品のこと。質素こそが慕わしい徳である。

  • 芸術作品の見方を考えさせる本。有名性からくる「良さそうなもの」を認識するのではなく、無名性でかつ実用的なものにこそ美があると言っている。確かに有名なものや、ブランド品はそれだけでよく見える。美しさとはなにかを考えるな。

  • 柳宗理のお父さんの柳壮悦。民藝運動を興した人。駒場にある日本民藝館はこの人の活動の中心地。
    フォークアートとアートというふうに二つに分かれちゃって美はアートの方にあるってことになってるけど本当?みたいな話がずっと繰り返される。いろいろなところに書いてある文書をとりあえずまとめて本にした感じなので繰り返しだらけなんだけどおもしろい。

    無名性
    シンプリシティ
    廉価性
    生活への密着
    ローカリティ

    みたいなのがカギだと。そして、美しさの本質になってるのは絵師が、大量に同じものを生産する中でのディシプリンによって生まれるのではないか?みたいなこと。同じ絵を大量に書くことでその絵の本質に達するみたいなこと。大量に行われることで効率化が行われ、その事物の本質に達するということ。
    勃興期の茶道の大名物とかも全部民藝じゃん。作家性のあるやつとかだめじゃんなんかわざとらしくて。
    スマホに当てはめるとどうなんだろう。朝鮮からわたってきた民藝品が本当の美であるということなんだよね。でもs5のバンドエイドは違うだろうなという気はするが。
    あと、壮悦さん、分析のなかで、
    コミュニティとか、宗教とか、ちょっと時代的にインターナショナルな感じに行きます。そういう時代だったんだね。

  • 民藝とは何か、入門として

  • 13.10.3~  鑑賞するためだけじゃなく生活の中に取り入れるものについて。斜め読み中。

全21件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1889~1961。東京帝国大学哲学科卒業。宗教哲学者、民藝運動の創始者。学習院高等科在学中、「白樺」同人となる。日本民藝館初代館長。「工藝」創刊。著書に『民藝四十年』『工藝文化』『美の法門』『茶と美』『工藝の道』『民藝とは何か』『蒐集物語』『南無阿弥陀仏』『美の法門』などがある。

「2015年 『手仕事の日本』 で使われていた紹介文から引用しています。」

民藝とは何か (講談社学術文庫)のその他の作品

柳宗悦の作品

民藝とは何か (講談社学術文庫)を本棚に登録しているひと

ツイートする